金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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2話 ドSメイドの面接

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翌日の朝。
今日のモニカはヘリンボーンワンピースに黒のストッキングと黒のハイヒールという格好で、ニーナの家の隣の教会にて跪き祈りながら、ファルガーからの返事を受け取っていた。

─桃花へ。
まずは無事アデルバートに着いたようで安心したよ。
君一人でアデルバートに行かせたりして怖い目には遭わなかっただろうか?
どうも僕はその辺の配慮に欠けているようだから、もしそうだったとしたならすまない・・・。
だが、早速良い人達との出会いもあったようだね。
しかし、ラスターにそっくりの彼か・・・。
会ってみたい気もするが、彼にとっての僕は、一目惚れした君の初めてを奪った憎き相手だろうから、会えば久々に自分の血を見ることになるのかも知れないな・・・。
血といえば、君に頼みたいことがあるんだ。
だが、まずは君の面接が先だね。
君なら問題なく採用されるだろうが、宮廷に入り込めたのならそこで会った人物について僕に教えて欲しい。
特に当主とレオンハルト君以外の他の公子達の容姿について、ラスターに似ているかどうかをまずは知りたい。
彼等がラスターに似ていないようなら、君にさっきチラッと言った彼らの血・・・もしくは唾液、精液でもいいのだが、採取をお願いすることになると思う。
面接の日にでもそのチャンスがあれば、君の判断で先に採取してくれても構わない。
採取方法は、それらの液体を布か紙に染み込ませて瓶に入れて保管しておいてくれればそれでいい。
必要な人数ぶんが揃ったら僕がミスティルまで取りに行くから、その時に落ち合おう。
だが、くれぐれも無茶はするな。
君に幸あらんことを。
ファルガー・ニゲル─

彼女が想い人からのメッセージに頬を染めながら祈りを終えて立ち上がると、背後に白い騎士服を着たレオンが微笑みを浮かべながら立っていた。
「おはよう、モニカ。
さっきニーナの家を訪ねたら、君は教会にいると訊いたからこっちに来て、君が祈り終えるのを待っていたんだ。
しかし他国に来てまで祈りを欠かさないとは、君は大層信心深いのだな?」
「ええ、とはアデルバート神様を通して繋がっていますから、これからも毎朝必ず祈るようにしようかと思いまして。」
と笑顔で答えるモニカ。
「あのお方・・・?
創造神ヘリオス様のことか。
宮廷にもここよりは小さいが御神像のある礼拝堂があるから、宮廷で務めるようになってからはそこを使うといい。
毎朝町の教会まで行くのは大変だろう?」
「まぁ、それは助かりますわ!
それで・・・面接の方はおこなっていただけそうですか?」
「あぁ、父は今日の午前中は宮廷にいるから、これからすぐに面接を行うと言っているが・・・来れるか?
急だし無理であれば別の日を用意させるが。」
「いえ、今日これからで大丈夫ですわ!
何日もニーナさんのお家にお世話になるのは申し訳がないですし、早くお仕事が決まったほうが私も助かりますから。」
「そうか・・・それならよかった。
・・・では行こうか。」
とレオンに年齢の割に大きな手を差し出される。
モニカは差し出されたその手を遠慮することは、騎士である彼を傷付けることになるのでは?と思った為に、少し照れながらもその手を取った。
だが─。

「あの・・・もう手を離して頂いても大丈夫ですわよ?
私、特に怪我をしているわけでもありませんし、一人で歩けますから・・・」
美しく若い騎士に手を引かれながら歩く姿を町行く人達があまりにも見てくるために、その視線に耐えきれなくなったモニカが顔を赤く染めながらそう訴えた。
だがレオンには、
「君も知っての通り、この町は若い女性が一人で歩くには危険すぎる。
それに君は僕の専属メイドになるんだ。
せめて宮廷に着くまではエスコートをされてくれないか。」
と赤く染まった顔でそう言われ、その手を離してくれることは無かった。
結局レオンに手を引かれたまま町を進み、間もなくして宮廷に辿り着いた。
白く輝くアデルバート宮廷は、遠くからでも立派な建物であることは明らかだったが、近くで見るとよりその迫力を感じられた。
レオンは宮廷の門番に声をかけた。
「レオンハルトだ。
メイド志望の者を連れてきた。
通してくれ。」
「はっ!」
門番はレオンに頭を下げると、門を開けて通してくれた。
その際モニカを間近で見た若き門番が顔を赤くしてその姿に見惚れていたが、すかさずレオンが彼を威嚇するように軽く睨んだ。
それに気がついた門番はハッ!として姿勢を正すと、慌ててレオンに頭を下げた。
「すっ、すみませんレオンハルト様!
