氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

寸閑.02

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 子どもは純粋で可愛らしい。今はまだこの国の闇も地獄も何も知らない無垢な彼らも、いずれはままならない現実に悩まされ打ちのめされる日が来るのだ。その時までどうか純粋に育って欲しいと思う。
 魔法付与を終え、これで終わりだと手を振る俺に拍手が上がる。満足したように去っていく彼らを一瞥し、2つのトゥリングに目を戻す。そう言えば、贈り物用に包装なども工夫した方がいいのだろうか。正直めんどくさいので、そこらの店で包んでもらえばいいだろう。

 きゃいきゃいと賑やかに広場を駆け回る子ども達をぼんやり眺める。ーー明日から、ついに勤務再開だ。一月後にはいよいよ学園祭も控えている。漸く王都を離れられると思うと心が軽くなるが、テンマやミツリに降りかかることを考えると胸が痛む。「世界の繁栄」なんて、とても異界の若者に背負わせていいものじゃないだろう。なぜ神殿の馬鹿共はオークでもわかる事を理解できないんだ。


「お兄ちゃーん!」


 とたとたと駆け寄ってくる先程の子どもたち。親も俺がスールだとわかっているだろうに(自慢ではないが十傑ともなれば世界中で顔が通る)信頼しきっているのか止めもしない。もしこれが俺じゃなかったら……例えばなら喰われるか殺される所だぞ。今後は是非とも危機感を育ててやってくれ。
 そんなことを考えながらぼんやりと座る俺の前に立った子どもたち。しかし中々言葉を切り出そうとせずに目配せしあっている。照れ臭そうなその様子から、少なくとも悪い感情で近づいてきた訳では無いのだろうが……自分達にも作って欲しい、ということだろうか。漸く目配せでの作戦会議が終わったのか、1人の少女が俺の目の前に立つ。顔を真っ赤にした少女が口を開いた。


「あ、あのね、あのね、その」
「……ゆっくりでいいよ」


 あわあわと言葉も出ない様子の少女に言葉をかけると、何故か周囲から悲鳴が上がった。本当に何故だ。


「あの、お兄ちゃんさっきすっごく素敵な魔法をね、見せてくれたからね、皆でね、お礼したいねって言ってたの」


 随分と可愛らしいことを言う。しかし魔法を褒められるというのは俺にとっては最上級の誉である。つまり悪い気はしなかった。努めて優しく微笑み、頷いて先を促してやる。すると、少女は先程まで後ろ手に隠していたを俺に突き出すようにして見せてきた。


「ーーこれ、」
「お、お母さんがね、お兄ちゃんには大したものじゃないかもって言ってたんだけどね、皆で作ったの……。さっきのお兄ちゃんね、まるで教会の絵の天使様みたいだったから、きっと似合うと思ったの」


 差し出されたものは、花冠だった。赤や桃色、橙色の花々に彩られたそれはとても上手に編まれていて美しい。しかも、今や珍しい高価な古代花も混じっている。下手をすれば違法だぞこの花冠。古代花の無許可での採取は法律違反になる。ちらりと離れてみている大人を見やれば、少女とよく似た女性が近づいてきた。


「水を差したいんじゃないんだけど、これとこれ、古代花じゃないの?」
「えぇ、そうですとも。こちらがカランコエで、そっちがダリア。とっても似合うと思ったのでおすすめしました」
「大丈夫なの?」
「はい。先程まであちらの方にいらっしゃった騎士様が許可してくださいましたから」


 あちら、と手を向けた方向には誰もいない。……しかし古代化の採取を許可できるだけの権限を持つ騎士なんて限られている。大方の誰かだろう。断じて保護者ではない。
 まぁ、そういう事なら大丈夫なのだろう。赤色のものを身に付けることが許されるのは王家だけだが、この国で赤系統以外の花を探すのも難しい。万が一見咎められたらルナのせいにすればいいし。
 立ち上がった俺を不安そうにチラチラと見つめる少女の前に跪き、頭を差し出す。不思議そうにする少女。


なんでしょ?ならつけてもらわないと」
「え、え、」
「ほら、小さなお姫様、俺に冠を授けて下さいな」


 ローズの様に顔を真っ赤にしてしまっている少女を見上げると、彼女は漸くゆっくりと俺の頭に花冠をのせてくれた。立ち上がって少女の頭を撫で、そっと花冠に触れる。少し強かった風は穏やかになり、雲が晴れていく。そして、背後の噴水が、まるで小さなお姫様からの贈り物を祝う様に高く水飛沫を上げた。精霊たちが喜んでくれているのだ。


「ーーふふ、一緒に作ってくれた子もありがとう。大切にする」
「う、うん!えへへ……」


 わぁ、と抱き着いてくる子どもたちを拒絶することなく受け止めると何処かほわほわと温かい気持ちになった。懐かしいような感情に、少しだけ胸が苦しくなる。
 もうすぐ、ベルン村崩壊から丁度9年になる。そろそろ1度村に行ってみようかーー……いや、きっとまだ無理だ。









 花冠を頭に乗っけたまま歩く俺は先程よりも注目されている。しかも何故か背後には数人の子どもたちを引き連れて。どうやらすっかりと懐かれてしまったらしく、親について歩く雛鳥かの如くついてくるのだ。……保護者もいるし撒くか。人混みに紛れ、人避けの外套を被る。俺を見失った子どもたちは、寂しそうに親に連れられて広場に戻っていった。
 迷子が一人もいないのを確認して路地裏に足を踏み入れる。そこは賑やかな大通りが嘘のように陰鬱な空気が当たりを支配していた。まさに、 だ。栄光の裏には犠牲がある。地面に座り込んでいる痩せ細った母子、浮浪者、それに怪しい売人らしき男。ここは、この赤の王国の繁栄の裏で歴史に捨てられた人達の掃き溜めだ。目をやることも無く通り過ぎていき、奥を目指す。



 目の前に、人が立った。


「あら、あら、あら。3位の気配がするのだけど」
「どうせ魔法具だろう。出てこい」


 随分と久しぶりに見た顔に、瞬きをする。人避けの魔法具で姿を隠している俺の前に立つ10位アリスと路地裏の壁にもたれるようにして立つ6位ゼストに、周囲のの視線が集まる。特に逃げる必要もないので外套を脱いだ。


「ーー随分と可愛らしい格好だな」
「ああ、子どもに貰ったんだよね」
「まぁ、まぁ、まぁ!素敵だわ!」


 花冠をつけたままの俺をじろじろと眺めるゼスト。実は、彼は俺が呼び寄せたのだ。彼の左足の義足は俺が作った魔法具なので、4ヶ月に1度メンテナンスをしなければならないのだが、体調のせいで少し遅くなってしまった。気配でわかるので特に待ち合わせもしていなかったが、路地裏での再開とは味気ない。
 しかしアリスは呼んでいない。ちらりと一瞥すると、彼女はにっこりと可愛らしく笑った。ーー手に短剣を持って。


「あぁ、あぁ、あぁ、貴方を呼び戻しに来たのよ!」


 にっこりと微笑んだ彼女は、瞬きをするよりも速く、背後から俺に飛びかかろうとしていた世捨て人の喉を掻っ切った。ぽかんとした表情のまま事切れた男が汚い地面に倒れ伏す。悲鳴が上がった。
 このままではこの場にいる全員を殺しかねない。俺はアリスの短剣を取り上げ手を掴み、ゼストに目配せをして走り出す。背後にゼストがついてくる気配を感じながら、貴族宿に足を進めた。

 ゼストとアリスに人避けの魔法具を着せ、部屋に通す。盗聴盗撮防止の結界を張るのも忘れない。そして、寝具に腰掛けるゼストとソファにちょこんと座るアリス(既にお茶の準備を始めている)に向き直った。


「ーーまず、義足からね」
「あぁ、頼む」


 外した義足を渡され、綿密なメンテナンスをする。接続が緩まっている所はしっかりと締め、魔法具のコアが濁っていたので取り替える。やはりメンテナンスを欠かすとその分劣化してしまうようだ。


「使い勝手は?」
「あぁ、痛みもないし魔法具だから普通に足で歩いている感覚だな」


 なら、特に部品ごと丸々交換する必要はないだろう。他にも微細な調整を終え、しっかりと消毒を済ませてゼストに渡すと、彼は満足そうにそれを見て脚にはめた。膝部分に埋めてある核が青く輝く。正常に作動したらしい。
 メンテナンスを終え、俺は勝手にお茶を嗜んでいるアリスに目を向けた。


「最近俺をだなんて戯言を十傑が相談してるって噂が出てたけどーーお前?」
「あら、あら、あら、そうよ。でも、私だけじゃないわ!私はたまたま偶然、街を歩いていたら6位に出会ったの!」


 苦虫を噛み潰したような顔で頷くゼスト。穏健派の彼と8位は過激派のアリスに過去にも幾度となく命を狙われている筈だ。アリスはにこにこと笑いながら茶菓子のクッキーを口に含む。
 左半身に大きなを抱える遠距離型の彼と、超近距離型の彼女では相性が悪い。大方掴まれて緩んだのだろう腕の包帯を巻き直していく彼を、哀れみを込めて見つめておいた。


「忌み子と神子はどうだ」
「まぁ……仲直り前」
「は?どういう……まぁいい。王城の方も色々探ってみたが、現王は完全に神殿の操り人形状態。やりたい放題だな」
「俺の給料がやたら安いのも税金?」
「そうだ。平民に至っては収入の7割を納めろなんて馬鹿げた命令が出た。関税も高くするものだから、貿易で成り立つベゴニアも大混乱」


