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高校三年 許嫁と私
リムジンの中で
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地獄のような時間が始まった。
山王丸と葛本に差し出された手を拒めなかった海歌は、従兄が用意した黒塗りの車に乗り込み帰路につく。
行く先は山王丸の屋敷だろう。
海歌は話し合うのであれば人目のある場所が良かったのだが、放課後を謳歌するクラスメイトに見つかると面倒だ。
海歌は文句を口にする気にもなれず、リムジンの中で山王丸兄弟に挟まれ、肩身の狭い思いをしていた。
「そんなに緊張しなくたっていいんだよ」
本家筋の娘として生まれた以上、リムジンに乗るの初めての経験ではない。
緊張する必要などないのだが、ぼんやりと座っている間に心穏やかではいられなくなるような会話が繰り広げられては堪らないと恐れているのだ。
「さて、若草さん」
山王丸は安心させるため海歌へ積極的に話しかけてくるが、従兄のことなどどうでもいい彼女は隣に座る葛本を心配する。
彼は不機嫌そうな顔のまま、じっと黙り込んでいた。
(私は山王丸の声よりも、葛本の声が聞きたいのに……)
葛本に対して物欲しそうな視線で見つめていたからだろうか。
海歌の気を少しでも引こうと、山王丸は彼女へ圧をかける。
「このまま山王丸の屋敷に連れ去って、閉じ込めてもいいんだよ」
「おい、ミツ。堂々と監禁宣言してんじゃねぇよ。こいつは俺のもんだ」
「俺達のものだよね? 葛本は散々、若草さんを独占していたじゃないか。俺も二人きりになる時間が欲しいな」
「……こいつが二人きりになりたいって望むなら、許可してやってもいいけど」
「嫌です」
「酷いなぁ」
声を出すつもりなどなかった海歌は山王丸に対して、二人きりになるのは嫌だときっぱりと拒絶した。
(山王丸を拒絶したせいで、葛本が不利益を被ることになったらどうしよう……)
海歌は条件反射で山王丸を拒絶してしまったことを若干後悔しながら、死にたくなる。
自分はどうなっても構わないが、葛本の待遇が悪くなることなど耐えられなかったからだ。
「俺と二人きりになる約束をしてくれたら、若草さんを責めるつもりはなかったのに」
彼女の顔色が青ざめたことに気づいたのだろう。
目の笑っていない山王丸へ、葛本は疑いの眼差しを向けながら問いかける。
「何を言うつもりなんだよ」
「聞いたよ。美容院の男性店員を誑かしたって。余計なトラブルは、起こさないでほしいな」
海歌の不安は、的中した。
山王丸は教室で、葛本が海歌に釘を差してきた際の話と似たような話題を口にすると、彼女の行動を制限する。
(ちゃんと、自分の気持ちを伝えなきゃ。私は、変わるんだ)
青ざめたまま従兄の笑顔と向き合っい気持ちを切り替えると、海歌は山王丸へ戦いを挑んだ。
「…………私が、悪いのですか」
「椎名が悪いの?」
「俺は悪くねぇし」
「椎名は若草さんに、酷いことしたって自覚を持ったほうがいいよ」
「それは……こいつが望むから…………」
のらりくらりと海歌の攻撃から逃れた山王丸は、葛本のせいだと非難する。
これに彼女は慌てた。彼がバツが悪そうに視線を反らしたからだ。
(違う。私は葛本を傷つけたいわけじゃないのに……)
海歌は山王丸へ不信感を募らせ、不安そうに葛本へ見つめた。
(口にせずとも、私の思いが伝わればどれほどよかっただろう……)
窓の外を見つめる葛本の横顔に、彼女は物言いたげな視線を送る。
そんな二人の様子を見て蚊帳の外に放り出された山王丸は、微笑みを深めながら言葉を紡ぐ。
「でも、よかったよ。椎名のおかげで、周りの男が若草さんの魅力に気づくことがなくなったんだから」
「……まぁな」
山王丸兄弟の会話を耳にした海歌は、その言葉が信じられなかった。
(誰かが私を好きになることを……防ぐために……? )
海歌は本家筋の娘として生まれたくらいしか取り柄のない、どこにでもいる普通の女子高生だ。
彼女を好きになる男子生徒など存在しないはずなのだが……。
「椎名は本当に若草さんが好きだよね」
「……別に……。そんなんじゃねぇよ」
葛本の言葉を素直に受け取った海歌は、死にたくなった。
やはり、従兄の話を真に受けるべきではなかったのだ。
(やっぱり、そうだよね……)
――葛本の口から海歌が好きなんて、紡がれるわけがない。
不機嫌そうに顔を顰める彼の態度に内心ショックを受けながら、彼女は暗い顔で俯いた。
「髪を切った若草さんも、かわいいね。美容院の男性店員からもらったリボン、つけなかったんだ」
「普段遣いをするには、派手すぎるので」
「ふぅん。普段遣いするつもりなんだ。若草さんが可愛くて、美しいと思っているのは、俺達だけだけなのに。ほかの男から受け取ったリボンを、身につけるんだ……」
山王丸は海歌の何気ない言葉へ、含みのある言葉を返した。窓の外へ視線を反らしていた葛本も、不穏な異母兄の様子を感じ取ったのだろう。
窓の外から海歌へ視線を移した彼は、何か言いたげに彼女を見つめる。