あまりにお綺麗な方でしたのでつい・・・!」
「・・・彼女は僕の専属メイドになるんだ。
首を切られたくないのなら、今後見かけても口説こうとするなよ?
お前の仲間にも全員そう伝えておけ。」
「はっ!」
一礼する門番に見送られ、二人はそのまま宮廷の敷地内へと進んだ。
宮廷の手前には見事な庭園があり、今は秋のためか秋薔薇やコスモス、ダリア、サルビア等の花で彩られており、その近くには小さな礼拝堂があった。
「あちらがレオン様が仰られていた礼拝堂ですか?」
「そうだ。
アデルバート神は武を司る神だからな。
その武の中心部であるこの宮廷内にも御神像は必要だと何代か前の当主が作ったそうだ。
僕も試合や魔獣討伐に向かう前にはここに必ず祈りに来るよ。」
「まぁ・・・レオン様はまだお披露目前の騎士様ですわよね?
それなのに魔獣討伐に向かわれる事があるのですか?」
「うん・・・。
父ダズル・ナイトと長兄のグリント・ナイトはこの国で一番位の高い騎士だが、滅多なことではその剣を振るわないし、中級以下の騎士達・・・ゼニス隊やオリーブ隊達では手に負えない強い魔獣が出た際には、僕が父と長兄の代理として戦地に向かわされるんだ。
民を襲う魔獣を放置するわけにはいかないし、そいつを倒せる者が現場に向かうのは当然だが、僕の仕事の成果を父や兄の功績にされてしまうのが気に食わない・・・。
まぁ実戦で強敵を相手にすることは自己鍛錬の何倍もの成果があるから、その機会を優先的に与えてもらえていると考えれば今の便も悪くはないさ。」
とレオンは自嘲気味に笑った。
モニカは彼から便利な駒扱いだという言葉が出たことにより、彼は何らかの事情で他の公子よりも弱い立場にあるのだと感じた。
(公子の中で扱いに差が出るということは・・・もしかしたらレオン様の母君様は、貴族のご出身ではないのかもしれませんね。
今レオン様にそれを聞けば答えては下さるのでしょうが、折角私に心を開いてくださっているのに、警戒されてしまうかもしれません・・・。
この辺の事情は宮廷で務めるようになればすぐにわかるでしょうから、何も焦ることはありません。
今はまず、眼の前の面接に全力で挑みましょう・・・!)

レオンに「ここで面接を行うそうだ。」と言って連れてこられた部屋は宮廷の入口近くにあり、おそらく一般の来客用の部屋なのだろう。
そこそこに質の良いソファーと机、カーテンが使われており、モニカはそこの一番の下座に座って待つことにした。
「・・・?
遠慮しないで僕の隣に座ればいいのに。」
とレオンが言った。
「いいえ、私はこれからこの部屋に集まられる方達の中で一番身分が低いのですから、ここで良いのです。
レオン様の隣に厚かましく座っていたりしたら、礼儀知らずだと思われて採用していただけないかもしれませんよ?」
と少しいたずらっぽく笑ってみせるモニカ。
「そ、それは困るな・・・。
わかった、その辺りの判断は君に任せよう。
ここに来る途中で執事に話は通したから、時期に父と母様が来ると思うが・・・。」
レオンがそう言い終えたところで部屋をノックする音がして、先程の眼鏡をかけた初老の執事が顔を出した。
「失礼します。
ダズル様とアンジェリカ様、それにグリント様にジェイド様も此度の面接への参加をご希望とのことでしたので、お連れしました。
後は執事長である私リチャードも、この場に加わらせていただきます。」
「む・・・兄さん達もだと?
