38 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
夜会の後始末~ラインハルト④~
しおりを挟む
塔にある薄暗い牢獄の中で、男は鎖に繋がれて床に座っていた。
かなり暴れたのだろう。体に無数の傷が出来て血が滲んでいる。
「一晩で随分と面変わりしましたね。侯爵」
「…私の無様な姿を見に来たのか…」
「ええ、そんな所です」
「相変わらず可愛げない男だ」
「それは光栄です。僕をこんな風にしたのは誰ですか」
「私だと言うのか」
「違いますか。今も母上が生きていたら今の僕とは違う人間になれたでしょう」
「そうかな。貴方は元々そう言う人間だった。あの陛下に誰よりも似ている」
「それは嫌だなあ。陛下になんて似たくないのに」
僕は心底嫌そうな表情をしてみせた。
「本当は何しに来たんです」
「昔話を少々…」
「ふん、時間はある。付き合いましょう」
「侯爵に一つ聞きたい事があったんですが、何故、貴方は母に毒を飲ませたんです」
「それは彼女からの頼みだったからだ。だから古参の侍女に命じてお茶に混ぜさせた」
「どうして母はそんな事を…」
「辛かったのだろう。あの冷たい王宮で愛してもいない男の子供を育てなければならない事が苦痛だったのだ」
「…やはり、母は僕を憎んでいたんですね」
「いや、というより陛下を憎んでいた。愛する男を殺されて、殺した相手と婚姻を結んで子供を宿した事を酷く後悔していた。というより絶望していたと言った方が正しいだろう」
「母は貴方に何を頼んだのですか」
「彼女、グレイシアはもし、ラインハルト殿下が陛下と同じ道を歩んだら命をかけて止めて欲しいと言っていた。そして、貴方を殺してほしいとも」
「僕はそこまで疎まれていたんですね」
何となく感じていた違和感の正体はこれだった。
時々、僕は母から感じる殺意を知っていた。でも、知らないふりをしていた。どうしてそんなに憎まれるのか分からなかったからだ。
今なら分かる気がする。僕もアシュリーを害されたら決して赦さないだろう。
母は耐えられなくなったのだ。僕が段々憎い相手に似てきている事が。
自殺する程の勇気が無かったから侯爵に頼んだのか。
「どうしてそこまで、母の頼みを聞いたのですか。露見すれば全てを失うというのに」
「殿下には分からないでしょう。私は幼馴染のグレイシアを愛していた。私から彼女を奪ったのは他ならぬ王家だったのですよ。私が貴方の婚約者に娘を宛がったのは、グレイシアの息子という事に他ならなった。ただそれだけです」
「なら、アデイラに弟を誘惑するようにしたのは」
「側妃イランジェから言われたからですよ。脅されていたのです。王妃を手に掛けた事を知られたくなければ従えと」
「そんなもの貴方ならどうにでもなったのでは…」
「あの頃の側妃の実家バルボッサ侯爵家の力は強かった。公爵家と対等で誰にも追随を許さない程のね。私にはまだ力が足りなかった。だから従うしかなった…」
「アデイラはまだ重体のままです」
「あれには可哀想な事をしました。私の娘に生まれてきたばかりに」
「その気持ちをアデイラに伝えたことはなかったのか」
「言えるはずもない。酷い父親のままの方があの子にとっては救いになるでしょう」
「悲しい父娘の関係だな」
「殿下はそうはならないようにしてください。生まれたお子は女子だと聞きましたから」
「ああ、忠告は肝に銘じておくよ」
「しかし、あの女狐を始末できなかったことだけは心残りです」
「ああそうだな。侯爵にしてはしくじったな。だが、後の事は僕が引き継ぐよ。今までご苦労だった。安心してあの世に旅立つがいい」
「殿下を信じていますよ。あのアグネスを必ず始末してくれると。あれは国にとっては害悪にしかならない女ですから」
「理解している」
「これで、グレイシアへの土産話もできた。もう思い残すことはない」
「さらばだ。貴方は僕にとっては父のような存在だった。できれば義父上と呼びたかったのだかな」
「その言葉だけで十分です。私も殿下を息子と思っていましたよ」
僕は、侯爵に最後の別れを告げて塔を後にした。
その2日後に彼は断頭台の露と消えたのだ。
首は城門に晒された。
そして、僕は父王が亡くなった時に毒婦アグネスを密かに抹殺したのだ。殉死という名目で…。
レオパルドに知られないようにして……。
アグネスはその母に似た容貌で父を惑わし、王子を授かって何れ自分が国母となった暁には表舞台に立ち、国を我が物にしようと考えていた。
だから、アシュリーが邪魔だった。僕の子供を身籠って新しい王族を産もうとしている事が我慢ならなかったのだろう。
密かに自分の居場所を側妃に知られるように手配したアグネスは、自分の身代わりにアシュリーを殺させようとした。
アシュリーが庇わなくても咄嗟にアシュリーを盾にしたはずだ。
貧乏子爵家の生まれの彼女は権力や贅沢な暮らしが身について、己の分を弁えない人間になっていったのだ。陛下も知っていたのだろう。だから彼女を表舞台には出さなかった。
後宮に閉じ込められた籠の鳥の様に、ただ愛でていただけだ。真に愛するグレイシアの代わりに…。
僕はそんな事をしない。僕の唯一はアシュリーだけなのだから。
かなり暴れたのだろう。体に無数の傷が出来て血が滲んでいる。
「一晩で随分と面変わりしましたね。侯爵」
「…私の無様な姿を見に来たのか…」
「ええ、そんな所です」
「相変わらず可愛げない男だ」
「それは光栄です。僕をこんな風にしたのは誰ですか」
「私だと言うのか」
「違いますか。今も母上が生きていたら今の僕とは違う人間になれたでしょう」
「そうかな。貴方は元々そう言う人間だった。あの陛下に誰よりも似ている」
「それは嫌だなあ。陛下になんて似たくないのに」
僕は心底嫌そうな表情をしてみせた。
「本当は何しに来たんです」
「昔話を少々…」
「ふん、時間はある。付き合いましょう」
「侯爵に一つ聞きたい事があったんですが、何故、貴方は母に毒を飲ませたんです」
「それは彼女からの頼みだったからだ。だから古参の侍女に命じてお茶に混ぜさせた」
「どうして母はそんな事を…」
「辛かったのだろう。あの冷たい王宮で愛してもいない男の子供を育てなければならない事が苦痛だったのだ」
「…やはり、母は僕を憎んでいたんですね」
「いや、というより陛下を憎んでいた。愛する男を殺されて、殺した相手と婚姻を結んで子供を宿した事を酷く後悔していた。というより絶望していたと言った方が正しいだろう」
「母は貴方に何を頼んだのですか」