顔を上げて葛本と目を合わせた海歌は、自分がこれからどんな言葉を口にするべきか分からなくなってしまった。
山王丸と葛本に差し出された手を拒めなかった海歌は、従兄が用意した黒塗りの車に乗り込み帰路につく。
行く先は山王丸の屋敷だろう。
海歌は話し合うのであれば人目のある場所が良かったのだが、放課後を謳歌するクラスメイトに見つかると面倒だ。
海歌は文句を口にする気にもなれず、リムジンの中で山王丸兄弟に挟まれ、肩身の狭い思いをしていた。
「そんなに緊張しなくたっていいんだよ」
本家筋の娘として生まれた以上、リムジンに乗るの初めての経験ではない。
緊張する必要などないのだが、ぼんやりと座っている間に心穏やかではいられなくなるような会話が繰り広げられては堪らないと恐れているのだ。
「さて、若草さん」
山王丸は安心させるため海歌へ積極的に話しかけてくるが、従兄のことなどどうでもいい彼女は隣に座る葛本を心配する。
彼は不機嫌そうな顔のまま、じっと黙り込んでいた。
(私は山王丸の声よりも、葛本の声が聞きたいのに……)
葛本に対して物欲しそうな視線で見つめていたからだろうか。
海歌の気を少しでも引こうと、山王丸は彼女へ圧をかける。
「このまま山王丸の屋敷に連れ去って、閉じ込めてもいいんだよ」
「おい、ミツ。堂々と監禁宣言してんじゃねぇよ。こいつは俺のもんだ」
「俺達のものだよね? 葛本は散々、若草さんを独占していたじゃないか。俺も二人きりになる時間が欲しいな」
「……こいつが二人きりになりたいって望むなら、許可してやってもいいけど」
「嫌です」
「酷いなぁ」
声を出すつもりなどなかった海歌は山王丸に対して、二人きりになるのは嫌だときっぱりと拒絶した。
(山王丸を拒絶したせいで、葛本が不利益を被ることになったらどうしよう……)
海歌は条件反射で山王丸を拒絶してしまったことを若干後悔しながら、死にたくなる。
自分はどうなっても構わないが、葛本の待遇が悪くなることなど耐えられなかったからだ。
「俺と二人きりになる約束をしてくれたら、若草さんを責めるつもりはなかったのに」
彼女の顔色が青ざめたことに気づいたのだろう。
目の笑っていない山王丸へ、葛本は疑いの眼差しを向けながら問いかける。
「何を言うつもりなんだよ」
「聞いたよ。美容院の男性店員を誑かしたって。余計なトラブルは、起こさないでほしいな」
海歌の不安は、的中した。
山王丸は教室で、葛本が海歌に釘を差してきた際の話と似たような話題を口にすると、彼女の行動を制限する。
(ちゃんと、自分の気持ちを伝えなきゃ。私は、変わるんだ)
青ざめたまま従兄の笑顔と向き合っい気持ちを切り替えると、海歌は山王丸へ戦いを挑んだ。
「…………私が、悪いのですか」
「椎名が悪いの?」
「俺は悪くねぇし」
「椎名は若草さんに、酷いことしたって自覚を持ったほうがいいよ」
「それは……こいつが望むから…………」
のらりくらりと海歌の攻撃から逃れた山王丸は、葛本のせいだと非難する。
これに彼女は慌てた。彼がバツが悪そうに視線を反らしたからだ。
(違う。私は葛本を傷つけたいわけじゃないのに……)
海歌は山王丸へ不信感を募らせ、不安そうに葛本へ見つめた。
(口にせずとも、私の思いが伝わればどれほどよかっただろう……)
窓の外を見つめる葛本の横顔に、彼女は物言いたげな視線を送る。
そんな二人の様子を見て蚊帳の外に放り出された山王丸は、微笑みを深めながら言葉を紡ぐ。
「でも、よかったよ。椎名のおかげで、周りの男が若草さんの魅力に気づくことがなくなったんだから」
「……まぁな」
山王丸兄弟の会話を耳にした海歌は、その言葉が信じられなかった。
(誰かが私を好きになることを……防ぐために……? )
海歌は本家筋の娘として生まれたくらいしか取り柄のない、どこにでもいる普通の女子高生だ。
彼女を好きになる男子生徒など存在しないはずなのだが……。
「椎名は本当に若草さんが好きだよね」
「……別に……。そんなんじゃねぇよ」
葛本の言葉を素直に受け取った海歌は、死にたくなった。
やはり、従兄の話を真に受けるべきではなかったのだ。
(やっぱり、そうだよね……)
――葛本の口から海歌が好きなんて、紡がれるわけがない。
不機嫌そうに顔を顰める彼の態度に内心ショックを受けながら、彼女は暗い顔で俯いた。
「髪を切った若草さんも、かわいいね。美容院の男性店員からもらったリボン、つけなかったんだ」
「普段遣いをするには、派手すぎるので」
「ふぅん。普段遣いするつもりなんだ。若草さんが可愛くて、美しいと思っているのは、俺達だけだけなのに。ほかの男から受け取ったリボンを、身につけるんだ……」
山王丸は海歌の何気ない言葉へ、含みのある言葉を返した。窓の外へ視線を反らしていた葛本も、不穏な異母兄の様子を感じ取ったのだろう。
窓の外から海歌へ視線を移した彼は、何か言いたげに彼女を見つめる。
顔を上げて葛本と目を合わせた海歌は、自分がこれからどんな言葉を口にするべきか分からなくなってしまった。
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