わかった・・・。」
レオンがそう返事をすると、リチャードに続いてこの国の当主であるダズル・ナイト公と思われる灰色の髪をした神経質そうな顔のガタイの良い中年男と、恐らく20代後半という年齢にして早くも淡い茶色の髪を薄くしたブ男の第一公子グリントと思われる人物、そしてその二人とは似ても似つかぬ翡翠のような鮮やかな緑色の髪と瞳をした美青年・・・その見た目からして彼が第二公子のジェイドだろうが、その3人が入室してきた。
そして最後に、レオンに良く似た雰囲気を持つ第三公妃アンジェリカと思われる金髪碧眼の美女が続いた。
彼女は性別こそ違えどラスター・ナイトととても良く似た容姿を持っており、間違いなくレオンはこの母に似て産まれたのだと一目でわかった。
(驚きましたわ・・・!
アンジェリカ様とレオン様以外の何方どなたもラスター・ナイト様とは似てらっしゃらない・・・。
まぁ900年以上も時が経過しているのですから、ラスター様の血が薄れ、その子孫が彼と似て似つかぬ姿をしていてもおかしくはないのですが・・・。
でも、お妃様であらせるアンジェリカ様のほうが、当主様や第一、第二公子様よりもラスター様に似てらっしゃることが妙に引っかかります・・・。
これは、ファルガー様の言われていた調査が必要となりそうですわね・・・。)
モニカはそう思いながらも席を立ち、頭を下げて彼等に挨拶をした。
「この度は私のために貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。
私はモニカ・アイジャーと申します。
本日はよろしくお願い致します。」
「まぁ、丁寧にご挨拶をありがとう。
私はレオンハルトの母で、三番目の公妃でもあるアンジェリカです。
こちらが夫であり現ナイト家当主のダズル、お隣が第一公子のグリント、レオンの隣に座ってらっしゃるのが第二公子のジェイドです。」
今紹介された中でジェイドだけがモニカに対して軽く会釈をした。
「さぁ、モニカさんもどうぞ座って下さい。」
「ありがとうございます。
それでは失礼致します。」
モニカはそう言ってから一番最後に席に着いた。

それからは主に執事長リチャードにより今までの経歴の確認や簡単な質問、お茶を淹れるテストなどが行われたが、それらを難なくクリアしたモニカはリチャードから太鼓判を頂いた。
「完璧でございますね!
人手不足の中、貴方みたいな即戦力となるメイドに来ていただければ私共使用人も非常に助かります。
旦那様、私は採用でよろしいかと思いますが、いかがなさいますか?」
と主人に確認を取るリチャード。
「うむ。
採用は決定だが・・・この様に完璧なメイドであれば尚、レオンハルトの専属としておくには惜しいな。
私も専属メイドが足りていないのだから、モニカくんには私の専属になってもらい、その代わりに別の者をレオンハルトにつけるというのはどうだろう?」
「父様!それでは話が違います!
モニカには僕の専属メイドという条件で面接を受けてもらったのです!
それを途中で変えるなど、僕は納得が出来ません!」
とレオンハルトが立ち上がって父に抗議した。
「お前はそうでも、モニカくんがどう思っているのかはわからないではないか。
どうだね?モニカくん。
レオンハルトの専属よりも高い手当てを出すし、今居る他の専属メイドと仕事を割り振れるぶん、仕事も楽だぞ?」
(確かに私の本来の目的のためには誰の専属であろうと宮廷に入り込めさえすればそれで良いのですが・・・。)
モニカは不安そうに自分を見つめてくるレオンを安心させるかのように優しく微笑むと、ダズルにこう答えた。
「私を高く評価してくださりありがとうございます、当主様。
ですが私はレオンハルト様に危ない所を助けて頂いたご恩がございますし、お給金が少なく仕事が多くとも、レオンハルト様の下につけていただきたいと希望しますわ。」
「そうか・・・だがな・・・」
ダズルがまだ諦めきれずに何かを言おうとすると、アンジェリカがニコリと微笑みながらこう言った。
「旦那様。
モニカさんもこう仰っているのです。
レオンハルトの専属で良いではありませんか。
それとも・・・そのを貫かれた結果、今以上に私に愛想を尽かされても宜しいのですか?」
アンジェリカのその言葉にはっとしたダズルは、諦めたように肩を落とし、
「いや・・・ならばレオンハルトの専属でいい・・・。」
と言った。
しかしそれを訊いた第一公子グリントが、
「ならば俺の専属になれ!モニカ!