「彼女、グレイシアはもし、ラインハルト殿下が陛下と同じ道を歩んだら命をかけて止めて欲しいと言っていた。そして、貴方を殺してほしいとも」
「僕はそこまで疎まれていたんですね」
何となく感じていた違和感の正体はこれだった。
時々、僕は母から感じる殺意を知っていた。でも、知らないふりをしていた。どうしてそんなに憎まれるのか分からなかったからだ。
今なら分かる気がする。僕もアシュリーを害されたら決して赦さないだろう。
母は耐えられなくなったのだ。僕が段々憎い相手に似てきている事が。
自殺する程の勇気が無かったから侯爵に頼んだのか。
「どうしてそこまで、母の頼みを聞いたのですか。露見すれば全てを失うというのに」
「殿下には分からないでしょう。私は幼馴染のグレイシアを愛していた。私から彼女を奪ったのは他ならぬ王家だったのですよ。私が貴方の婚約者に娘を宛がったのは、グレイシアの息子という事に他ならなった。ただそれだけです」
「なら、アデイラに弟を誘惑するようにしたのは」
「側妃イランジェから言われたからですよ。脅されていたのです。王妃を手に掛けた事を知られたくなければ従えと」
「そんなもの貴方ならどうにでもなったのでは…」
「あの頃の側妃の実家バルボッサ侯爵家の力は強かった。公爵家と対等で誰にも追随を許さない程のね。私にはまだ力が足りなかった。だから従うしかなった…」
「アデイラはまだ重体のままです」
「あれには可哀想な事をしました。私の娘に生まれてきたばかりに」
「その気持ちをアデイラに伝えたことはなかったのか」
「言えるはずもない。酷い父親のままの方があの子にとっては救いになるでしょう」
「悲しい父娘の関係だな」
「殿下はそうはならないようにしてください。生まれたお子は女子だと聞きましたから」
「ああ、忠告は肝に銘じておくよ」
「しかし、あの女狐を始末できなかったことだけは心残りです」
「ああそうだな。侯爵にしてはしくじったな。だが、後の事は僕が引き継ぐよ。今までご苦労だった。安心してあの世に旅立つがいい」
「殿下を信じていますよ。あのアグネスを必ず始末してくれると。あれは国にとっては害悪にしかならない女ですから」
「理解している」
「これで、グレイシアへの土産話もできた。もう思い残すことはない」
「さらばだ。貴方は僕にとっては父のような存在だった。できれば義父上と呼びたかったのだかな」
「その言葉だけで十分です。私も殿下を息子と思っていましたよ」
僕は、侯爵に最後の別れを告げて塔を後にした。
その2日後に彼は断頭台の露と消えたのだ。
首は城門に晒された。
そして、僕は父王が亡くなった時に毒婦アグネスを密かに抹殺したのだ。殉死という名目で…。
レオパルドに知られないようにして……。
アグネスはその母に似た容貌で父を惑わし、王子を授かって何れ自分が国母となった暁には表舞台に立ち、国を我が物にしようと考えていた。
だから、アシュリーが邪魔だった。僕の子供を身籠って新しい王族を産もうとしている事が我慢ならなかったのだろう。
密かに自分の居場所を側妃に知られるように手配したアグネスは、自分の身代わりにアシュリーを殺させようとした。
アシュリーが庇わなくても咄嗟にアシュリーを盾にしたはずだ。
貧乏子爵家の生まれの彼女は権力や贅沢な暮らしが身について、己の分を弁えない人間になっていったのだ。陛下も知っていたのだろう。だから彼女を表舞台には出さなかった。
後宮に閉じ込められた籠の鳥の様に、ただ愛でていただけだ。真に愛するグレイシアの代わりに…。
僕はそんな事をしない。僕の唯一はアシュリーだけなのだから。
57
あなたにおすすめの小説
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。
松ノ木るな
恋愛
ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。
不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。
研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……
挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。
「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」
※7千字の短いお話です。
【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。
西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。
私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。
それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」
と宣言されるなんて・・・
人の顔色ばかり気にしていた私はもういません
風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。
私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。
彼の姉でなく、私の姉なのにだ。
両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。
そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。
寄り添うデイリ様とお姉様。
幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。
その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。
そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。
※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。
※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。
※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる