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良子と優子
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愛人の身元確認をすることで律子は小遣い稼を稼ぐ。いわゆる斡旋料を貰い、これが結構な額となり優子へ還元される。証拠に姉妹の衣装は仕立てが露骨に違う上、色彩もカラスと白鳥だ。
「教育係を募ってない? それとも別の方を雇われたのですか?」
「それはーー」
教育係を雇う予定がないと今更言えず、丸井家がお墨付きを与えた人物を教育係として雇わない口実もない。
「私も丸井家も秘め事を暴く気はありません。そもそも丸井家当主の悪癖は周知の事実、婦人を咎める権利などないでしょう」
「本当に教育係をやりたくて、ここに?」
「はい」
徳増という青年は仮に愛人候補として茶会に参加すれば、たいそう人気を集めるに違いない。端正な顔立ちと物怖じしない口調は素性がはっきりしない部分を魅力的に響かせ、律子は思わず彼の手に触れた。
「娘の教育係より……」
「ねぇ、あなたがわたしの教育係をしてくれるの?」
優子が舞い戻る。律子ははっと我に返り、女の気配を引っ込めた。
「今まで色々な人が教育係になりたいって来てくれたんだけど、わたしはあなたがいいわ! だってーー」
徳増の袖口を掴み、優子はにこにこ微笑む。
「優子、下がりなさい。お客様に失礼でしょう」
律子の大きな叱る声に使用人が慌ててやってくる。
「大事な仕事の話をしているの。向こうに行ってなさい」
「いや!」
「優子!」
「いや! いや!」
普段は聞き分けのよい優子がなかなか引き下がらず、使用人が無理やり剥がそうとすると徳増の腕へしがみつく。これには使用人もお手上げだ。
律子、使用人が徳増へ視線を集める。すると徳増は屈んで、優子と目を合わせた。
「小さなお嬢様、どうして私を教育係にしたいのか伺っても宜しいですか?」
丁寧な物腰に優子はこくり頷く。
「よく分からない! でも、あなたがいいの! それであなたは? 何故わたしの教育係をしたいの?」
いかにも子供らしい思い付きに律子は肩を竦めた。優子は遊び相手が欲しいだけで、父親がもっと構ってあげればいいのにと長らく不在の家長を内心で責める。
「なるほど、よく分からないのですか。私はですね、1人の人間をお育てしたいと思ったからですよ。
お育てするなら清く正しい方が好ましい。そうですね、お嬢様のような正直な方がいいです。分からないものは分からないと認め、知らないものを知ろうとする姿勢が美しい」
優子の主張をわがままと扱わない志望動機を聞くと、律子は優子を取り戻して軽蔑の眼差しを向けた。
「あなた、子供に向かって美しいと言うなんて、どういうつもり?」
「私の言葉を穿った切り取り方をしないで下さい。純粋に人を育ててみたいだけですよ」
「育児をしたいなら自分の子供を授かりなさい」
「生憎、所帯を持つつもりがありませんので無理ですね。念の為に申し上げますが、手塩にかけてお育てする方に手を出すなど考えられません」
「それをどう信じろと?」
「信じる、ですか」
わざとらしく徳増はふむ、と考え込む。
律子がこの綺麗な唇がどんな企みを吐き出すか身構える一方、優子はこの青年が教育係になるのだと確信する。
徳増も未来の予感に瞳を輝かす優子へ、そっと微笑み返す。
こうして優子と徳増は見えない力で繋がってしまった。
この引き合わせの先に薄っぺらかろうと恋情や友情の芽生えがあれば未来は違う。少なからず秀人との結婚はない。
「申し訳ございません、私が信用に値するかの証明はすぐには出来ません。
ですが、私に優子お嬢様の教育をお任せ下されば丸井家と縁を持てます。丸井家のご長男は優子お嬢様と年齢が近く、婚約者候補として優子様を推薦するとお約束します」
「優子を丸井家に?」
「はい。このまま旦那様の事業が滞らず、優子お嬢様が健やかにご成長されていけばーー必ず」
自身が描いた通りの結婚に至らなかった為、せめて娘の優子には年齢の近い相手をと常々口にしていた。
「お母様、どうされたの?」
徳増の出す条件は母親の願望を鷲掴みにし、胸を抑えて痛みに似た興奮を抑える姿を優子が案じた。
