107 / 120
死なばもろとも
2
しおりを挟む
悲しみや辛さを言い立てる割に、奥底で燻優子への失望を燻らせる。むせそうな執着心で優子を包む。
「ねぇ徳増、わたしもあなたもこのままじゃいけないの。あなただって分かっているはずよ」
「いいえ、分かりませんね。このままとは?」
捕われた腕が痺れてきて、拳を作る優子。
「あなたが今日までわたしの為にしてくれた事、本当に、本当に有り難く思っている。徳増は手段を選ばず守ってくれたけれど、どうしたって罪の意識から逃げられないの! お願い、もうやめましょう?」
「罪? それが丸井の先代でしたら、あんな人間は生きていても害でしかありませんので罪悪感を感じなくてもいいです」
いたって平坦な徳増の声音に優子の良心は揺さぶられる。
「そんな言い方しないで! じゃあ、お姉様やお父様、お母様も同じだと? それに立花さんをどうするつもり?」
「私からすると同じですね。というより、優子様以外は同じ。立花はご想像どおり処する予定です」
「想像って……」
最悪な事態が過り、言葉尻が潰れる。優子はもう片方の手で徳増を剥がす。
「家族を侮辱するのはやめて、あなたは家来だったのに! ずっとわたしを偽っていたの?」
「私は優子様に仕えていただけで、旦那様や奥様、良子様を敬ってはおりませんでした。ちなみに旦那様は私の真意に気が付かれていましたが?」
そういえば初めて秀人が屋敷に訪ねてきた際、父親は優子に早く逃げろ、あの男から逃げるんだと言っており、優子は対象が秀人と受け取ったが、実は徳増だったのか。
「旦那様は暁月の援助にほだされ、私を裏切ろうとしました。金で他人を懐柔する暁月秀人も卑しいですが、旦那様はもっと卑しい」
「失礼よ! お父様は卑しくなどないし、秀人様は秀人様で結婚の条件を守って下さっただけよ!」
「どうせ優子様に気に入られたくてやったのでしょう。現に優子様は暁月秀人に惑わされてしまった。
幻想ですよ、今貴女の胸を焦がしている感情は幻想に過ぎません。どうぞお忘れ下さい」
「嫌よ!」
優子は胸元を叩く。
「ここにある気持ちがわたしに勇気をくれる。忘れるなんて出来ない、なかった事にしたくない。
あなたこそ、わたしに抱いている清廉な印象を捨てて! わたしはいい子じゃないわ、徳増の望む優しい人間じゃないの」
すると徳増は目を細める。聞き分けのない子供に手を焼くのを懐かしむ。
「別にいい子じゃなくても、私が望む人間でなくとも構わないのです。忘れたくなければ忘れさせればいい、二度と思い出したくなくなるようにね」
「わたしを大事に想ってくれるなら、秀人様に危害をくわえないで」
「そこは約束しませんが、誓って優子様は傷付けません」
「身体は傷付かなくても心が傷付いたら、それは痛めつけていると言うのよ?
わたし、徳増がお父様達まで殺めたとは思いたくなかった。あなたがやっていないと否定してくれるのを何処かで願っていたのかもしれない」
基本、徳増はぐらかしても噓はつかない。はっきり問えば、答えはいつでも得られた。それをしなかったのは徳増との関係を失いたくないから。
数々の違和感も徳増が自分の為にしていると黙認してきた。
「立花さんを開放して。あなたを憎んだり嫌いになりたくないの」
優子の眼差しは徳増を信頼しきって曇っていた時とは違う。
「私が優子様に嫌われたら生きていけないとご存知で、そのように仰るのですね」
わざとらしく目頭を抑える徳増。
「大袈裟よ、あなたは1人で生きていける。それと同時にわたしを1人で生きていけないようにして側に居ただけ。そうでしょう?」
「……」
「立花さんを開放して。もしも動けない状態なら、ここを出る支度を手伝わせて」
勧められたのだから、ここには食事や入浴をする場所があるのだろう。優子は辺りを見回す。
絵画鑑賞をする空間は見通しがよい。立花の軌跡を辿るよう作品が配置されている。
改めて立花の絵を見ると人物は表情豊かに描かれ、風景からは風や温度を感じられる。
むしろ優子と徳増の決別にはそれらがなく、まるで個展会場を舞台とした芝居みたいだ。
ーーそして、役者がもう1人。