父様以上の待遇を保証するぞ?」
と名乗り出た。
そして更に第二公子のジェイドも負けじと手を挙げて、
「いや、僕の元においでよ、モニカちゃん。
僕は騎士向きじゃないからこの国の宰相を兼ねていてね。
この国のことで僕が知らないことは何もないんだ。
ベットの上で良ければ、沢山面白い話を聞かせてあげるよ?
代わりにレオくんには僕のお下がりを一人あげるからさ。
父上と違ってこの場には僕を止められる奥さんもいないことだし、君が僕の下に付くことを望めばその場で僕の専属として決定するよ?」
「何だとジェイド貴様!
この場に妃が同席していないのは俺とて同じこと!
専属として雇ってしまってから紹介すれば、嫉妬深いあの女でも何も言えまいからな!」
「あぁ~、兄さんの第一妃のカタリナちゃんが兄さん相手に嫉妬するとか嘘でしょ。
兄さんがハーレムにいる他の妃やお手つきメイドばかりを相手にするから夜の方はずっとご無沙汰だってこの間僕に愚痴ってたよ?」
「何だと!?カタリナめ・・・余計なことを・・・!
というかジェイド貴様、カタリナと寝てないだろうな!?」
「まさか!
僕は身分が卑しくてももっと綺麗な娘のほうが好きだから、今のところはまだだよ?
でも近頃カタリナちゃんも僕の気を引こうとしてか可愛くなってきたし、僕もうっかりその気になっちゃうかもしれないね?
ていうかさぁ、少しでも気になるのならちゃんと抱いてあげればいいじゃないか。
最も兄さん相手じゃカタリナちゃんも濡れないだろうけどね?」
「何だと!」
そう言って言い争いを始めた二人をモニカは黙って値踏みした。
(第一公子グリント様は直情的で頭も悪く問題外として、第二公子ジェイド様は軽薄そうに見えてその実相当賢く、かなりの裏がありそうな人物ですわね。
神避けを用いているのが彼だとしてもおかしくはありません・・・。
私の目的を果たすためならジェイド様の下に付き、神避けらしきものを見つけ出すのが一番の近道なのでしょうけど・・・それには相当のリスクが伴いますわ。
彼みたいなタイプは懐柔し難いですし、彼に上手を行かれて私のほうが愛人にされてしまうかもしれません・・・。
それにやはり、レオン様の気持ちを大切にして差し上げたい・・・)
モニカは再び自分に向けて不安気な視線を送ってくるレオンを安心させるかのように優しく微笑みかけた。
その間にもモニカの意思を無視して二人の言い争いは続いている。
「モニカちゃんも、抱かれるなら兄さんよりも美しい僕のほうがいいに決まってるさ。」
「何だとジェイド貴様!
女は強い男にこそ惹かれるのだ!
貴様がモニカを欲しいと言うのなら、剣で勝負しろ!
それがこの国でのルールだ!
それで俺に勝てたのならモニカを譲ってやる!」
「えーっ・・・そんなの狡いや兄さん。
でもま、いっか。
さっきから僕たちの方を怖い目で睨んでる可愛いレオくんに本気で嫌われたくはないし、僕はこの勝負から降りることにするよ。
僕は男であっても見た目の良い者はそれなりに大切に扱うたちだからね。
まぁ他の誰かの専属でも、僕がその気になれば落とせる自信もあるし?」
と言って意味深な視線をモニカに投げかけるジェイド。
「フッ!
ジェイド、貴様が勝負を降りたのなら、俺がモニカを専属として貰い受けるということで良いのだな!?
その代わりにレオンハルト、貴様には俺の専属で唯一の手付かずのババアをくれてやる!
ババアだが仕事だけは無難にこなせるぞ?」
と勝ち誇ったかのように笑うグリント。
しかしそんなグリントに対してレオンは鋭い視線を投げかけると、低く押し殺した声でこう言った。
「・・・勝手に話を進めるなよグリント兄さん・・・。
剣で勝負して勝てた方がモニカを貰えるのなら、当然僕にもその勝負を申し込む権利があるはずだよな?」
「何だとレオンハルト・・・。
確かに貴様はこのナイト家の中でも特に剣の才能に恵まれた天才かもしれない。
だが、お前はまだお披露目もまだの14・・・対して俺は24・・・俺と貴様とでは潜り抜けてきた戦場の数が違うのだ!」
(まぁ!
グリント様はその頭髪の状態的に、もっと歳上かと勝手に思っていましたけれど、まさかの24歳でしたか・・・)
とそこで密かにツッコミを入れるモニカなのだった。
グリントは続けた。
「惨めに負けてモニカに格好悪い姿を見せてもいいのなら、その勝負、受けてやろう!」
と自信たっぷりのグリントに対してすかさずジェイドが突っ込んだ。
「いや、兄さんはレオくんが10歳になる頃にはもう自分の代わりとして魔獣討伐に向かわせてたじゃないか。
まるで戦死すれば良いとでも言わんばかりにさ・・・。
潜り抜けてきた戦場の数でもレオくんのほうが今となれば上だし、兄さんに勝ち目なんて無いと思うけど・・・それでもやるなら僕は大歓迎だよ?
久々に面白い試合が見られそうだしね。」
「くっ・・・剣も握れないモヤシ男の貴様に何がわかると言うのだジェイド!
よし、いいだろうレオンハルト。
その勝負、受けてやる!
ここでは狭いし、外は天気もいいから中庭でやるとしようじゃないか。」

そして中庭へと場所を移したモニカ達だったが、そこは普段より鍛錬に使われることもあるのだろう。
綺麗に敷き詰められた芝生が広がり、庭木等は少し離れた場所に均一に植えられているため、安全に剣が振れるだけの充分な広さがあった。
その中庭には面接した部屋にいたメンバーの他に、若いメイド達や庭師達に料理人見習い達、そして警備として出入りしているのであろうゼニスブルーの騎士服に身を包んだ中級騎士達も仕事の手を止めて観客として加わっており、グリントとレオンのどちらが勝つのかといった賭けをしていた。
その大半はグリントのほうに賭けており、レオンはその功績が一般に知られていないためか人気がなく、その掛率は大穴といったところだった。
そこでモニカは、
「それでしたら私はレオン様に100G(※日本円で1万円程の価値)をお賭けしますわ。」
と言った。
「はぁ!?
あんたを賭けた勝負だってのに余裕で賭けに加わって来るとは、肝の座ったねーちゃんだな。」
「だがこのねーちゃんの余裕っぷりからして、レオンハルト様は実は相当お強いのかもしれんぞ?
鍛錬にも当主様やグリント様、俺達よりも時間を割いていらっしゃるようだし・・・」
「確かに俺は前に魔獣討伐でレオンハルト様とご一緒させてもらったことがあるが、お一人で俺達ゼニス隊100人分の働きをされていて相当お強かったな。
だが、そんなレオンハルト様を代理で寄越すのだから、グリント様はもっとお強いのだろう?」
「いや・・・レオンハルト様はその見た目だけでなく、剣技のほうも生まれついての天才で、まさにラスター・ナイトの再来だと殉職された先輩が言っていたぞ?
ならばこのねーちゃんの読みは当たっているのかもしれねぇ!
俺もレオンハルト様に100G賭けるぜ!」
「俺も俺も!」
「あらあら、私一人でボロ儲け出来るかと思いましたのに、これでは僅かな儲けにしかなりませんわね。」
(ですがこれで少しはレオン様の気合が上昇するでしょう。
あとはもう一押し・・・)
モニカは今度はもう一方の観客の若いメイド達のほうへと紛れ込んだ。
メイド達はブ男のグリントよりもまだ少し幼くとも見目麗しいレオンの方を応援しており、
「きゃーーー!
レオンハルト様ーーー!
頑張ってーーー!」
等と黄色い声を上げていた。
そこでモニカも負けじと声を上げて、
「レオン様ーーー!
そんな若禿なんてとっとと打ち負かせてやってくださいなーーー♡♥」
と実に彼女らしい本音を含めた黄色い声?を上げた。
レオンはモニカのその声に反応してか、冷や汗をかき後ろを振り返り見たが、モニカの”若禿”という比喩にどっと湧いている観客達に釣られて、
「あははっ!若禿ってモニカ、君は・・・!」
と笑った。
(うふふっ、これでレオン様の緊張も幾らかほぐれたかしら?
まぁ私は今のでグリント様に恨まれることになるでしょうけど、レオン様は恐らくお父様とお兄様方からのプレッシャーに弱く、グリント様がお相手では充分に実力を発揮出来ない可能性がありましたからね。
それくらいの事は甘んじて受け入れましょう。
仮にグリント様から今後嫌がらせを受けるようなことがあっても、ジェイド様と違い単純で扱いやすそうですから何とかなるでしょうし。
ともかくこれで、レオン様も本当の強さを惜しみなく発揮出来るでしょう。)
グリントはモニカのお陰ですっかり盛り上がってしまったレオンを応援する声を跳ね飛ばすかのように苛立だし気に剣を抜くと、レオンに向けてこう言った。
「勝負は一本、真剣を用いる!
ただし双方防具を着けていないために攻撃は側面打ちのみとする!
これで良いな?
レオンハルト。」
「あぁ、それでいい。」
とレオンは頷き腰の剣を抜いた。
「審判は公平に父様にお願いしたい!
引き受けて貰えるだろうか?」
とグリント。
「わかった。」
審判として指名されたダズルが頷き前に出た。
「それでは勝負・・・始めっ!」

試合開始後10秒程は睨み合いが続いたが、最初に痺れを切らしたグリントのほうが先手を打ち、正面から側面での面打ちを仕掛けてきた!
レオンはそれを同じく側面で受け止めるが、単純な力ではグリントのほうが上なのか、最初はレオンが押されているかのように見えた。
レオンを応援していた観客達からは、
「何だこの程度かよ!」
とガッカリした声や、
「キャー!負けないでーー!」
などという彼を心配する声が上がっていたが、モニカはレオンの表情から焦りを一切感じなかったために、これは剣技ではよくある駆け引きであり、レオンには何か勝算があるのだろうと心乱されること無く静かにその試合を見守っていた。
そのままレオンが押し負けてしまうかのように見えたその時である。
レオンをそのままねじ伏せようと更にグリントが力を込めた瞬間、グリントの剣が微かにブレた。
それを見逃さなかった、いや、あるいは最初からその隙を生じさせるように剣撃を受け止める際の力加減を調整していたのであろう。
レオンはそのブレを利用してグリントの剣を見事に遠くへと弾き飛ばしたのだった!
くるくると回りながら放物線を描き、グリントの剣が中庭の生垣へと刺さった。
そしてそのままレオンはグリントの肩に剣の側面を打ち付けた!


その際にレオンの剣の切っ先がグリントの首筋に触れて少しだけ出血したことにモニカは気がついた。
だがそれよりも何よりも、今眼の前にいる美しい少年騎士が、自分を専属メイドとするために彼の苦手とする兄を相手にここまで見事に一本取ってしまったその瞬間のその姿が、瞼に鮮明に焼け付いて、いつまでも彼から目が離せないでいた─。
「勝負あり!
勝者、レオンハルト!」
というダズルの声が響き、観客達から歓声があがった。
「流石はレオンハルト様だ!
一回りも歳上でいらっしゃるグリント様からこうもあっさり一本取ってしまわれるとは!」
「キャーーーレオンハルト様!
とっても素敵でしたーーー!!」
観客達がレオンの周りに集まり、その姿が完全に遮られて見えなったことでようやく我に返ったモニカは、その人だかりに背を向けて、グリントの方へと近付いた。
そして、
「グリント様、勝負は残念でしたね。
それはそうと、首から血が出てらっしゃいますわよ?」
そう言ってそっとハンカチを取り出してその血を拭った。
「むっ・・・モニカめ・・・
俺を若禿等と笑いのネタにしておきながら、同情か?
今更どういうつもりだ?」
「この場には貴方様の手当てをして下さるメイドも騎士もおられないようでしたから、只今レオン様の専属メイドとなりました私ですが、一時的に手をお貸ししているまでのことです。
良かったですわね?
傷口は浅かったようで、もう血は止まりましたよ?
ですが念の為にきちんと手当は受けて下さいね?」
モニカはグリントにそれだけ言い残すと彼の血が染み込んだハンカチをポケットにしまい、観客達に囲まれつつモニカの姿をキョロキョロと探しているレオンの元へと戻って行った。
そして彼に柔らかな笑顔を向けてこう言った。
「流石はレオン様ですわね!
見事な勝利・・・とても格好よかったですわ!」
そして白く美しい手を彼に差し出した。
「改めましてご挨拶を申し上げますわ。
これより貴方様の専属メイドとなりましたモニカ・アイジャーです。
よろしくお願い致します・・・!」
レオンはその手を取ると、心より嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
「君の主となるレオンハルト・ナイトだ。
本当に君を専属メイドとして迎え入れることが出来て良かった。
末永くよろしく頼む・・・!」
そうして手を取り合った二人を祝福するかのように、先程まで観客だった者達が次々と拍手を送った。
「モニカさん。
貴方みたいなしっかりしたお嬢さんに、レオンハルトのお世話をしていただけることになって、私も嬉しく思います。
頼りなくまだまだ甘えん坊な子ですが、どうかよろしくお願いしますね!」
とアンジェリカがモニカに向かって頭を下げた。
「アンジェリカ様!
私等に頭をお下げになるのはおやめ下さい!
御子息のお力になれるよう、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します・・・!」

モニカがそう言ってアンジェリカに頭を下げている様子を怪訝そうな顔のままで黙って見ていたグリントだったが、そんな彼の隣にいつの間にか第二公子ジェイドが立っており、そっとその肩を叩いた。
「ジェイド貴様・・・この期に及んで敗者の俺を馬鹿にしにきたのか?」
と緑色の髪と目をした美しい彼をギリッと睨みながら振り返るグリント。
「まさか!
ブ男な兄さんでも一応半分は血の繫がってる兄弟だから、これでも慰めにきてあげたんだよ。
でも僕の言った通りだったでしょ?
の上に努力家なレオくんに、凡人に過ぎない兄さんなんかが適うわけがないんだから。
ま、モニカちゃんが上手く周りを誘導して兄さんからレオくんを応援する流れへと変えて、更には緊張でガチガチになってたレオくんをあの若禿発言でほぐしちゃったこともあの快勝の大きな要因だろうけど、それ無しでもレオくん、モニカちゃんを得るためなら兄さんからのプレッシャーなんて弾き飛ばして勝ってただろうしね。」
「・・・フン!
何が慰めだ!
この腹黒緑野郎が・・・。
貴様と話してると余計に惨めな気分になる!
俺は医務室に行ってこの首の治療を受けねばならんからもうここから去る!
貴様はレオンハルトのところにでも行ってろ!」
「もー、酷いなぁ兄さんは!
そんな邪険にしなくてもいいじゃないか!
ところでさ、兄さん。
さっきモニカちゃんと少し話してたよね?
一体何をんだい?」
「何って・・・レオンハルトにトドメの側面打ちを受けた際に少し首が切れたのに誰も気に留めない俺を見兼ねてか、その血をハンカチで拭ってくれた、ただそれだけだ・・・」
「そう・・・ハンカチで血を・・・ねぇ・・・・・」
ジェイドは顎に手を当ててアンジェリカと握手を交わすモニカをじっと見ていた。
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