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高校三年 涼風神社

母と私

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 ――数日後。

 クラスメイト達が見ている前で葛本に押し倒され、山王丸兄弟と手を繋いでその場を後にした海歌の噂は、驚くべき速さで学校内へ拡散された。

 山王丸は元生徒会長。
 この学園でトップに君臨する男子生徒だ。

 そんな彼が満面の笑みを浮かべて豚と呼ばれる彼女を他の生徒と別け隔てなく接していると知れば、誰だって恐ろしいと感じるのだろう。

 山王丸の機嫌を損ねれば、残り少ない学園生活を謳歌できなくなるかもしれない。

 そう危惧した学生達は、海歌へちょっかいをかけてくることがなくなった。

 ヒソヒソと遠巻きに陰口を叩かれることは継続しているが、それだけだ。

 直接豚と呼ばれたり、表立って喧嘩を売られなくなっただけでも、海歌が望む平穏な学生生活に一歩近づいているような気がしている。

(山王丸が私達の間へ止めに入ったおかげで、表立って何かを言われることはなくなったけど……)

 葛本のおかげであれば、満面の笑みを浮かべてお礼を浮かべていたのだが……。相手が従兄であったことを、少しだけ残念に思っていた。

 だが……。
 山王丸のおかげで、苦しいと感じる時間が学校内で少なくなったのは事実だ。

(虐げられることがなくなって、嬉しいはずなのに……)

 海歌は喜ぶべきはずなのに、当たり前の日常が変化してしまったことに危機感を抱いていた。

 学内で心のない言葉を投げかけられるかわいそうな女子高生から強制的に卒業してしまった海歌は、自身の存在意義を見いだせなくなってしまったのだ。

(誰かに必要とされたい……)

 彼女の願いは、葛本によって叶えられている。

『私とともに、命を終えてくださいますか』
『決まってんだろ』

 その約束があるからこそどうにかこの世に存在し続けているが……。

『お前はいらない』

 葛本からそう言い放たれたら、すぐに命を断ってしまいそうなほどの危うさが海歌にはあった。

 山王丸兄弟と許嫁になった。
 表立って虐げられることがなくなったから、世界が劇的に変化するわけではないのだ。

 自室の勉強机の前に座っていた海歌は鍵つきの引き出しを開け、無造作に詰め込まれていた道具をじっと見つめる。

(使う時に用意するのでは、遅すぎる)

 ひと目につかない方法で買い揃えるのであれば、ネット通販が一番だ。どんなに早くても配送の関係で24時間はかかる。
 自ら命を絶つために事前に集めておいたそれらは、利用機会する機会がなく真新しい状態で収納されていた。

(これも、必要なくなる時が……来るかもしれない)

 思い立ったら、すぐ実行できるように。
 いつか使うことがあるかもしれないと思っていた海歌はさまざまな凶器をぼんやり眺める。
 その際、頭の中には凶器を使用して無事に命を終えた際のビジョンが浮かんでは消えていく。

(痛そう、怖い。血がたくさん出ている……)

 海歌は何度も頭の中で自分を始末する光景を目にするたびに、生きていることを実感するのだ。

(葛本が私を求めてくれる限りは――死なない……)

 精神的な自傷行為を終えた海歌は、決意を新たにすると、引き出しを閉まって施錠する。

(早く出ないと。約束の時間に遅れてしまう)

 海歌は髪を切った際に買ったばかりの真新しいワンピースに袖を通す。
 身支度を整え部屋から出た彼女は、母親に外出を告げるためにリビングへ顔を出した。

「お母様。涼風神社へ行ってまいります」
「涼風に、一体なんの用があるの」
「いずれ当主になるのであれば、参拝したことがないのは問題だと……山王丸に言われ……」
「……そう。正月、巫女として初詣の手伝いを行うのであれば、顔を出しておいたほうがいいでしょう」

 その件について、海歌は断っているはずなのだが……。母の中で、彼女が正月に巫女として手伝うことは決定事項であるらしい。
 普段は黙って話を聞いているだけの海歌は、黙っていられずに反論しようとした。

「いえ。私は……」
「あなたが若草の家に生まれた女である限り、涼風とは交流を深めなければならない。断ると言う選択肢はあなたにはないわ」

 しかし……。
 母親から我儘を言っていないで正月は涼風神社で巫女として働くようにと命じられた海歌に、拒否権はない。

「……はい」

 彼女は唇を噛み締めか細い声で了承すると、母に向けて頭を下げた。

 学校内での立場が改善しても、家庭内の問題が解決したわけではない。
 海歌はこれからも家庭内で母親に疎まれ、理不尽な命令をされても黙って飲み込みながら生きていくのだろう。

「行ってまいります」

 家庭にいるよりも、学校にいる時間の方が長い。
 母親に苦言を呈されるのは、自ら命を絶とうと考えることではないはずだ。

 海歌はそう自身を納得させると、自宅を飛び出した。
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