 収入の7割。そんなの扶養する家族がいる者にとっては溜まったものでは無いだろう。しかも関税を無謀に上げては他国との交友関係に罅が入る。既に赤の王国との貿易を打ち切った小国も幾つかあるという。俺が学園にいる間にも、世間は動いているのだ。それも、かなり不味い方向に。
 アリスの向かいに座り、クッキーを摘む。同じのを狙っていたらしいアリスが頬を膨らませた。振り下ろされたナイフを取り上げ、代わりにスコーンを握らせる。機嫌を直したらしい彼女はにこにこ笑顔で半分に割り、ジャムをたっぷり塗る。


「で、当然革命派、過激派が大盛り上がりって訳?安直な人間が多いね」
「その通り。そして十傑なんて名前が付いているせいで、俺達にお鉢が回って来た。更に調子付いた2位が『3位は無理やり憎き王都に連れて行かれ、働かされている』なんて言い出した」


 成程、そして間違ってないだけに誰も否定しなかったから、スールの中でなんて発想が生まれるわけだ。最早呆れて言葉も出ない。別に俺はスールなんだからどうしようと勝手だろうに。
 つまり、それで今回動いたのがアリスという訳だ。


「……人選下手すぎでしょ。殺す気しかないじゃん」
「あら、あら、あら、私、ほんのなのよ?」


 本命はあっち。

 朗らかに笑う彼女。そう言って指さした窓の外を、俺とゼストも見る。




ーードガァアアアア"ア" ア" ンッッッ!!!!!




「ーーは!?!?」


 大地が割れたのかと思う程の轟音。そして数秒後、爆風が押し寄せて窓を大破させる。咄嗟に氷の盾を作って己とアリスの身を護った。ゼストも大丈夫そうだ。
 あら素敵!なんて騒ぐ彼女とそれを呆れたように見るゼストなんて、目に入らない。


 あそこはーー黒い煙が上がるあの場所は、魔法学園がある場所だ。遠くに上がる黒い煙の影から、魔物が首を擡げる姿が微かに見える。


「よりにもよって2位ローゼリッテ・レーネかよ……!」


ーー生徒たちが危ない。


 どくり、どくりと心臓が荒い音を立てる。
 思い出すのはベルン村、生きながらにして魔物に喰われる両親。早い鼓動とは反対にどんどん下がっていく自分の体温に、頭がくらくらした。
 ゼストもアリスも置いて、転移魔法具を手に取る。迫り来る焦りと恐怖にガタガタと震える手で魔法具を起動させる。いつの間にか、こんなにも彼らX組に情が湧いてしまっていたのか。



「転移。ロサ王立魔法がくえーー」






 ぐさり。


 





 血濡れの短剣を、それは楽しそうにくるくる回す少女。


「あら、あら、あら、行かせないのだわ。背後を見せるなんて、うっかりさんね!」


 身体中から力が抜けていく。ふらりと背中から倒れる俺を軽く受け止めたアリスは、にっこりと微笑みかけて今度は俺の鳩尾に拳を入れた。


 急速に薄まる意識の中で、街に響き渡る警笛の音を聞いた。



『ロサ王立魔法学園にて反王国派の人間及び反王国ギルドABYSSの組員数人の侵入が発覚。近隣の住人は半径1K(1km)外に避難せよ。ーー繰り返すーー』









 

 大きな白いリボンで2つに結われた美しい金色の髪を揺らし、にこにこと嗤う少女。しかしその蒼い瞳はどこまでも酷薄に煌めいている。「狂人」と名高いスール、アリス。10位とは言え純粋な肉体の強さでいえば、ゼストでは叶う相手ではない。
 くたりと寝具に横たえられたエルから目を逸らし、先程の爆風によって吹き飛んだ花冠を見つめる。先程とはすっかり様子の違うアリスが花冠を掴み上げた。


「……やっぱり彼は独りぼっちじゃないといけないのね。弱くなってしまうのね」
「……」
「貴方は私を攻撃しないの?」
「状況的に不利だからな」
「そう……そう、そうね、」


 花冠をエルの横に置いたアリスはこんこんこん、と3回彼の頬を指で叩き、淡く微笑む。寝具に座り、顔を顰めるゼストを振り返ったアリスは、微笑んでいるのに何処か泣き出しそうな表情にも見えた。


「私、彼を見てると辛くなってしまうわ」
「3位も油断するんだろう」
「……だからこそ、よ。私、私、……私、エルを失いたくないの。取られたくない。、さっき彼は何の役にも立たない蛆虫達を選んだのよ。許せないわ」


 ゼストは目を伏せた。ゼストはアリスの気持ちを理解出来る。ーーそう。きっと、世界中の誰よりも。


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