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公爵令息①
しおりを挟むこんな傲慢な所業は止めるべきだ。
「……さま、……お兄様、」
なのに目の前の妹をどう丸め込むか。
そればかり考えている。
「…戻ってきてからずっとそんな顔ばかりするのね…」
妹は始祖の色を受け継いだ綺麗な白銀。
俺は紫が混じり、
ーー彼女は少し、青が混じっていた。
「どんな顔してる?」
「駄目よ。」
聡い妹には、とっくにお見通しの企み。
「……リアがそう言うってことはあるんだね」
「ぜったいだめ。教えないわ。」
苦笑を浮かべる俺も、苦渋を滲ませる妹も、
互いに眼を逸らさない。
「……俺たちは似てるよね、リア。兄妹だから当たり前かもしれないけど、性は違えどよく似てる。
……頑固なところは、特に」
王家の宝物庫にある中身と同等か以上の価値があるその古びた本を、資格の無い俺は見たことがない。
今までそれについて何か思うことなんて欠片もなかった。
ーー今はそれが、悔しくてたまらない。
「……ひどい女よ。……どんなに辛かっただろうと思う。言葉ではとても、……でも、でもそれだけはだめよお兄様。私も過ちを犯したからわかるの。
……わかるわ……でも、」
「…」
「運命だったからなんて言いたくない。とても言えない……でも干渉してはいけないものがある、捻じ曲げてはいけないものがあるの、……それに誰もが望む訳じゃないわ」
「…」
「…………彼女は、そうなって笑顔になれるの……?」
何度も何度も、思った。
彼女は決して望まないし、まして喜びやなんてしないだろう。
違和感を感じ寄り添おうとした人間がいても、彼女は意図的に離れていたフシがある。
近寄るな。触れるな。ほうっておいてくれ、と。
遠ざけ、受け入れ、そして諦めた。
救われたような顔をして、死んでいた。
死だけが、彼女の救いだった。
俺に何がわかる。
ありふれた道徳心で、安っぽい偽善で、くだらない価値観で、
そんなのは間違いだと、誰が言える。
ーーなのにどうして、後悔が過ぎる。
悲惨な人生を送った人間なんて、じっさい見てきた数に及ばないほど大勢いるんだろう。
救えない。救えるとも思っていない。
通り過ぎてゆくだけだ。
そんな力はない。俺は聖人じゃない。
なのに急き立てられるようなこの感情は、
こんな思いはもうしたくないと、
取り戻したいと、
願っているのは誰だ。
「…?お兄様…?」
「ーー夢を、見るんだ」
最初は自分がおかしくなったのかと思った。
「いつからかは覚えてない。断片的だったものが、最近ははっきりしてきた。
遠い異国で、時代もわからない。見たことない景色や建築物、空を飛ぶ何か。馬車なんかなくて、夜でも驚くほど明るくてうるさい、」
顔もわからない。名前も。
ただ感じる。
次から次へと、溢れてくる。
「俺は信じられないくらいしあわせで、」
夢のような夜を過ごして、
「なのに、」
想い出だけ残して、彼女はいなくなった。
誰かが泣いている。
その感情が交差する。
そばにいられなかった。
ーーあのときも、今も。
救えなかった。
助けられなかった。
それが苦しい。
「……もう一度会いたいんだ……」
傲慢で、我儘な、独りよがりの思いでも。
生きている彼女に、会いたい。
「…………駄目よ」
「……頼む」
「膝なんかつかないで」
「頼む、……ティアリア」
「っ、……お兄様はわかってない」
「…」
「側近の仕事はどうするの。魔術師団だって、…公爵家だってどうするの。
そうでなくてもお兄様は結婚もしないでいたのに無責任じゃない…」
「そうだね」
「……わかってない、……っ」
そのためならどんな代償も、
対価として喜んで差し出す。
「……想像はつくよ」
「っ、!」
「ごめんね、リア」
騙し討ちなんてかわいい妹にはできなくて、なのにこんな卑怯な手を選んでごめん。
「…国を捨てるの…?家族を、…私を、…愛してないの…?」
「愛してるに決まってる」
お前とレオを守って、生きてゆくんだと思ってた。
「……ただ、」
俺は彼女のためなら、死んでもいいと思うんだ。
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