「ねぇ徳増、わたしもあなたもこのままじゃいけないの。あなただって分かっているはずよ」
「いいえ、分かりませんね。このままとは?」
捕われた腕が痺れてきて、拳を作る優子。
「あなたが今日までわたしの為にしてくれた事、本当に、本当に有り難く思っている。徳増は手段を選ばず守ってくれたけれど、どうしたって罪の意識から逃げられないの! お願い、もうやめましょう?」
「罪? それが丸井の先代でしたら、あんな人間は生きていても害でしかありませんので罪悪感を感じなくてもいいです」
いたって平坦な徳増の声音に優子の良心は揺さぶられる。
「そんな言い方しないで! じゃあ、お姉様やお父様、お母様も同じだと? それに立花さんをどうするつもり?」
「私からすると同じですね。というより、優子様以外は同じ。立花はご想像どおり処する予定です」
「想像って……」
最悪な事態が過り、言葉尻が潰れる。優子はもう片方の手で徳増を剥がす。
「家族を侮辱するのはやめて、あなたは家来だったのに! ずっとわたしを偽っていたの?」
「私は優子様に仕えていただけで、旦那様や奥様、良子様を敬ってはおりませんでした。ちなみに旦那様は私の真意に気が付かれていましたが?」
そういえば初めて秀人が屋敷に訪ねてきた際、父親は優子に早く逃げろ、あの男から逃げるんだと言っており、優子は対象が秀人と受け取ったが、実は徳増だったのか。
「旦那様は暁月の援助にほだされ、私を裏切ろうとしました。金で他人を懐柔する暁月秀人も卑しいですが、旦那様はもっと卑しい」
「失礼よ! お父様は卑しくなどないし、秀人様は秀人様で結婚の条件を守って下さっただけよ!」
「どうせ優子様に気に入られたくてやったのでしょう。現に優子様は暁月秀人に惑わされてしまった。
幻想ですよ、今貴女の胸を焦がしている感情は幻想に過ぎません。どうぞお忘れ下さい」
「嫌よ!」
優子は胸元を叩く。
「ここにある気持ちがわたしに勇気をくれる。忘れるなんて出来ない、なかった事にしたくない。
あなたこそ、わたしに抱いている清廉な印象を捨てて! わたしはいい子じゃないわ、徳増の望む優しい人間じゃないの」
すると徳増は目を細める。聞き分けのない子供に手を焼くのを懐かしむ。
「別にいい子じゃなくても、私が望む人間でなくとも構わないのです。忘れたくなければ忘れさせればいい、二度と思い出したくなくなるようにね」
「わたしを大事に想ってくれるなら、秀人様に危害をくわえないで」
「そこは約束しませんが、誓って優子様は傷付けません」
「身体は傷付かなくても心が傷付いたら、それは痛めつけていると言うのよ?
わたし、徳増がお父様達まで殺めたとは思いたくなかった。あなたがやっていないと否定してくれるのを何処かで願っていたのかもしれない」
基本、徳増はぐらかしても噓はつかない。はっきり問えば、答えはいつでも得られた。それをしなかったのは徳増との関係を失いたくないから。
数々の違和感も徳増が自分の為にしていると黙認してきた。
「立花さんを開放して。あなたを憎んだり嫌いになりたくないの」
優子の眼差しは徳増を信頼しきって曇っていた時とは違う。
「私が優子様に嫌われたら生きていけないとご存知で、そのように仰るのですね」
わざとらしく目頭を抑える徳増。
「大袈裟よ、あなたは1人で生きていける。それと同時にわたしを1人で生きていけないようにして側に居ただけ。そうでしょう?」
「……」
「立花さんを開放して。もしも動けない状態なら、ここを出る支度を手伝わせて」
勧められたのだから、ここには食事や入浴をする場所があるのだろう。優子は辺りを見回す。
絵画鑑賞をする空間は見通しがよい。立花の軌跡を辿るよう作品が配置されている。
改めて立花の絵を見ると人物は表情豊かに描かれ、風景からは風や温度を感じられる。
むしろ優子と徳増の決別にはそれらがなく、まるで個展会場を舞台とした芝居みたいだ。
ーーそして、役者がもう1人。
0
あなたにおすすめの小説
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる