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本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
夜会の後始末~ラインハルト④~
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塔にある薄暗い牢獄の中で、男は鎖に繋がれて床に座っていた。
かなり暴れたのだろう。体に無数の傷が出来て血が滲んでいる。
「一晩で随分と面変わりしましたね。侯爵」
「…私の無様な姿を見に来たのか…」
「ええ、そんな所です」
「相変わらず可愛げない男だ」
「それは光栄です。僕をこんな風にしたのは誰ですか」
「私だと言うのか」
「違いますか。今も母上が生きていたら今の僕とは違う人間になれたでしょう」
「そうかな。貴方は元々そう言う人間だった。あの陛下に誰よりも似ている」
「それは嫌だなあ。陛下になんて似たくないのに」
僕は心底嫌そうな表情をしてみせた。
「本当は何しに来たんです」
「昔話を少々…」
「ふん、時間はある。付き合いましょう」
「侯爵に一つ聞きたい事があったんですが、何故、貴方は母に毒を飲ませたんです」
「それは彼女からの頼みだったからだ。だから古参の侍女に命じてお茶に混ぜさせた」
「どうして母はそんな事を…」
「辛かったのだろう。あの冷たい王宮で愛してもいない男の子供を育てなければならない事が苦痛だったのだ」
「…やはり、母は僕を憎んでいたんですね」
「いや、というより陛下を憎んでいた。愛する男を殺されて、殺した相手と婚姻を結んで子供を宿した事を酷く後悔していた。というより絶望していたと言った方が正しいだろう」
「母は貴方に何を頼んだのですか」
「彼女、グレイシアはもし、ラインハルト殿下が陛下と同じ道を歩んだら命をかけて止めて欲しいと言っていた。そして、貴方を殺してほしいとも」
「僕はそこまで疎まれていたんですね」
何となく感じていた違和感の正体はこれだった。
時々、僕は母から感じる殺意を知っていた。でも、知らないふりをしていた。どうしてそんなに憎まれるのか分からなかったからだ。
今なら分かる気がする。僕もアシュリーを害されたら決して赦さないだろう。
母は耐えられなくなったのだ。僕が段々憎い相手に似てきている事が。
自殺する程の勇気が無かったから侯爵に頼んだのか。
「どうしてそこまで、母の頼みを聞いたのですか。露見すれば全てを失うというのに」
「殿下には分からないでしょう。私は幼馴染のグレイシアを愛していた。私から彼女を奪ったのは他ならぬ王家だったのですよ。私が貴方の婚約者に娘を宛がったのは、グレイシアの息子という事に他ならなった。ただそれだけです」
「なら、アデイラに弟を誘惑するようにしたのは」
「側妃イランジェから言われたからですよ。脅されていたのです。王妃を手に掛けた事を知られたくなければ従えと」
「そんなもの貴方ならどうにでもなったのでは…」
「あの頃の側妃の実家バルボッサ侯爵家の力は強かった。公爵家と対等で誰にも追随を許さない程のね。私にはまだ力が足りなかった。だから従うしかなった…」
「アデイラはまだ重体のままです」
「あれには可哀想な事をしました。私の娘に生まれてきたばかりに」
「その気持ちをアデイラに伝えたことはなかったのか」
「言えるはずもない。酷い父親のままの方があの子にとっては救いになるでしょう」
「悲しい父娘の関係だな」
「殿下はそうはならないようにしてください。生まれたお子は女子だと聞きましたから」
「ああ、忠告は肝に銘じておくよ」
「しかし、あの女狐を始末できなかったことだけは心残りです」
「ああそうだな。侯爵にしてはしくじったな。だが、後の事は僕が引き継ぐよ。今までご苦労だった。安心してあの世に旅立つがいい」
「殿下を信じていますよ。あのアグネスを必ず始末してくれると。あれは国にとっては害悪にしかならない女ですから」
「理解している」
「これで、グレイシアへの土産話もできた。もう思い残すことはない」
「さらばだ。貴方は僕にとっては父のような存在だった。できれば義父上と呼びたかったのだかな」
「その言葉だけで十分です。私も殿下を息子と思っていましたよ」
僕は、侯爵に最後の別れを告げて塔を後にした。
その2日後に彼は断頭台の露と消えたのだ。
首は城門に晒された。
そして、僕は父王が亡くなった時に毒婦アグネスを密かに抹殺したのだ。殉死という名目で…。
レオパルドに知られないようにして……。
アグネスはその母に似た容貌で父を惑わし、王子を授かって何れ自分が国母となった暁には表舞台に立ち、国を我が物にしようと考えていた。
だから、アシュリーが邪魔だった。僕の子供を身籠って新しい王族を産もうとしている事が我慢ならなかったのだろう。
密かに自分の居場所を側妃に知られるように手配したアグネスは、自分の身代わりにアシュリーを殺させようとした。
アシュリーが庇わなくても咄嗟にアシュリーを盾にしたはずだ。
貧乏子爵家の生まれの彼女は権力や贅沢な暮らしが身について、己の分を弁えない人間になっていったのだ。陛下も知っていたのだろう。だから彼女を表舞台には出さなかった。
