龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子に明かされる、十年前の真実

「……以上が、我等が故郷を治める龍の一族の起源であり、世代から世代へと継がれている伝承でございます。そして、薄々勘付かれてはいたかもしれませんが、スイ様のお父上は龍の一族の現当主、スイ様はその御子みこ様であらせられます」

 区切りの良い所まで話し終えたソウジロウは、お茶を飲んで渇きを潤した。
 スイはと言えば、龍の一族の伝承に戸惑っていた。自分の起源を知ったものの、その実感が薄いというのも理由だったが、何より伝承と異なる部分に疑念が生まれていた。

『……父様ちちさまも、姉様あねさま兄様あにさまも……シュウトさんも、夜空色の髪と燐灰石の眼ですよね』

「仰る通りにございます」

 持って生まれた能力よりも、一目で龍の一族だと証明出来る色彩だ。スイ自身も、一族の血を引いていると言える。そこに疑問があるとすれば。

『……白翡翠の髪を持った歴代の人達の中に、私と同じ様に片眼だけ翡翠色だった人はいるんでしょうか……』

 伝承では、始祖もその後数百年に一度同じ色彩を持って生まれた子も皆、眼は両方とも翡翠色だった様に語られている。
 恐る恐る窺えば、ソウジロウは首を左右に振った。

「私めは、その様な話は聞いた事がございません」

『…………じゃあ、何で私だけ…………』

 片眼だけが始祖の色。歴代の中で、自分だけが異なる色彩。
 これではまるで、とスイの頭の中に嫌な考えが過ぎってしまった。

『……まるで不完全な子、みたいで……』

 もしかしたらと思ってしまったが最後、そうとしか考えられなくなったスイは「あの日」を思い出して自らの心を抉る。

『……始祖と同じ色じゃないから。不完全だから……母様は、私を捨てたんですね……』

 人々に喜ばれる筈が、不完全な色彩を持って生まれてしまったから嫌われた。
 滲んで利かぬ視界で、ソウジロウの気配が珍しくはっきり知覚出来る程揺れた。

「捨てた……!? 何を仰るのです、スイ様……!?」

『……だって、あの日、母様は私に「出て行きなさい」って怒鳴りました……。その後の事は覚えていませんけど、気付いたらセイに咥えられて空を飛んでて。……だから……だから、私は母様に捨てられたんだ、って』

 ぼろぼろと零れ出した大粒の涙を、コハクが心配そうな顔で舐めとる。

『何でだろうって、何をしてしまったんだろうってずっと思ってたんですけど、始祖の再来としては不完全だからって事なら、母様が私を捨てたのも、父様があまり話してくれなかったのも辻褄が――』

「有り得ませぬ」 

『っ!?』

 スイには有事の時ですら殆ど慌てず、いつも穏やかな声で話すソウジロウに強い語気で否定され、スイの両肩が跳ねた。

「このソウジロウめの命に賭けて断言致します。スイ様、それだけは絶対に有り得ません」

 驚き過ぎて涙が止まり、濡れた頬に手拭いが添えられる。
 
「驚かせて申し訳ございません。ですが、それだけは否定させていただきます。スイ様のお母上は、サク様は、貴女様を捨ててなどいないのですから」

『…………え』

「……仮に、スイ様のお考えを理由にして捨てるならば、生まれてすぐにそうした筈です」

『……それは……そうかもしれませんけど……』

「前後の記憶が欠けている為に、誤解をされたのでしょう。あの日、屋敷には私めもおりました。なので、始終の全てを把握しております。お伝えしてよろしいですね?」

『…………っ』

 知りたい、あの時何があったのか。
 でも、知るのが怖い。知れば、戻れなくなる気がする。
 知らなかったからこそ、過ごせていた日常に。
 それでも。

『……お願い、します。教えてください』

 知りたい。知らなきゃいけない。
 スイは恐怖を押さえ付けて、眼を向ける。
 十年前に、自分が零した真実へと。

「承知致しました。十年前のあの日――」

 ソウジロウは話し始めた。それまでの平穏が壊れた、その日の事を。

 いつもと同じ一日が始まる筈だった。
 朝、茶の間に集まったスイ達が朝食を摂ろうとした時、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
 不穏な空気を感じ取り、状況確認の為にソウジロウが襖を開けて廊下に出ると同時に、従者の一人が血塗れで転がり込んできた。

