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高校三年 許嫁と私
食べ放題にて
しおりを挟む「椎名も若草さんに、何かプレゼントしたら?」
「二番煎じなんざ、絶対イヤだね」
「椎名は素直じゃないな。じゃあ、若草さんに選んでもらおう。食事か、買い物。どっちがいい?」
海歌が選ぶのは、選択肢にない三番。絶対拒否だ。
(このまま何事もなかったように、自宅へ送り届けて欲しいのに……)
自身の願いを叶えるべく、優しい笑みを浮かべる山王丸に無言で抵抗を試みる。
「腹減った……」
長い間沈黙を保ち続けていた二人は葛本の呟き声を確認し、ほぼ同時に彼を見つめた。
「椎名。まだ十六時だよ。もうお腹が空いたのかい?」
「今日、何も食ってねえ。こいつがチョロチョロ、逃げ回るから。追いかけ回してたら、時間がなくなったんだよ。金もねえし、どっか行くなら食事一択。買い物なら、食料売ってるとこ寄れ」
「なら、買い物をしてから食事を――」
このまま無言を貫いていたら、長々と三人でいる羽目になる。
何よりも。
他でもない葛本が、食事をしたいと口にしたのだ。
例え学校外だったとしても。
海歌は葛本の望みを叶えてやりたかった。
「食事にします」
「本当? 嬉しいなぁ。それじゃあ、行こうか」
彼女が食事を選択すれば、山王丸も喜ぶ。
海歌は極力従兄の表情を視界に入れないようにすると、これから向かう店を異母兄へ活き活きと指示し始める葛本の声を耳にした。
「どうせなら、食べ放題行こうぜ。六十分3980円。俺じゃ高すぎて手がでねえけど、ミツの奢りならどうってことねえだろ」
「食べ放題かあ。気になっていたけど、なかなか機会がなくてね。若草さんは、行ったことある?」
「ありません」
「だよね。俺はいいよ。六十分で足りるかい?」
「余裕」
山王丸に向けてVサインをした葛本は、爽やかな笑顔を見せていた。
食べ物の力は偉大だ。
彼は案外、食い意地が張っているのかもしれない。
従兄が運転手へ行き先を告げれば、程なくして飲食店へ到着した。
海歌は初めて目にしたが、葛本によればこのお店は何度かテレビで特集が組まれており、有名な店であるらしい。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「三人」
「こちらのお席へどうぞ!」
愛想のいい店員から四人がけテーブルに案内される。
当然のように葛本へ先に座るように促された海歌は渋々壁側の席に彼と横並びになり、対面に山王丸が腰を下ろせば、葛本は初心者の二人に説明を始めた。
「いいか。食べ放題で元を取るには、コツがあるんだ。お前らは俺の指示に従えよ」
両腕を胸の前で組んだ葛本はそう宣言すると、タッチパネルを手に取り迷いのない動作で注文を行う。
海歌は彼の様子をじっと黙って見つめていることしかできない。
「ここの売りは馬刺しと鴨肉とジンギスカン。一通り頼んだけど、それ以外がいいなら好きにしろ。デザートと飲み物はあっちのカウンターからセルフで。他に聞くことは?」
初心者の二人に異論など、あるわけがない。葛本はタッチパネルで注文を終えると、あとは勝手にしろと言わんばかりにデザートと飲み物を取りに行ってしまった。
お腹が空いたとリムジンの中で呟いていたのは事実のようで、画面には、三十皿注文したことになっている。
(時間内に食べ切れる量なのかな……)
海歌は不安になりながら、端末を手に取り食べれるものがあるかを確認し始めた。
「楽しそうですね」
「若草さんが一緒だから」
「食べたいもの、注文しないと……」
「椎名が欲望のままに頼んでいただろう。本当に食べ切れるか心配なんだ。ラストオーダーまでは様子を見るよ」
タッチパネルを操作する姿を慈愛に満ちた表情で見守っていた山王丸の視線に耐えかね、海歌は仕方なく彼へ声をかける。
すると、従兄は気にする必要がないと彼女に告げてきた。
山王丸と交流を深める気などない海歌は、葛本が早く席へ戻ってくることを願いながら、当たり障りのない話題を提供する。
「……そう、ですか。三十皿って、凄い量ですよね」
「椎名は食べ溜めするタイプだから、注文した分は平らげるとは思うけど……」
「お待たせいたしました!」
肉を楕円状に盛りつけたものが6皿店員から提供される。
馬刺しとジンギスカンと羊肉が2皿ずつ、白いお皿を覆い隠すように所狭しと並べられている姿は圧巻の一言につきる。
「若草さん、遠慮せずに食べていいよ」
「油ものは……ちょっと……」
山王丸に食べていいと促されても、一時期拒食症を患っていた海歌に、油ものはつらいものがある。
自分で食べる気にはならなくとも、時間は限られている。
彼の為に焼いておくべきだろう。
そう思い立った海歌がトングを使って中央の網に肉を並べ始めた所で、両手にドリンクを持った葛本が現れた。
「おい、ちょっと待て」
「……はい」
「これ、馬刺しだろ。それは加熱せず生で食うの! 好みがあるからな。焼いてもいいけど……。もったいねえから、見境なく網に載せるな」
葛本は勝手に肉を焼くとは思っていなかったらしい。
もったいねぇとブツブツ恨み言を呟きながら、火の通った馬刺しを取り皿へ盛りつける。
海歌は彼が戻ってきてくれたことにほっとしながら、別の肉を焼く為にお伺いを立てた。
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