「なんでもないわ、お母様は優子に幸せな結婚をして欲しいだけ。お金に困らないだけで生かされている人生を送らせたくないの」
鏡に映すよう、優子を見つめる律子。
「教育係を募ってない? それとも別の方を雇われたのですか?」
「それはーー」
教育係を雇う予定がないと今更言えず、丸井家がお墨付きを与えた人物を教育係として雇わない口実もない。
「私も丸井家も秘め事を暴く気はありません。そもそも丸井家当主の悪癖は周知の事実、婦人を咎める権利などないでしょう」
「本当に教育係をやりたくて、ここに?」
「はい」
徳増という青年は仮に愛人候補として茶会に参加すれば、たいそう人気を集めるに違いない。端正な顔立ちと物怖じしない口調は素性がはっきりしない部分を魅力的に響かせ、律子は思わず彼の手に触れた。
「娘の教育係より……」
「ねぇ、あなたがわたしの教育係をしてくれるの?」
優子が舞い戻る。律子ははっと我に返り、女の気配を引っ込めた。
「今まで色々な人が教育係になりたいって来てくれたんだけど、わたしはあなたがいいわ! だってーー」
徳増の袖口を掴み、優子はにこにこ微笑む。
「優子、下がりなさい。お客様に失礼でしょう」
律子の大きな叱る声に使用人が慌ててやってくる。
「大事な仕事の話をしているの。向こうに行ってなさい」
「いや!」
「優子!」
「いや! いや!」
普段は聞き分けのよい優子がなかなか引き下がらず、使用人が無理やり剥がそうとすると徳増の腕へしがみつく。これには使用人もお手上げだ。
律子、使用人が徳増へ視線を集める。すると徳増は屈んで、優子と目を合わせた。
「小さなお嬢様、どうして私を教育係にしたいのか伺っても宜しいですか?」
丁寧な物腰に優子はこくり頷く。
「よく分からない! でも、あなたがいいの! それであなたは? 何故わたしの教育係をしたいの?」
いかにも子供らしい思い付きに律子は肩を竦めた。優子は遊び相手が欲しいだけで、父親がもっと構ってあげればいいのにと長らく不在の家長を内心で責める。
「なるほど、よく分からないのですか。私はですね、1人の人間をお育てしたいと思ったからですよ。
お育てするなら清く正しい方が好ましい。そうですね、お嬢様のような正直な方がいいです。分からないものは分からないと認め、知らないものを知ろうとする姿勢が美しい」
優子の主張をわがままと扱わない志望動機を聞くと、律子は優子を取り戻して軽蔑の眼差しを向けた。
「あなた、子供に向かって美しいと言うなんて、どういうつもり?」
「私の言葉を穿った切り取り方をしないで下さい。純粋に人を育ててみたいだけですよ」
「育児をしたいなら自分の子供を授かりなさい」
「生憎、所帯を持つつもりがありませんので無理ですね。念の為に申し上げますが、手塩にかけてお育てする方に手を出すなど考えられません」
「それをどう信じろと?」
「信じる、ですか」
わざとらしく徳増はふむ、と考え込む。
律子がこの綺麗な唇がどんな企みを吐き出すか身構える一方、優子はこの青年が教育係になるのだと確信する。
徳増も未来の予感に瞳を輝かす優子へ、そっと微笑み返す。
こうして優子と徳増は見えない力で繋がってしまった。
この引き合わせの先に薄っぺらかろうと恋情や友情の芽生えがあれば未来は違う。少なからず秀人との結婚はない。
「申し訳ございません、私が信用に値するかの証明はすぐには出来ません。
ですが、私に優子お嬢様の教育をお任せ下されば丸井家と縁を持てます。丸井家のご長男は優子お嬢様と年齢が近く、婚約者候補として優子様を推薦するとお約束します」
「優子を丸井家に?」
「はい。このまま旦那様の事業が滞らず、優子お嬢様が健やかにご成長されていけばーー必ず」
自身が描いた通りの結婚に至らなかった為、せめて娘の優子には年齢の近い相手をと常々口にしていた。
「お母様、どうされたの?」
徳増の出す条件は母親の願望を鷲掴みにし、胸を抑えて痛みに似た興奮を抑える姿を優子が案じた。
「なんでもないわ、お母様は優子に幸せな結婚をして欲しいだけ。お金に困らないだけで生かされている人生を送らせたくないの」
鏡に映すよう、優子を見つめる律子。
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