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1章 強制入学編

4-7 後悔してももう遅いからな

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 すぐには――
 すぐには、誰も反応できなかった。何故ならそれは、あまりにも愚かな発言だったからだ。
 普通であれば――そして真実真っ当なノーブルであれば、絶対にしないであろう選択。ノーブル同士であるならまだしも、この場合には重みが異なる。
 頭にうじでも湧いているのかと、アルマもムジカもダンデスを見た。ダンデスの背後、お付きの二人ですら顔面を蒼白にするほどだ。
 だがそれを何かと勘違いしたダンデスは……得意満面の笑みで続ける。

「そうだ、決闘だ。生意気な平民どもを叩き潰して、ボクの正当性を証明できる、いい方法じゃないか……誰が正しくて、誰が間違っているのか、正しく愚民たちに示してやる……」
「……本気で言っているのかね? 見てわかる通り、我々は錬金科だ。ノーブル――つまり戦闘員ではない。非戦闘員を無理矢理戦場に引きずり出す行為は、通常卑劣なものとして――」
「――うるさいんだよ、さっきから!!」

 アルマの確認も、だがダンデスには届かない。
 思い通りにいかない癇癪を叩きつけるように、彼は叫ぶ。

「お前たちに許されるのは、ボクに許しを請うことだけだ! ひざまずいてボクに慈悲を乞え! ボクがこの決闘で勝ったら、お前たちは一生ボクの奴隷だ!!」
「……呆れてものも言えないよ」

 アルマがうんざりとため息をつく。
 一応、決闘はノーブルの権利だ。自らの大切なものを守るために。不義に信念で抗うための権利として、彼らに与えられている。だからこそ、大抵の決闘はノーブル同士でしか行われない――非戦闘員、いわゆる平民にその権利を行使することは、最低最悪の恥知らずとして蔑まれ忌避される。
 何故なら、彼らは戦えないからだ。弱者への決闘の強要は、もはや権利を悪用した略奪でしかない。それは“貴き者”の選択ではない。
 建前では、そうなっている。だが、現実には……

(所詮は、どこもこんなものか)

 ひどく冷めた心地で見つめる先、アルマもまたつまらなそうに嘆息する。

「まあ、仕方ない……確かに、権利は権利だ。勝手にしたまえよ。決闘管理委員会には、自分から宣言を出して起きたまえ。これ以上、雑事に煩わされたくないのでね」
「減らず口を言えるのも今のうちだ。泣いて謝るなら――」
「話が終わったなら、とっとと帰れ。これ以上さえずるな」

 ぴしゃりと告げられ、思わずダンデスは鼻白むが。
 フンと鼻息を大きく鳴らすと、そのままダンデスは去っていった。

「お前たちは、ボクの善意を踏みにじったんだ……後悔してももう遅いからな」

 ただし、律義に捨て台詞を吐いていくことも忘れなかった。
 肩を怒らせて去るその背中を、慌てて子分たちは追いかける。彼らはこちらに気まずそうな視線を投げてきたが、結局何も言わずに去っていった。まあ、腰ぎんちゃくとはそういうものだろう。彼らに対しては特に思うこともないが――

「あああああああーもおおおおおおおー……」

 深呼吸にも似た、深い溜め。そして。

「めんどくっさいなあもぉー……なんだねあのメガトンバカは!?」

 盛大にうっ憤を叫ぶと、力なくデスクに突っ伏した。

「今時あんなのいるのかね? 空歴二ケタの頃じゃあるまいし、ノーブルなんかもう大して偉くない時代だろうに。親も甘やかしすぎだろう。どこのボンボンだねあれは……」
「よくいる甘ったれのノーブルだろ」
「あんなのがよくいたら、たまったものではないよ……」

 力尽きたように呟いた後、アルマは首だけ回してソファにふんぞり返るムジカに訊いてくる。

「……あのメガトンバカ、本当に決闘の申請するつもりかね?」
「するんじゃないか? あいつの状況的にはもうどこの研究班とも手を組めないから、ヘタすりゃ退学一直線だろうし。それなら決闘でもして、無理やり自分に協力させるって手は理解できなくもない」
「真っ当な感性をしてたら、そんなことしても赤っ恥確定なんだがねえ……こんなの認めたら、下手したら浮島間での大事にもなりうるし」

 それがわからない程度には、あのダンデスの生まれ故郷、スバルトアルヴの文化は浮世離れしているのかもしれない。
 決闘はノーブルに与えられる強力な権利だ。浮島間で文化が違えど、この権利だけは基本的に共通のものとして存在する。その原則は至ってシンプルだ。“敗者は勝者に従え”。それだけ。
 ただしこの強力な権利は乱用を避けるために、申請の際には決闘に至るまでの経緯や目的、賭けの対象が公示される。そうすることで、決闘の正当性を浮島全体に周知するのだ。経緯や目的が薄汚いものであれば、当然誹りは免れない。
 著しくひどいものであれば、話が流れることもあるが……

