龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子と迷いの森 前編

 静まりかえった薄暗い森に、落ちている枝を踏む音と風で葉が揺れる音だけが耳に届く。

『(……見られている)』

 生き物の声も姿も無いのに、複数の視線を感じる。嫌でも神経が過敏になるのを自覚しながら、狭い道を抜けた先でスイは人が座れそうな大きさの切り株を見付けた。傍に枝が三本重なっているそれを見て、スイは溜息を吐く。

『また駄目かぁ……』

 スイ達が迷いの森に踏み入り、この切り株を通り過ぎて進み、その先でまた切り株を見るのは片手で数えられる回数を疾うに超えた。
 二度目に通り掛かった時に違和感を抱いて一人と二匹で一本ずつ置いた枝は、以降スイ達に何度も事実を無言で知らせてくる。
 さらさらと僅かに木々の葉が揺れる音に混ざって、微かに声のような音が聞こえた。

《笑っているな》

『うん。精霊かな?』

 スイは切り株に座った。すぐ側の地面に座ったコハクを撫でながら、独り言のように呟く。

『どうすればこの森を抜けられるんだろう……』

 殆ど同じ景色が続くこの森の中は、マッピングのスキルが使えない。頭の中で地図を描こうとしても直ぐに薄れ、思い出せなくなる。
 それでも、出来る限り記憶を皆ですり合わせながら、通った事の無い道を選んで進んでいるつもりなのだが、気付けば同じ場所に戻ってきてしまう。

『これで三回目かな? まだそんなに時間は経ってないと思うけど、早く抜けるに越したことはないよね』

《今は夕方くらいか?》

「……エッ?」

 ザクロが困惑と怯えを滲ませた眼でふたりを見る。
 教会を出た時点で夕方だった。それからジッタの森には一日掛かりで着いたのだ。歩き回った今、夕方の訳が無い。

「ゴ主人……? コハク……?」

『どうしたの? ザクロ』

《腹が減ったのか?》

 スイもコハクも、自分達の考えがおかしいと思っている様子は欠片も見えない。
 それが、ザクロには酷く恐ろしく思えた。

「ピッ……」

『ザクロ?』

 つぶらな眼に涙が浮かぶ。驚いたスイの手が触れる前に、ザクロは全力で鳴き叫んだ。ピュルルルル、と美しくも悲壮な声が森に木霊する。

「ゴ主人、コハク、気ヅイテ……! オカシイッテ、気ヅイテ!!」

『!!』

《!!》

 スイとコハクの中で、何かが弾けた。頭の中が鮮明になっていく。何度か瞬きをしたふたりは、辺りを見回した。

『……何だろう、凄く頭がスッキリする……』

《オレもだ。知らない間に靄が掛かっていたんだって、今になって気付いた》

『今が夕方頃な訳、無いよね』

《うん。迷ってたんだから夜でもおかしくない》

『それなのに』

 スイとコハクは頭上を見上げる。葉に覆われているが、青空が見える。

『……この森の中、時間もおかしい。これだと迷えば迷う程、ボルカウィッチを出てからどれくらい経ったのか解らなくなる。……ザクロ?』

《どうした?》

 黙り込んでいるザクロに気付いたスイとコハクが眼を向けると、小刻みに震えるザクロはコハクの背中に飛び乗り、わっと泣き出した。

「ウワァァァァ、ゴ主人、コハクーー! ザクロ、怖カッターーー!」

 一瞬呆然としたふたりは、号泣するザクロを慌てて慰める。
 撫でたり言葉を掛けたりする事暫く。スイの手にすっぽりと包まれて、ザクロは落ち着きを取り戻した。
 泣いて弖爾乎波や語順がめちゃくちゃになっているザクロの話をどうにか理解したスイは、自分とコハクが陥った状況を推測する。

『記憶や思考に支障が出たから、ジッタの森より強い認識阻害が掛かっていると思う』

《下手したら此処に閉じ込められていたんじゃないか?》

『多分。招くと言っておきながら容赦が無いね……』

 スイが知るエルフは、純血ではないがレイラとシンシアだけだ。
 だからエルフは穏やかな種族なのだと思っていたが、認識を改める必要があるかもしれない。背中が薄ら寒くなるのを感じながら、スイはザクロを撫でる。

《……ザクロが解いてくれなかったら、危なかったな》

『そうだね。ありがとう、ザクロ』

「グスン」

《そう言えば、メッセージバードって認識阻害を解除出来るのか?》

『……それは聞いた事がないなぁ。でも、ザクロは元々他のメッセージバードと違う事が出来るから、びっくりしたけどちょっと納得も出来るかな』

《それもそうだ》

「ムフー。ザクロ、出来ル子!」

 すっかりいつもの調子に戻ったザクロをコハクの背中に乗せる。首だけ振り返り、ザクロに礼を言っているコハクを見ながら、スイは今まで通ってきた道を思い出していた。

『(相変わらずマッピングは使えない。けど……)』

 恐らく時間が止まっていると思われる迷いの森。しかし、何度か森の中の暗さが変わった時があった事にスイは気付く。

『(時が移ろいでいる。……それが正しい道……?)』

 確証は無いが、漸く見付けた活路かもしれない。スイはコハクとザクロに自分の考えを話すと、森の奥へ向けてまた歩き出した。
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