聖女の蜜闇ー優しい仮面を剥がされて

八千古嶋コノチカ

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死なばもろとも

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 悲しみや辛さを言い立てる割に、奥底で燻優子への失望を燻らせる。むせそうな執着心で優子を包む。

「ねぇ徳増、わたしもあなたもこのままじゃいけないの。あなただって分かっているはずよ」

「いいえ、分かりませんね。このままとは?」

 捕われた腕が痺れてきて、拳を作る優子。

「あなたが今日までわたしの為にしてくれた事、本当に、本当に有り難く思っている。徳増は手段を選ばず守ってくれたけれど、どうしたって罪の意識から逃げられないの! お願い、もうやめましょう?」

「罪? それが丸井の先代でしたら、あんな人間は生きていても害でしかありませんので罪悪感を感じなくてもいいです」

 いたって平坦な徳増の声音に優子の良心は揺さぶられる。

「そんな言い方しないで! じゃあ、お姉様やお父様、お母様も同じだと? それに立花さんをどうするつもり?」

「私からすると同じですね。というより、優子様以外は同じ。立花はご想像どおり処する予定です」

「想像って……」

 最悪な事態が過り、言葉尻が潰れる。優子はもう片方の手で徳増を剥がす。

「家族を侮辱するのはやめて、あなたは家来だったのに! ずっとわたしを偽っていたの?」

「私は優子様に仕えていただけで、旦那様や奥様、良子様を敬ってはおりませんでした。ちなみに旦那様は私の真意に気が付かれていましたが?」

 そういえば初めて秀人が屋敷に訪ねてきた際、父親は優子に早く逃げろ、あの男から逃げるんだと言っており、優子は対象が秀人と受け取ったが、実は徳増だったのか。

「旦那様は暁月の援助にほだされ、私を裏切ろうとしました。金で他人を懐柔する暁月秀人も卑しいですが、旦那様はもっと卑しい」

「失礼よ! お父様は卑しくなどないし、秀人様は秀人様で結婚の条件を守って下さっただけよ!」

「どうせ優子様に気に入られたくてやったのでしょう。現に優子様は暁月秀人に惑わされてしまった。
幻想ですよ、今貴女の胸を焦がしている感情は幻想に過ぎません。どうぞお忘れ下さい」

「嫌よ!」

 優子は胸元を叩く。

「ここにある気持ちがわたしに勇気をくれる。忘れるなんて出来ない、なかった事にしたくない。
あなたこそ、わたしに抱いている清廉な印象を捨てて! わたしはいい子じゃないわ、徳増の望む優しい人間じゃないの」

 すると徳増は目を細める。聞き分けのない子供に手を焼くのを懐かしむ。

「別にいい子じゃなくても、私が望む人間でなくとも構わないのです。忘れたくなければ忘れさせればいい、二度と思い出したくなくなるようにね」

「わたしを大事に想ってくれるなら、秀人様に危害をくわえないで」

「そこは約束しませんが、誓って優子様は傷付けません」

「身体は傷付かなくても心が傷付いたら、それは痛めつけていると言うのよ?
わたし、徳増がお父様達まで殺めたとは思いたくなかった。あなたがやっていないと否定してくれるのを何処かで願っていたのかもしれない」

 基本、徳増はぐらかしても噓はつかない。はっきり問えば、答えはいつでも得られた。それをしなかったのは徳増との関係を失いたくないから。
 数々の違和感も徳増が自分の為にしていると黙認してきた。

「立花さんを開放して。あなたを憎んだり嫌いになりたくないの」

 優子の眼差しは徳増を信頼しきって曇っていた時とは違う。

「私が優子様に嫌われたら生きていけないとご存知で、そのように仰るのですね」

 わざとらしく目頭を抑える徳増。

「大袈裟よ、あなたは1人で生きていける。それと同時にわたしを1人で生きていけないようにして側に居ただけ。そうでしょう?」

「……」

「立花さんを開放して。もしも動けない状態なら、ここを出る支度を手伝わせて」

 勧められたのだから、ここには食事や入浴をする場所があるのだろう。優子は辺りを見回す。

 絵画鑑賞をする空間は見通しがよい。立花の軌跡を辿るよう作品が配置されている。

 改めて立花の絵を見ると人物は表情豊かに描かれ、風景からは風や温度を感じられる。
 むしろ優子と徳増の決別にはそれらがなく、まるで個展会場を舞台とした芝居みたいだ。

 ーーそして、役者がもう1人。
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