「み、皆様を、御子様達を安全な場所へ……!」

 突然の事だったが、その場にいたスイ達三兄妹以外の動きに迷いは無かった。
 島民から畏敬と感謝の念を持って崇められる龍の一族だが、疎む者も少なからずいる。魔物まものと言う、大陸ではモンスターと呼ばれる存在もいる。

 龍の一族と、彼等に古くから仕える者達が暮らす一帯は結界に覆われているが、時折そう言ったもの達が結界をすり抜けて攻めて来る事は大昔から極稀にだがあった。
 仕える主達を守る為、従者達は有事の際の備えは万全にしている。

 現当主であるイズミは、その務めを果たす為に家から離れており、弟のシュウトは島外にいる。
 幼い三兄妹と母親であるサクを守るべく、屋敷の奥へと避難させたソウジロウは、何があっても四人を守り抜く事を息子達に言い付け、賊を討つべく血の匂いが漂う屋敷の中を走った。

 ソウジロウも影の一族の当主だ。何れ訪れる世代交代に備えて経験を積ませる為、本来ならば賊討伐は息子達に任せるべきなのに当主自らが向かったのは何故か。
 息子達の誰であろうと、賊には敵わない理由があったからだ。
 ひとつは、身隠しと護りの結界に覆われている敷地内に入り込み、たった一人で屋敷を襲撃した者は相当な腕前を持っていたから。
 もうひとつは、その者はただの狼藉者ではなかったからだ。
 対峙したソウジロウは、刀を抜いて漆黒の眼を向けた。

「……どういう事か、説明してくださいませ。イズモ様」

「従者のお前が、俺に指図するのか? ソウジロウ」

 夜空色の髪に、燐灰石の双眸。そして、スイ達三兄妹の父親であるイズミと瓜二つの顔。
 イズミの双子の兄であるイズモが、賊の正体だった。

「……私めが今すべき事は、サク様と御子様方をお守りする事です。いくらイズモ様と言えど、ここから先へはお通し出来ませぬ」

「悲しいな。幼き頃から面倒を見てくれたお前に刀を向ける事になるのは」

「……私めも心が痛うございます。貴方様にこうして刀を向ける事も、貴方様がイズミ様の大事な御家族を襲っている事実にも」

「……俺はお前とは戦いたくないのだが、退いてはくれぬか?」

「私めも、同じ問いをしとうございます」

「そうか、本当に残念だ。ソウジロウ」

 二振の刀が交差した。響いた甲高い金属音が消える前に、二人の周囲の壁が、柱が、畳が傷付き、木片が舞った。
 ソウジロウは影の一族に伝わる剣技や体術の他に、龍の一族に代々伝わる剣術も多少使える。初老を過ぎたとは言え、その強さは息子達の追随を許さずにいた。

 だが、相手が悪かった。始祖の色こそ持たずに生まれたが、剣術、魔法、精霊術と何れの腕前も歴代最強と云われるイズミ。その双子の兄であるイズモも、イズミに引けを取らない実力を持っていた。

 それに、ソウジロウにとってはイズモも主の一人だ。
 先代の時から仕えているソウジロウは、イズモが生まれた時から知っている。任務では一切の情け容赦無く人も魔物も斬り捨てるソウジロウだが、イズモ相手には躊躇いが生まれてしまった。

 その一瞬の隙を突かれて、ソウジロウは敗北してしまう。
 畳に伏せたソウジロウを一瞥して、イズモはスイ達が隠れている屋敷の奥へと向かって行った。
 左手と両足の腱を切られたソウジロウは、生存者を探しながら唯一動かせる右手で屋敷内を這い進んだ。

「誰か、誰かおらぬか! 奥様と御子様が危ういのだ! 誰か!」

 屋敷中から漂う血の匂いが語る通り、まともに動ける者はいなかった。後から判った事だが、幸いなのは重傷者はいても死亡者がいなかった事だろう。

 いつぶりかも判らない焦燥感に駆られながら、ソウジロウは這って屋敷の中の自室に行き、回復薬を幾つも使って最低限傷を塞ぐと直ぐにスイ達の元へ向かった。
 自身の失態を強く責めながら走ったソウジロウは、屋敷の奥の部屋の襖を開け放つ。
 直後、聞こえたのは初めて聞くサクの怒声だった。

「出て行きなさい! スイは絶対に渡しません!」

 そう言うとサクはスイを庇う様に抱き締め、刀を向けるイズモを睨みつけた。その時のサクの表情は間違いなく、龍の一族現当主の伴侶であり、御子の母であった。
 一切の怯みも無く、何かあればすぐにその身を差し出してでもスイを守る覚悟を見せていた。

