【本編完結】この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして

春野オカリナ

文字の大きさ
43 / 48
番外編 この想いは永遠に…

プロローグ

しおりを挟む

   バシッ!!

 頬を叩かれて痛みが走る。

 手を叩かれた頬に当て、叩いた相手を見やると彼女は目に涙を浮かべて私を罵った。

 「裏切者!!どうしてあの人を取ったの!大人しそうな顔をして取り入ったのね!!私の婚約者なのよ!その座に座るのは私だった。返して、返して、全部返してよ──っ!」

 彼女は泣きながら王宮の親衛隊に取り押さえられ、別の場所に連れて行かれた。

 「大丈夫ですか。姉上」

 「大丈夫かグレイシス」

 弟のロータスと幼馴染のドナルド・メイナードが声をかけてくれる。

 「私は大丈夫よ。それよりイランジェ様が…」

 「人の事よりまず自分だよ。ほらこれで打たれた頬を冷やして」

 水で冷やしたハンカチを私に渡してくれたのは幼馴染のドナルドだった。

 ドナルドは昔から優しい。まるで兄のような存在。

 私にも何が起こったのか分からない。

 ただ言えることは、私の愛する人は、永遠にいなくなったという事だけだった。

 ひと月前までは、私の周りは平穏な日常で溢れていた。

 でも、あの男が隣国サザーランドでの留学を終えて帰って来てから不穏な空気が漂っていた。

 ──第三王子コンラッド・ベイブルク殿下。

 彼は一年前にこの国に帰って来て、学園に編入してきた。

 王族特有の銀色の髪にアイスブルーの瞳は誰よりも冷たく感じる。

 筆頭侯爵バルボッサ家のイランジェ様はそんな彼を好ましく思っていた。

 彼女の家柄なら王太子エイバン様の婚約者にもなれただろうに、彼女はコンラッド殿下の婚約者に収まった。

 私の生家は同じ侯爵家でも特に突出した侯爵家ではなく、第二王子がお茶会で私を見初めて婚約しただけなのだ。

 私と第二王子オーウェン殿下は政略的な意図はない。だから、二人は自然と仲の良い婚約者同士でいられたのだ。

 それも去年までの話だ。

 コンラッド殿下が帰って来てから、全ての事が壊れて行った。いや本当は自分で壊す勇気がなかったのだ。見て見ぬふりをした結果、待っていたのは残酷な真実だけだった。

 知っていたのにそれに蓋をして、私は偽りの仮面を付けて素知らぬ顔を作っていた。

 そんな事をしてもいつかは終わりがくるというのに、私は夢を現実の置き換えて縋っていた。

 始まりは、定例のオーウェン殿下とのお茶会での出来事だった。

 いつも定刻にお茶席に来ている殿下が、その日は遅れてきた。妙な胸騒ぎがして、次の約束の日には早めに王宮に来ていた。

 つい悪戯心で殿下の部屋に立ち寄ろうとしたのがいけなかった。

 外で護衛に入室を拒まれたが、じき王子妃となる私の命には従うしかなかった。

 部屋に入ると殿下の姿はなかった。

 しかし、続き部屋の寝室から声が聞こえてきた。甘く強請るような女の声と興奮している男の声が…。

 どちらも聞き覚えがあるものだった。

 部屋の扉を開けると、ベッドの上には半裸の男女がお互いの唇を貪りあっている姿があった。

 咄嗟に私は、部屋から出て行こうとしたが、誰かにぶつかった。

 「あらら、やらかしましたね、兄上、品行方正だと評判の兄上は婚約者の前でこんな痴態を曝すなんて」

 その声で、オーウェン殿下と相手の女性は我に返った。

 「グレイシア…?」

 殿下の顔色が段々青くなっていくのが分かる。私の顔も悪くなっているだろう。

 相手の女性は殿下付きの侍女だった。殿下は年上の侍女との情事にかまけて前回のお茶会も遅れてきたのだろう。私はそんな事も知らずに殿下が忙しいのだと労いの言葉を掛けたのだ。

 何だかすべてが馬鹿らしくなってきた。

 自分が望んだ婚約だったくせに、堂々と自室に女性を連れ込んで浮気をした。しかも私と会う約束の日に。
 
 二人は一体いつからの関係なのか私は全く気付かなかったのだ。

 「今日は、これで失礼します。後日父から陛下にお話があると思いますので」

 私は部屋で狼狽えている殿下を見ることなく部屋から出て行った。

 泣きそうになる自分を押えるのが精一杯で、周りをみる余裕なんてなかったのだ。

 「待てよ。王宮といえど危ないだろう。馬車まで送ってやる」

 そう言ったのは、第三王子コンラッド殿下だった。先ほども絶妙なタイミングで現れたこの男の考えは私には理解しがたいものがあった。

 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」

 私はコンラッド殿下にエスコートされて侯爵家に帰った。

 娘の早い帰りに母は驚きを隠せなかった。

 「一体、何があったの?」

 「それはお父様が帰って来てからお話しします」

 「そう、何だか疲れているのね。顔色が悪いわ。旦那様がお戻りになったら呼ぶから部屋で休みなさい」

 「そうさせて頂きます」

 私は、そのまま部屋に入って、着替えを済ませた後、ベッドに伏して泣いていた。

 どのくらいないていたのか分からないが、気付くと日は沈んで部屋には灯りが灯されている。

 「お嬢様。奥様と侯爵がお呼びになっております」

 メイドの言葉で、私はベッドからむくりと起き上がり、父の執務室に入った。

 しかし、そこには意外な人物がいた。

 第三王子コンラッド殿下がソファーに腰かけてこちらを見ている。

 そのアイスブルーの瞳を細めて……。

 凍り付くような冷たい視線が私は恐ろしかったのだ。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。

松ノ木るな
恋愛
 ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。  不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。  研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……  挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。 「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」   ※7千字の短いお話です。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

処理中です...