関節夫の手のひら小説 1

タイトル:散るための光



 夜の気配がまだ残る早朝、圭介と真理子は川沿いの桜並木を歩いていた。淡い光の中で、桜はすでに満開を越え、はらはらと花びらを落としている。

「もう散り始めてるね」

 真理子が少し残念そうに言うと、圭介は足を止めて、ひとひらの花びらを掌に受けた。

「だからいいんだよ」

 そう言って、静かに笑う。

「この花は、散るために咲いてる。ずっと咲き続けるなら、きっとこんなに心に残らない」

 風が吹き、二人の間を桜が舞った。まるで時間そのものがほどけていくようだった。

 真理子はその光景を見つめながら、小さく息を吐いた。

「終わるってわかってるから、今が愛おしいのかな」

「たぶんね」

 圭介はうなずき、彼女の横顔を見た。

「だから俺たちも、同じだよ。ずっとじゃなくてもいい。この一瞬を、ちゃんと愛でたい」

 真理子は少し驚いたように彼を見て、それから柔らかく笑った。

「うん……今を、大事にしよう」

 散りゆく桜の下で、二人は立ち止まり、しばらく何も言わなかった。ただ、降り積もる花びらの中に身を置いていた。

 やがて陽が昇り、花びらは光を受けてきらめいた。

 その一瞬のいのちを、確かに二人は見つめていた。
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