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高校三年 許嫁と私

デートの約束

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「山王丸さんは守られるべき立場の方ですから……。貸切の方が安心して、買い物を楽しめるのではないですか」
「狙われるようなたまかよ。こいつ、男だぜ」
「後継者としての序列は、二位ですから。充分、守るべき価値のあるお方かと……」

 海歌は貸し切りなどしたことがなかったが、性別がどうであれ高貴なる存在は特別な扱いを受けるものなのだ。
 不思議なことではないと彼女は葛本へ告げたが、彼は納得がいかないのだ。
 そんな葛本の表情を見かねて、山王丸が口を出す。

「恨まれやすい立場であることは、自覚してるよ。今でこそ椎名とは仲がいいけど、出会ってすぐの頃は相当揉めたし。手負いのライオンに噛みつかれた気分だった」
「そりゃそうだろ。生まれた立場が俺とミツじゃ、全然違う。無条件で信じるわけにはいかねえだろ。最初、話しかけられた時は罠かと思った」
「ははは、椎名を罠にしかけたりはしないよ」
「そりゃどーも」

 山王丸は乾いた笑いを浮かべたが、口にした言葉が本心とは限らない。
 相手が誰であろうとも。
 気を抜いたら丸呑みされてしまいそうな危うさが、従兄には存在するからだ。

 その会話を耳にしていた海歌はケーキを口に含みながら、身体を強張らせた。

「若草さん、聞いたかい? 涼風神社で人が足りなくて、巫女さんを募集しているらしいよ」
「初詣の日、ですよね。私も涼風様から、誘いを受けました」
「マジかよ。お前、巫女になんの?」

 葛本は意外そうな声を上げ、目を丸くする。
 海歌が率先してそうしたことをやるタイプだと認識していなかっただろう。

「いえ。お断りしています。参加する意味を見いだせなかったので……」
「だよな……」

 過去を変えませんかと提案されたことを、彼には話せなかった。
 葛本にどうして断ったのかと聞かれたら素直に答えるつもりだが、ここには山王丸がいる。

(この人には、私の弱みを見せたくない……)

 得体のしれない従兄を信頼していない海歌は、あえて言葉を濁したのだ。

「神官も募集していたよね。時給、かなり高いと聞いたよ。椎名も一緒にやればいいのに」
「あー、俺はパス」
「俺がやろうかな」
「許可が下りないだろ。ミツが神官なんてやったら、行列になるぞ」

 笑顔の山王丸と、嫌そうな顔をしながら口に肉を詰め込み咀嚼する葛本は、楽しそうに話している。
 葛本が人間として普通の会話をしている姿を学校外で見れなかった海歌は、これからこの光景が当たり前になるのだと思ったら自分のことみたいに嬉しくなった。

「若草さんは、一族の集まり以外で涼風神社にお参りしたことはないよね」
「はい……」
「それじゃ駄目だよ。一族の長になるなら、ちゃんとお参りしなくちゃ。椎名。バイトが休みの日、若草さんを涼風神社に連れて行ってあげたら?」
「別にいいけど。ミツみてえに、車で移動とは行かねーぞ」
「いいじゃないか。二人でバスに乗ってデート。うん。そうしなよ」
「勝手に決めんな」

 むっとしながらも、ラストオーダーの時間になったと声をかけてくるあたり、彼は案外気配りができるらしい。

(あの葛本が、気配りなんて……)

 海歌は二人きりで涼風神社へデートの行く流れになっていることを気にする様子もなく、葛本の様子を見て感心していた。

「若草さんはどう? 名案だと思わない?」

 話を聞いていなかった海歌は、山王丸から何を問われているのか理解なくてぼんやりと馬刺しを口に運ぶ。

 生食では独特のネチョネチョとした味わいが苦手で食べる気にならなかったが、焼いた状態でならば普通の肉のように食べられると考えていた彼女は、彼に視線を向ける。

「あんまよくわかってねぇなら、とりあえず頷いとけ」

 不思議そうにしている海歌が考えていることなど、葛本はお見通しなのだろう。

 ――海歌にとって、彼の言うことは絶対だ。

 葛本の望み通りにするべきだと判断した彼女は、小さく頷いた。

「よかったね、椎名。若草さんとデートだよ」
「うるせぇ。許嫁なんだから、何もおかしくねぇだろ」
「素直に喜べばいいのに」

 二人きりで出歩くことの、何がそんなに嬉しいのだろうか。
 海歌は疑問を抱きながら、馬刺しを二切れと、ショートケーキを一切れ、ゼリーを1杯を完食する。

「ごちそうさん」
「ごちそうさまでした……」
「お粗末様でした。さあ、帰ろうか」

 結局初回注文の三十皿をほとんど一人で感触した葛本は、三人分の支払いを済ませた山王丸へ声をかけた。
 渋々ご馳走になったお礼を告げれば、従兄は彼と彼女に両手を差し出してくる。

「どう考えても、真ん中は俺だろ」
「俺たちの許嫁なんだから、若草さんを真ん中にするべきだよね?」
「どうする」

 葛本から問いかけられた海歌の返答など、一つしかない。
 彼女は無言で、彼の右手を手に取り指を重ね合わせた。

「若草さんは、本当に葛本が好きなんだね」

 山王丸は悲しそうに眉を伏せると、渋々葛本の左手を掴む。
 そうして三人は飲食店からリムジンに乗り、帰路についた。
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