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五章

30_桜舞い散る季節に

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 アリエルが入学してきて二週間。
 本来なら五月に差し掛かる桜も散ってる頃合いだが、今現在桜が満開に咲いている。
 何故か?
 単純にアリエルの入学が俺たちの入学に合うように時間を合わせたからである。正真正銘の同級生だ。
 出会ったばかりの割に数年来の仲みたいになってるのは、まぁ察してくれ。

 桜が満開なので花見でもしようかって言うとアリエルは「それの何が楽しいの?」と聞いてきた。

 風情がないな、とは思うものの生きてきた環境が違うから日本独自の風習を押し付けたって楽しめないのは仕方ない。
 場所によってはとっくに散ってるこの桜、俺は異世界に持って行って盛り上げようと企んでいた。

 今や一部の界隈で異例の異世界ブーム。
 その異世界で直接過ごせると言う話題が話題を呼んで、少しづつ開拓されて行ってるのだ。
 しかし同時に開拓にも限度がある。

 グーラとの戦闘で異世界につけられた傷跡は深い。
 亡くなった動物、モンスターの命、野菜、果実、木の実など数え上げたらキリがない。
 でも日本人向けに発売されたそれに、日本人向けする要素を追加するってのは課題の一つだった。


「だからって許可は取らないとダメですよ?」

「やっぱり?」

「そこまでして欲しいのでしたら、苗木の購入を検討してみたらどうでしょうか?」


 ここ最近は委員長と別行動でいることが多い為、みゆりが俺のWikiとして役立ってくれる。
 いや、俺だって勉強はしてるのよ?
 俺より詳しいから頷いているだけで。
 ちくしょう負けてらんねーってずっと張り合ってる。
 向こうも追いつかれないようにって必死に勉強してるから全く追いつかねーけどな!


「でも桜って個人で買えるの?」

「育てるのに根気がいるくらいで、家庭の庭に植えてる方もおりますから」

「はえ~物知りだね」

「そのサクラって、すぐに散って道を汚す以外に使い道あるの?」

「散り際の美しさを日本人は潔いって褒め称えるんだよ」

「よく分かんないわ」


 実は俺もよくわかってない。なんか日本人マウントを


「あんぱんにサクラの花を使ってるやつあったよな?」

「塩漬けにしたやつですよね」

「興味あるわ!」


 すっかり食いしん坊になったアリエルの期待に満ちた眼差しを、俺は舞い散った花びらをガチャに突っ込んで『素材復元ガチャ』で加工、イメージから思い描いたものを『素材合成ガチャ』で出現させた。


「あら、そんな拾い物で済ませてしまうなんて」

「買うのとは別に。基本的にあれって香り付け要素じゃん?」

「見た目の清涼さも目的としております!」

「それよりも、試食よ!」


 色気より食い気が目立つアリエルである。
 ちなみにうちの学校で二大美人はみゆりとアリエルを指す。
 みゆりは気品を、アリエルは強かさを持つ美少女って認識だ。
 間違っちゃいないが、みゆりの本質が見えていないなと評論家に物申してやりたい気分である。
 アリエルに至っては近からず遠からず。

 俺から言わせたらいつまでも食い気が優先のちびっこ。
 子供のまま高校生になったって感覚だ。
 未だに同級生って言われても納得できない俺がいる。

 夏目の技術次第じゃ、ドリュアネス組が全員同級生としてやってきそうな荒唐無稽さがあった。
 ムーンスレイ組も、戦争とは縁遠い生活だってできるんだが、なんでか辞退された経緯がある。
 この世に対する未練の有無か。
 シリスくらいは預かるつもりでいたんだが、本人から否定された。

 だから俺たちは、日本で暮らしてみたいと希望した二人を精一杯甘やかしてやってる。
 今日も普通に通学中に示し合わせるように待ち合わせた。
 今はエラールが支度中。
 先に玄関の前まで来ていたアリエルが桜並木を見ながら雑談を交わしているのだ。
 なのに朝食でも抜いたのかってくらい食い意地が張っている。