「ならば、その子ごと死ぬがよい」

「…………!!」

 そう言って刀を持つ手に力を入れたイズモの眼は、燐灰石では無く紅色となっていた。
 刀が振られる直前にソウジロウが懐から取り出して投げ放った苦無が、イズモの脚と右腕に刺さった。

「っ!?」

 踏み込みは浅くなり、刀の軌道が変わる。刃はサクの腕を斬りつけ、舞った血がスイのふっくらした頬と小さな身体を包むおくるみにべったりとついた。

「ちっ、やはりソウジロウも殺らねば駄目か……っ!?」

 殺意の矛先をスイからソウジロウに向けたイズモは、すぐにスイへと視線を戻す。
 サクの腕の中で茫然としているスイの霊力が、急激に膨れ上がったからだ。

「なっ――」

 突如、室内を無数の鎌鼬が襲った。
 そう表現するに相応しい、暴力的な一瞬だった。
 瞬間的な暴風に、その場にいた全員が身動きが取れなくなり、動けずにいたイズモの全身から血が噴き出したのだ。
 無数の切り傷から血を流して崩れ落ちたイズモは、鎌鼬達に群がられたかの様だった。

 ほんの一瞬での出来事に、何が起きたかを把握出来た者はいなかったが一早くソウジロウが我に返り、サクの腕に回復薬をかけて脱出を図る。
 未だ茫然自失のスイを抱き抱えたサクを連れて、ソウジロウは屋敷の外に出るべく走った。

「奥様! シズク様とミズキ様は……」

「ケイゴ達に託して、それぞれ別の所へ隠しました。イズミ様の血を途切れさせる訳にはいきませんから」

 本家の血筋を持つ者が複数いる場合、誰か一人でも生き延びれば血は繋げられる。サクは当主の伴侶として、賊の狙いは一族根絶の可能性がある事を考えてそれを防ぐ手立てを打っていた。

「ですが、義兄上あにうえ様の狙いはスイだけの様でした。スイだけを殺そうと……あの人にこの子を渡す訳にはいきません。シズクやミズキと同じく、私とイズミ様の大事な子であるスイを……! ソウジロウさん、龍の湖へ参りましょう!」

 屋敷を出たソウジロウとサクは、森の中を更に走り抜けると沢山の龍が集まる大きな湖へと着いた。
 慌ただしい気配に事態を察した龍達が、サクの腕に抱かれているスイを心配そうに覗き込んでは話し掛けるがスイは反応を見せない。

「セイ! セイはいますか!?」

「クオーン!」

 すぐに前に出てきた深い青色の鱗を持つ龍に、サクはスイをお包みごと差し出す。頬についた血に気付き、着物の袖で優しく拭った。

「セイ、この家はスイにとって安全な場所ではなくなりました。あの人の手によって、もしかすればこの島そのものが何れそうなるかもしれません。このままでは、スイは殺されてしまうでしょう。だから、あなたにはこの子を連れてこの島から離れて欲しいのです」

「クオーン……」

「……今の私には、これしかスイの命を守る方法が見つかりません。こうしてもスイが生き延びるのは、難しいかもしれません……。ですが、無惨に殺されてしまったり、尊厳を踏み躙られた生き方を強いられる位ならばこの方が……」

 サクのこの判断が正しいのか、ソウジロウにもサク自身にもこの時は判らなかった。ただただ、今イズモにスイが奪われる事だけは避けなければならないと、その一心で導き出した答えだった。

「お願いします、セイ。この子の幸せの妨げになるのならば、あなたの力で私達の事を忘れさせても良い。願わくばスイを、人として幸せに生きられる場所へこの子を……お願い、します……!」

「……クオーーン!」

 サクの願いを聞き入れたセイは声高く鳴くとスイを咥えて空高く飛び上がった。そしてすぐに、サクとソウジロウの視界から見えなくなった。
 それを見届けたサクは、膝から崩れ落ちる様にその場に座り込んだ。

「奥様……!?」

「……ごめんなさい、スイ……! あなたをこの手から放す事でしか、あの人から守る方法を思いつかなかった母を恨んでくれても、忘れても構いません。生きて……叶うならば、幸せに……どうか、しあ、わせに……いきられます、ように…………っ!!」

 春の陽だまりの様に穏やかなサクだが、その立場を重々理解しており、故郷やそこに住む人々、そして家族に危害を加えようとする者には屈せずに気丈に振舞い、抗う強さを持っている。
 そのサクが涙を流したのを、泣き崩れた姿を、ソウジロウはこの時初めて目の当たりにした。
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