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24.
しおりを挟む「…兄が私に教えてくれたのは一言だけでした」
妃殿下は伏せていた視線を上げ、悲しげに微笑んだ。
「…………お前の言う通りだったよ、って、」
「……わたしは、」
やはりひび割れている。
取り戻したばかりの自分の声はまだ掠れていて、どこか外れ、欠けているよう。
妃殿下の声は透き通っているのに、それよりひどく弱々しい音だった。
「……わたしは可哀想な人間でしょうか」
「っ」
「憐れと、思われたのでしょうか…」
「ルコラ様、」
長年染みついて離れない思考はそう簡単には剥がれない。
もう一部になっていて、それならばと距離を置くほうがずっと容易かったから。
ーーでも話を。
「今はただ、……理由を知りたいと思っています」
話を、しよう。
「それから、」
まだ上手く笑えない。
「……それから始めても、ゆるされるでしょうか」
それでも。
「っ、あなたが乞う謂れなどありません…っ私が、私たちが、…っ」
「妃殿下」
毎日、毎日、目覚めて気づくことがある。
無表情は、無関心を装っているから。
距離をとっているのではなく、距離を測っているだけ。
ほんの指さきほど。
少しでいい。
勇気もいらない。
角度を変えて見てみれば、ここは。
ここには、わたしを傷つけ、脅かすひとなどひとりもいない。
ちがう世界が瞳に映る。
それに気づく。
まるであのころのように。
「…………ありがとうございました…………」
気づいてしまった。
毎日、毎日、朝が来る。
朝は来る。
それが、こわくない。
こわいものなどひとつもない。
ただ、未来は明るいものだと信じていたあのころのように。
そう純粋に思っていた自分が、わたしを手招く。
まだ怯えていて、不安に囚われ捻くれてもいる。
それでも下手くそな笑顔で、わたしに手を伸ばす。
毎日、毎日、躊躇うわたしに、手を伸ばすのだ。
「今さら何を都合の良いことをと、……理解していますが、」
でもただひとこと、
たった、ひとこと、
「……助けてくださり、……ありがとうございました……」
たすけてと、言えばよかった。
明日が来なくても。
世界は変わらなくても。
そうしたらこんな気持ちも現実も、知らずに、見ずに、済んだのに。
ほらやっぱり、変わらないじゃないかって、
憎んだままで、恨んだままで、いられたのに。
今になってーー。
今ここにいなければ、
もう一度がなければ、
こんな風に思うことなんてなかった。
知らないままでよかった。
でも知ってしまった。
気づいてしまった。
だから今ならどんなに恐ろしい真実も、きける。
彼は、何を、ーー。
わたしなんかのために、いったいどれだけの代償を払ったのか。
「ーー…よかった…」
「…」
「妹に任せていれば、ぜったい大丈夫だと思ってた…」
「…」
待ち侘びていたような、二度と、会いたくなかったような、
想像以上の複雑な感情にくちびるを噛み締める。
「……よかった……」
思わず零れて、
心からそう思ってるような、
そんな彼の言葉や表情が、胸に痛かった。
「……座ろうーー立ったままじゃ、「教えてください。」
なぜ、
わたしを、
なぜわたしに、
「……どうしてこんなことをしたんですか」
あなたは、
「…………何を、奪われたんですか…………?」
驚いた風でもなく、困ったように、彼は。
「……奪われたわけじゃないよ」
対価なんだ、と言った。
隠す風でもなく、
「三分の二」
言った。
「寿命だよ」
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