(名誉や侮辱に焦点絞られると、簡単に通っちまうんだよなあ、あれ……)

 貴族はメンツの生き物でもある。そのメンツが汚されたというのであれば……というわけだ。この理由であれば、たとえ非戦闘員が相手であってもわりかし通る――非戦闘員を戦場に引きずり出した、卑怯者という評価は免れないが。
 仕方ない、と割り切ると、ムジカは視線を格納庫のほうへと投げた。ガラスの向こうにある、ラウル傭兵団の<ナイト>を見やりながら言う。

「まあいいさ。やらなきゃいけないならやるだけだ……それより、あのオンボロ<ナイト>整備しねえとな。俺たちが使える戦力、アレだけだろ?」

 ボロいが、使い慣れた機体だ。ガン・ロッドは先日壊したためにないが、それだけ用意しておけばいいのだから、ある意味楽な仕事ではある――
 と、思っていたのだが。
 アルマはきょとんと、不思議なことを言ってきた。

「? 何言ってるんだね? アレはラウル講師のノブリスだろ?」
「……あん? ラウル傭兵団のノブリスだぜ、アレ? つまり、俺のノブリスでもあるんだけど」
「……?」
「……は?」

 いきなり意味の分からないことを言われて、ばっとアルマのほうを見やる。
 何を言ってるんだという顔をしてるのは、アルマも同じようだったが。

「いやちょっと待て。申請ってなんだ?」
「パーソナルロックだよ。昔、アホなノーブルがよそ様のノブリス盗んだとかで、大事になったらしくてね。そこからノブリスはノーブルとの紐づけが必要になったんだよ。だから、セイリオスの根幹システムに個体登録されてるノブリスに、登録されてないノーブルが乗ると大騒ぎになるよ」
「……具体的には?」
「キミがあの<ナイト>に乗ると、いろんなところから怒られる。具体的には盗難扱いで、完全武装の周辺空域警護隊に追い回されるかな。ヘタすると撃墜も許可される」
「な。ちょ……はあ? んじゃアレか? <ナイト>がダメだから<ダンゼル>使えってか!?」

 さすがにそれはないだろうと、慌ててムジカは声を荒らげた。
 格納庫のほうに視線を戻せば、<ナイト>の隣に懸架された<ダンゼル>が見える。ほとんどフレームしかない<ダンゼル>は、見ようによってはズタボロの<ナイト>より悲惨な状態だが。

「いやあ、そっちもそっちでダメだろう。フライトグリーヴだけはこの前テストしたのがあるが、バイタルガードは装甲板もついてないし、ガントレットは未設計。ブーストスタビライザーのレイアウトもまだ決まってないし……ああ、あとアレだ。ガン・ロッドもない。今のあれは、のんびり空を飛ぶことしかできないよ」
「マジかよ、致命的じゃねえか……」

 明らかな窮地に狼狽える。<ナイト>も<ダンゼル>もダメとなれば、残っているのは……

「……じゃあどうすんだ? まさか、<サーヴァント>で戦えとでも?」
「それこそまさかだろう。そんな無茶などせずとも、決闘管理委員会に申請すればいい。一応は、非戦闘員が被決闘者になる状況も考慮しているはずだ。<ナイト>くらい借りれるさ」

 つまりは、どうとでもなるらしい。だからアルマもそこまで気負ってはいないのだろうが。
 だがムジカが気にしたのはそこではなかった。
 
「決闘管理委員会ってなんだ? 決闘審議機関とかとは別もんか?」

 決闘は重い権利であり、また全体に公示される特性上、決闘そのものを取り扱う機関が行政上に存在する。大抵の浮島では、それを担当する機関のことを“決闘審議機関”と呼ぶのだが。

「一緒だよ一緒。ただ、セイリオスだと運営してるのは学生たちで、メンバーの半分以上……七割くらいは平民だがね」
「平民の比率高いな。なんでだ?」
「そりゃキミ、決闘するのはノーブルくらいしかいないからだよ。中立性を保つためにってことで、決闘やノーブルとは全く縁遠い人間が決闘を管理してるのさ。ノーブル間のしがらみとかも、これなら関係ないしね。表面上は」
「……ふうん」
「まあ今回は平民対ノーブルという構図だから、案外こっちに肩入れしてくれるかもしれない。普通はあり得ちゃいけないことだし、審査の段階で異議申し立てが通るかもしれないね」

 のんきにアルマはそう言って、欠伸を一つするとデスクに向き直る。もはや悩みは解決したとでも言うような雰囲気だ。

「ま、できることなんてないんだし、気にしないでおこう。案外、気を揉まなくていい結果になるかもしれないしね」

 ――だがそんな都合のいい展開など欠片もなく。
 決闘は受理され、急遽二日後の開催となった。
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