「うーん、この塩気があんこと相まって上品な味に昇華されてるわね!」

「本当ですわ、雄介さんの思い描いた通りの味なのですね」

「そりゃよかった」

「雄介は味見しなくてもいいの? 美味しいわよ」

「俺はなー、辞めとくよ。アリエル食っていいぞ?」

「居らないのならもらうけど。それともエラールのために残しておくべきかしら?」

「それはそれで出すよ。そら、来た」

「お姉ちゃーん、センパーイ」


 遠目に、着飾ったエラールがこちらに駆け寄りながら手を振っている。痩せこけた浮浪児はもう居ない。
 健康的な肉体に成長し、すっかり元気になっている。


「遅いわよ。もう行っちゃおうかしらってお話ししてたの」

「あ、また何か貰って。センパイ、お金払います」

「いいよいいよ、いつもの事だし」

「そうやって甘やかすから最近お腹周りが……むぐ」


 エラールの余計な一言で、自身の自覚していた事実を思い出して食べかけのあんぱんでエラールの口を物理的に塞ぐアリエル。


「それ以上の発言は控えなさい」

「控えるのはお姉ちゃんの食い気だよ。センパイに嫌われちゃっても知らないよ?」

「な、ななな。雄介にはみゆりが居るのよ!? 一体何を言ってるのよこの子は!」


 なんだかなぁ、俺に気があるような素振りを知りつつも、俺はみゆりをそばに置く。アリエルのことは好意的に思っているが、やっぱり年下のイメージが強くてなぁ。


「そういえばアリエルはPPFやってる?」

「あっちの世界? 一応リンクはしてるわ。あたしの職能がないと龍果は暴走しちゃうもの」

「ロギン達じゃ無理なのか?」

「ステータスじゃ抑えきれないのよ。根源的な恐怖というのかしら? そう言うのがないと言うこと聞かないのよあいつら」

「グーラ的な?」

「そうね、災厄四龍とグラド自身でもない限り靡かないわ。ま、あたしくらいになれば分かっちゃうのね?」


 アリエルは神をたくしあげながらドヤ顔だ。
 高貴なオーラが出てしまうのね~、だなんて言っているが実際今のアリエルは綺麗だしモテる。
 顔を合わせるたびに飯の話さえしなければだが。


「センパイ達は、行かれてます?」

「一応リンクはしてるよ。あんまり表立っての活動はしてないけど」

「どうしたって旧グルストンのようにステータスの良し悪しで比べられてしまうものね」

「センパイの能力で加算したステータスは反映されないんでしたっけ?」

「そうなんだよ~。夏目の奴は反映されるって言ってたのに嘘つきやがって!」

「反映されてないというよりは能力はそのままで、ステータス看破系スキルで見えないだけだった気がしますよ」

「どっちみちバカにされるから行くだけ無駄じゃんよ~」


 みゆりとアリエル、エラールと並行しながら歩き、中学校の校門でエラールと別れる。


「それじゃ、お姉ちゃん先輩に迷惑かけすぎないようにね?」

「うっさい。早く行きなさい」

「はぁい」

「じゃあ俺たちも行くか。アリエル、あんまり妹に当たるなよ」

「そういうつもりじゃ……ううん、そうね。そうしとく」


 下駄箱から廊下に流れ、教室に入る。
 クラスでは今話題の没入型VRゲームPPFの噂でいっぱいだった。すでに勇者として世界を救っているのとは別に、プレイヤーとして無責任に遊び倒しているのだ。
 持ち前の天性は『固有スキル』として切り札としてなるべく使わないこちで本性を隠しているようだ。

 一般人と混ざっての遊びは、あの頃のような命の張り合いとは隔絶した気楽さがあるからな。


「よう水野。PPFはどこまで進んだ?」


 なんだかんだ姫乃さんとお付き合いを始めた水野は、俺の声に振り返ってオタク特有の早口で話題に乗る。


「今ノヴァさんとこで修行中」

「へぇ、プレイヤーはもうそこまで行ったのか。俺たちのスペック基準だと可愛いもんだったけど、実際に今のプレイヤーと比べてどうなの?」

「化け物だよ。上位者でもステータス1万あればいい方だし。ほぼエンドコンテンツ扱いだよ」

「ああ、やっぱそうなのか」

「そういう阿久津君こそ出前出してよ」

「やーだよ。またバフ料理だからって噂が出回って遊ぶ時間消えるんだろ? お前らの楽さの為にログインしたくねーよ」

「それだけ頼られてるってことだよ」

「モノは言いようだよな、マジ」


 まだまだ話しは尽きないが、ホームルームを告げるチャイムが会話を中断させる。
 担任が出席を取り、俺は青葉混じりの桜の木を見上げながら、春の日差しをいっぱいに受けて大きく欠伸した。
 そんな俺を優しげに見守る彼女と共に、新しい日々が始まる。
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