65 / 120
察せない本心
4
しおりを挟む
「わたしはただ、お姉様に望まない結婚をして欲しくなかったの」
「えぇ、知ってますよ」
「結婚してからでも関係を築くのは遅くないと信じていた。秀人様のことを知れば、きっと共に歩けると思った」
「えぇ、そうですね」
「秀人様には優しい瞬間があって、それは単なる気まぐれなのに心を許して貰えるんじゃないかって期待してしまった」
「えぇ、お可哀想に」
「でも、秀人様はわたしの心など必要としていないとしていない。心を必要とされないのは人形と同じよ、とても寂しいし悲しいわ」
優子は徳増の背に手を回し、ぎゅっとしがみつく。こうすることで自身を確かめた。
秀人にとって優子の代わりはいくらでもいるだろうが徳増は違う。世話のかかる不出来な生徒と呆れようと優子を優子として扱ってくれるはずだ。
徳増は優子の止まらない涙を拭いつつ、ひたすら頷く。
「私は貴女が傷つけられるのが一番耐え難いのです。たとえ傷つく原因がお嬢様側にあろうと私だけは味方です。全力で貴女をお守りします」
誓いめいた宣言に優子が顔を上げた。
「……もしも、もしもよ、わたしが誰かを殺めても同じ事を言える?」
徳増の本気を測る問いが物騒になるくらい、試したくなる。
「もちろん。貴女の手を汚させる下手はしませんが、私を求めて下さる限りはどんな事があっても味方ですよ」
にっこり笑う徳増。あまりに自然に微笑むので優子は先程の質問を恥じる。
「もしもの話だとしても罪を侵すという言い回しは良くなかった。ごめんなさい」
徳増の全肯定を浴び、優子は落ち着きを取り戻す。
「そうして間違ったと気付けば謝罪できる。大人になると、これがなかなか出来ないのですよ。どうか、そのままのお嬢様で居てください」
「……変わらなくていいの? わたし、何もできないし役に立てないのに?」
「無理して変わらなくもいいのです。ご自分を偽ったりしなくていい」
「でも……」
「大丈夫」
徳増は言い切ると優子の頬へ触れる。改めて見上げた瞳は深い色をして、優しい、穏やか、ただし奥を覗かせない。
「あなた、夜の海みたいな目をしているのね」
呟いた優子に他意はない。すると徳増の瞳の形が変わり、ますます覗かせないようにした。
「おや? お嬢様は夜の海へお出かけになったことがあるのですか?」
「そういえばーー無かったわ」
「夜の海は危険です。決して近づいてはいけません」
ここで話が一段落し、徳増がお茶を淹れるため席を離れる。優子は目尻に溜まる雫をすくい、なんとなく窓の外を見てみると、音は聞こえないものの風が強いのか、庭先の植物が揺れていた。
「えぇ、知ってますよ」
「結婚してからでも関係を築くのは遅くないと信じていた。秀人様のことを知れば、きっと共に歩けると思った」
「えぇ、そうですね」
「秀人様には優しい瞬間があって、それは単なる気まぐれなのに心を許して貰えるんじゃないかって期待してしまった」
「えぇ、お可哀想に」
「でも、秀人様はわたしの心など必要としていないとしていない。心を必要とされないのは人形と同じよ、とても寂しいし悲しいわ」
優子は徳増の背に手を回し、ぎゅっとしがみつく。こうすることで自身を確かめた。
秀人にとって優子の代わりはいくらでもいるだろうが徳増は違う。世話のかかる不出来な生徒と呆れようと優子を優子として扱ってくれるはずだ。
徳増は優子の止まらない涙を拭いつつ、ひたすら頷く。
「私は貴女が傷つけられるのが一番耐え難いのです。たとえ傷つく原因がお嬢様側にあろうと私だけは味方です。全力で貴女をお守りします」
誓いめいた宣言に優子が顔を上げた。
「……もしも、もしもよ、わたしが誰かを殺めても同じ事を言える?」
徳増の本気を測る問いが物騒になるくらい、試したくなる。
「もちろん。貴女の手を汚させる下手はしませんが、私を求めて下さる限りはどんな事があっても味方ですよ」
にっこり笑う徳増。あまりに自然に微笑むので優子は先程の質問を恥じる。
「もしもの話だとしても罪を侵すという言い回しは良くなかった。ごめんなさい」
徳増の全肯定を浴び、優子は落ち着きを取り戻す。
「そうして間違ったと気付けば謝罪できる。大人になると、これがなかなか出来ないのですよ。どうか、そのままのお嬢様で居てください」
「……変わらなくていいの? わたし、何もできないし役に立てないのに?」
「無理して変わらなくもいいのです。ご自分を偽ったりしなくていい」
「でも……」
「大丈夫」
徳増は言い切ると優子の頬へ触れる。改めて見上げた瞳は深い色をして、優しい、穏やか、ただし奥を覗かせない。
「あなた、夜の海みたいな目をしているのね」
呟いた優子に他意はない。すると徳増の瞳の形が変わり、ますます覗かせないようにした。
「おや? お嬢様は夜の海へお出かけになったことがあるのですか?」
「そういえばーー無かったわ」
「夜の海は危険です。決して近づいてはいけません」
ここで話が一段落し、徳増がお茶を淹れるため席を離れる。優子は目尻に溜まる雫をすくい、なんとなく窓の外を見てみると、音は聞こえないものの風が強いのか、庭先の植物が揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる