巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

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23.

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「ーー殿下、」



背後に控える側近の呼びかけに、一拍おいて王太子殿下の視線が和らいだ。ように見えるだけかもしれない。わたしの身体は硬直したまま。



「…すまない、八つ当たり・・・・・をした」



ーーそう言われても。とけない。意味がわからない。

でも向けられる負の感情は見覚えがありすぎて、わたしを使い物にならなくする。

動けないでいるとため息が聞こえて、反応した指が掴み損ねたノートを落としてしまう。



ひ、ろわなきゃーー。







「……すまない。大人げない態度を取ったことを謝罪する。きみは悪くない。そう聞いていて、理解もしていたのにーー……」



姿勢を低くして目線を合わせるように語りかけてくる王太子殿下がノートをそっとテーブルに置いた。


機械的に首を振り、ペンを握る。



"申し訳ございません"



「悪いのは俺だ。きみは何も、悪くない。…ごめんな」



空の色。

穏やかさを持ち合わせて、取り戻せばこんなに優しい色に見えるのか。



空を見上げたのは、いつだったろう。

通り過ぎるだけでなく、自分の意思でそうしたいと、思ったのは。


背けるように目を伏せた。



「殿下、戻って座ってください。その距離話しづらいでしょう、ふつうに」

「そうだな。…あー…ティアに怒られるかなー…やらかした…」



どさ、と大きく軋む音。交わされている会話を聞き流すうち、ざわめきは少し治り落ち着いてくる。


そうするとこの場から逃げたくなったけれど、目が合い、それは無理だと悟った。



「俺たちは幼なじみでね。ここにいるアシュトンと俺、ティアリアとブライス。ーーこの兄妹の家門には突出した才能の魔法使いが多くいる。
……ブライスがきみに対してしたことに俺は怒ってるし、きみはもっと怒っていい」



側近の男性もうなずくのが気配で伝わる。

わたしがすでに彼に対して、酷い態度や暴言を吐いたことを告げるとふたり揃って目を丸くしたあと吹き出した。



「そうか気落ちしてたのはそのダメージが大きいせいもあったってことか…いや謝る必要はない、悪いのはあいつだからな。ーーあと、協力したティアリアにも原因はある」

「ーー」



視線は和らいだまま、わずかに憂いを含んでいるような瞳でわたしを見つめる。口外しないことを誓約してほしいと言われ、首肯する。



禁術・・と呼ばれる魔法は分かり易いものだと精神干渉ーー所謂魅了、などの類を指すがそれ以外常人が知り得ないものもいくつかあって、それらを管理しているのはティアリアだ。
記憶を保持しているのは対象者きみたちふたりだけだからどのようなやり取りがあったかはブライスしか知らないが、…結果起きているのだからその許可をティアリアが出したということになる。
騙し討ちをしたのかもしれないし、泣き落としでもして説得したのかもしれないな…。
きみに使われたのはそういう魔法だ。」



禁術。

とても恐ろしい言葉に聞こえる。

何もなく・・・・、そんな魔法が使えるのか。



「ブライスは馬鹿なことをした。周りのことも考えず、…きみがどう思うかも後回しにして、ただ自分が最善だと思ったことを、思い込んで勝手に。
……でも悪い奴じゃないんだ。」

「…」

「こんなこと言えた義理ではないが、……できれば話だけでも聞いてやってほしい」



邪魔したな、と。
ゆっくり休むよう添えて、王太子殿下と側近は去った。








悪意があったわけではない。ただ善意だと、素直に受け入れ納得もできない。

素直にありがとうなどと、とても言えない。



どうしても忘れられない濁流のように押し寄せる記憶。消したいのに消えない。

忘れられない。


刻まれた死の記憶。


今、もう一度、虚な眼をした父に押さえつけられたとして。
わたしは逃げだすことができるだろうか。
今ここから、逃げたいと思っているように。


ーー前世で、命が失くなると悟ったとき、わたしは後悔しなかっただろうか。

今感じているように、死にたいと思っただろうか。



どうせ戻れるならーー。



わたしは。

わたしは、戻りたかったんだ。戻れるわけないのに。
今世現在じゃなく、前世過去に。

どうせ戻るなら、今じゃない時間に戻りたかった。


それが叶うなら。


もし望んだ場所へ、戻れていたら。


わたしは咽び泣いて、媚びて、彼に感謝していただろう。



そうじゃなかったから。
勝手に、身勝手に、期待してしまった胸のうちを知られたくなくて。

ぶつけた怒りのなかに、それを潜ませてた。


死んだままでよかった。死なせてくれればよかった。

死にたかった。


此処でもう一度なんて、要らなかった。





ペンの切っ先を首に向けようとしたけれど一定の位置から腕が動かなかった。侍女が慌てる様子もなくやってくると、「お預かりいたします」ペンとノートをわたしからそっと離してまた下がってゆく。

両手を見つめる。引き攣った笑みが浮かぶ。


わたしは保護・・され、守られている。





"死にたがりの少女の癇癪"





その通りだった。

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