後宮に閉じ込められた籠の鳥の様に、ただ愛でていただけだ。真に愛するグレイシアの代わりに…。
僕はそんな事をしない。僕の唯一はアシュリーだけなのだから。
かなり暴れたのだろう。体に無数の傷が出来て血が滲んでいる。
「一晩で随分と面変わりしましたね。侯爵」
「…私の無様な姿を見に来たのか…」
「ええ、そんな所です」
「相変わらず可愛げない男だ」
「それは光栄です。僕をこんな風にしたのは誰ですか」
「私だと言うのか」
「違いますか。今も母上が生きていたら今の僕とは違う人間になれたでしょう」
「そうかな。貴方は元々そう言う人間だった。あの陛下に誰よりも似ている」
「それは嫌だなあ。陛下になんて似たくないのに」
僕は心底嫌そうな表情をしてみせた。
「本当は何しに来たんです」
「昔話を少々…」
「ふん、時間はある。付き合いましょう」
「侯爵に一つ聞きたい事があったんですが、何故、貴方は母に毒を飲ませたんです」
「それは彼女からの頼みだったからだ。だから古参の侍女に命じてお茶に混ぜさせた」
「どうして母はそんな事を…」
「辛かったのだろう。あの冷たい王宮で愛してもいない男の子供を育てなければならない事が苦痛だったのだ」
「…やはり、母は僕を憎んでいたんですね」
「いや、というより陛下を憎んでいた。愛する男を殺されて、殺した相手と婚姻を結んで子供を宿した事を酷く後悔していた。というより絶望していたと言った方が正しいだろう」
「母は貴方に何を頼んだのですか」
「彼女、グレイシアはもし、ラインハルト殿下が陛下と同じ道を歩んだら命をかけて止めて欲しいと言っていた。そして、貴方を殺してほしいとも」
「僕はそこまで疎まれていたんですね」
何となく感じていた違和感の正体はこれだった。
時々、僕は母から感じる殺意を知っていた。でも、知らないふりをしていた。どうしてそんなに憎まれるのか分からなかったからだ。
今なら分かる気がする。僕もアシュリーを害されたら決して赦さないだろう。
母は耐えられなくなったのだ。僕が段々憎い相手に似てきている事が。
自殺する程の勇気が無かったから侯爵に頼んだのか。
「どうしてそこまで、母の頼みを聞いたのですか。露見すれば全てを失うというのに」
「殿下には分からないでしょう。私は幼馴染のグレイシアを愛していた。私から彼女を奪ったのは他ならぬ王家だったのですよ。私が貴方の婚約者に娘を宛がったのは、グレイシアの息子という事に他ならなった。ただそれだけです」
「なら、アデイラに弟を誘惑するようにしたのは」
「側妃イランジェから言われたからですよ。脅されていたのです。王妃を手に掛けた事を知られたくなければ従えと」
「そんなもの貴方ならどうにでもなったのでは…」
「あの頃の側妃の実家バルボッサ侯爵家の力は強かった。公爵家と対等で誰にも追随を許さない程のね。私にはまだ力が足りなかった。だから従うしかなった…」
「アデイラはまだ重体のままです」
「あれには可哀想な事をしました。私の娘に生まれてきたばかりに」
「その気持ちをアデイラに伝えたことはなかったのか」
「言えるはずもない。酷い父親のままの方があの子にとっては救いになるでしょう」
「悲しい父娘の関係だな」
「殿下はそうはならないようにしてください。生まれたお子は女子だと聞きましたから」
「ああ、忠告は肝に銘じておくよ」
「しかし、あの女狐を始末できなかったことだけは心残りです」
「ああそうだな。侯爵にしてはしくじったな。だが、後の事は僕が引き継ぐよ。今までご苦労だった。安心してあの世に旅立つがいい」
「殿下を信じていますよ。あのアグネスを必ず始末してくれると。あれは国にとっては害悪にしかならない女ですから」
「理解している」
「これで、グレイシアへの土産話もできた。もう思い残すことはない」
「さらばだ。貴方は僕にとっては父のような存在だった。できれば義父上と呼びたかったのだかな」
「その言葉だけで十分です。私も殿下を息子と思っていましたよ」
僕は、侯爵に最後の別れを告げて塔を後にした。
その2日後に彼は断頭台の露と消えたのだ。
首は城門に晒された。
そして、僕は父王が亡くなった時に毒婦アグネスを密かに抹殺したのだ。殉死という名目で…。
レオパルドに知られないようにして……。
アグネスはその母に似た容貌で父を惑わし、王子を授かって何れ自分が国母となった暁には表舞台に立ち、国を我が物にしようと考えていた。
だから、アシュリーが邪魔だった。僕の子供を身籠って新しい王族を産もうとしている事が我慢ならなかったのだろう。
密かに自分の居場所を側妃に知られるように手配したアグネスは、自分の身代わりにアシュリーを殺させようとした。
アシュリーが庇わなくても咄嗟にアシュリーを盾にしたはずだ。
貧乏子爵家の生まれの彼女は権力や贅沢な暮らしが身について、己の分を弁えない人間になっていったのだ。陛下も知っていたのだろう。だから彼女を表舞台には出さなかった。
後宮に閉じ込められた籠の鳥の様に、ただ愛でていただけだ。真に愛するグレイシアの代わりに…。
僕はそんな事をしない。僕の唯一はアシュリーだけなのだから。
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