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27.
しおりを挟むこの感情はなんだろう。
喉がひりつく。惨い痛みに覆われる。思い出す。
今は枯れ木のようなこの父が、爛爛と異様に瞳を光らせわたしを殺したことを。
何もない、侘しい部屋で。
わたしを殺した父が、死にかけている様を見て。
この感情はーー
父も被害者だ。
ーーでもわたしを殺した。
操られていた。
ーーでもわたしを殺した。
抗えなかった。
ーーでもわたしを殺した。
ーー慈しみ撫でてくれていたその手で、過去、父はわたしを殺した。
「ーーーー……、……」
ルー。
心と身体はバラバラになり、霞みそうな意識が拾った声は忘れていた呼び名。
父だけがそう呼んでいた。母も呼ばない。誰も。
誰も。
父は泣いていた。
泣きながら今際の際で、わたしを呼んでいた。
無惨に横たわるのがわたしの父だ。
打ち棄てられ、ただ命を失うのを待つだけの。
何も知らない父は、ただひたすらにわたしの名を呼ぶ。
わたしは知っている。
親に手を振り払われた子どもがどんな気持ちになるか。
伸ばされた手を振り払ったときの後悔も。
ーーその手を掴まれたときの、よろこびも。
膝をつく自分の姿は、叶うかもわからない過ぎた祈りを捧げているようで少し滑稽だった。
この感情も、一生わからないままでいい。
か細い声で泣いていたのはきっと、記憶のなかのわたし。
父のこれからを伯父に頼んだ。
死なせないでほしいとお願いをした。
眠ってしまった父はどんな夢を見てるだろう。
そばで見守ることなんてできない。
でもいつか。
望むならもしかしたら父も、諦めることを止めて歩き出すかもしれない。
遥か向こうの、灯のほうへ。
目まぐるしく時間は過ぎた。
王家との話し合いの結果、最終判断が下るまでは不安でたまらなかったけれど。
爵位の存続は認められ、成人し学園卒業と同時にわたしは家を継ぎ当主になった。
ひとりで立つと決めたわたしのとなりには誰もいない。
「養子とるって言ってもさ、釣り書きは届くでしょ」
「ないわよ」
「あるでしょ」
「…言ったでしょう。それを込みで許可してもらったの。わたしは誰とも結婚しない」
「もったいない。……あんなに綺麗だったのに」
「……一度でいいの、そんな瞬間は」
言葉づかいも気にせず、こんな風に話せているのが不思議だった。
でも嫌じゃなかった。
答え合わせをしているみたいに難題を問いかけられるのも、語られる言葉の多くに空しさが伴っていても。
待ち侘びていたような、二度と、会いたくなかったような。
彼に会うたび、変わらないそんな気持ちになる。
埋まらない溝があって、近づけない距離にいて。
何もかもが圧倒的に足りなくて、欠けている。
でもわたしはそれがもう、嫌じゃなかった。
「んー…じゃあそろそろ帰ろっかな、名残惜しいけど。レオがうるさいんだ。死ぬまでこき使ってやるってさ」
「…笑えないんだけど」
上へと伸ばした両腕を下ろすと、わたしを見て目を細める。
「笑ってよ」
「…」
「それで頑張れる」
彼の妹でもある王太子妃殿下に、きいてみたことがある。
『…………ごめんなさい…………』
彼とおなじようなまなざしで見つめられ、おなじような表情で。
どうにもならないと、わかっている。
「じゃあまたね、ルコラ」
彼はいつからそう呼ぶようになっただろう。
「?どうしたの」
「、…なんでも、…またね」
それは、いつまでだろう。
またねがいつか、言えなくなる日が来る。
それでも彼は笑っていてと言い、わたしは今のようにへたくそに、笑うんだろう。
「……ブライス様、」
ーー心に秘めた焦燥を抱えながら、今日も彼を見送る。
母方の親類から迎え入れた養子の名はサシュと言った。親子というより姉弟という年齢差で、当然周囲の力を借りながらわたしも一緒に学んだ。
一緒に成長して、家族になるため。
ーーサシュには魔力があった。
発現してからは制御も不安定なほど高い魔力。
彼はサシュの顔を見たとき、信じられないといった表情をした。
青ざめるわけではなくいっしゅんだけ温度を失くしたように。
そうしてふいに笑うと、近づいて屈みやさしくサシュの手を取った。
何事かつぶやいて、サシュが首をかしげる。
ーー以前に、会ったことがあるのだろうか。
視線に気づけば微笑む。肯定するかのように。
国からの正式な依頼で邸に滞在し、サシュの訓練が始まった。
当主になったとき土地を移り新しく建てた侯爵邸。
わたしが生まれ育った場所は、立ち入り禁止の更地になっている。
サシュは彼によく懐いた。
彼の存在が、サシュにもわたしにも心強かった。
半年が過ぎ、一年が過ぎる。
忘れそうになる。
忘れてしまいたくなる。
このまま、ずっとーー
「…………ルコラ」
そんなばかな、夢を見て。
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