42 / 48
本編 この度、記憶喪失の公爵様に嫁ぐことになりまして
安らぎ~アデイラ~
しおりを挟む──これで君は自由だ。好きな事をして残りの人生を送るがいい。
そう言ってラインハルト様は、王宮からわたくしを出してくれた。
あの日、毒を煽って倒れたわたくしをずっと見捨てずに看病してくれた侍女と共に、カメリア半島の静かな療養所にきている。
ここはレグナとは隣の領地にあたる場所だ。温暖な気候で観光地としても名高い場所。
きっと、素晴らしいエメラルドグリーンの海が広がっている事だろう。
心地よい風が潮風を運んでくるのが分かる。
「アデイラ様。あまり外の出られますとお体に障りますよ」
侍女のアニータの声が聞こえた。
わたくしは九死に一生を得たとはいえ、もう残りわずかな命となっている。あと3年持てばいい方かもしれない。
既に、あの時尽きた命だ。惜しくもないし、悔いもない。
ただ、目覚めた時にはラインハルト様から労いの言葉がなかったことだけが、わたくしの唯一の心残りだ。
自分で勝手にした事なのに、ラインハルト様にそれを褒めて欲しいなどと随分身勝手な思いだ。
それでもやはり、生き延びたなら彼の近くで残りの人生を過ごしたかった。
ある晴れた日、いつものようにテラスで外から入る潮風を感じていた。
すると、わたくしの手に小さな温もりを感じてふとその手に触れた。
「かぜがつよくなってきたから、かぜひくよ」
労わるな子供の声にわたくしは癒されるようにふふっと小さく笑った。
「体の具合はどうだ」
わたくしに声をかけてきたのは、まぎれもなく待ち望んだ方のものだった。
ラインハルト殿下……。
もう二度と会えないと思っていたのに、命の終わる時にまた会えるなんて…。
「このおねえさんはびょうきななの、とうさま」
とうさま…?
ああ、そうだ。彼は結婚している当然、子供が生まれてもおかしくない。
いつまでもあの時のままだと思っているのはわたくしだけなのだ。
姿を見たくてももうこの目は何も映さない。
だが、最後に声を聞けただけでも嬉しい。
「ああ、だが、彼女のおかげでお母様と結婚できたのだよ。いつも感謝している。今までありがとう、ご苦労だったな」
「いいえ、めっそうもない。わたくしが望んでした事です」
その言葉に偽りはなかった。同時に真実でもなかった。わたくしは、何時かラインハルト様との未来を望んでいたから、その場所を他の人に譲るつもりなどなかったのに……。
でも、こうして良かった。ラインハルト様の声で分かる。今、彼はとても幸せなのだと…。
それがわたくしの手で齎したものでなくてもかまわなかった。
わたくしの願いは叶ったのだから…。
ラインハルト様に褒めてもらえた。礼を述べてもらえた。それだけで、わたくしの長年の想いも報われる様な気がしたから…。
ああ、もうこれで思い残すことはない。
きっと、来世では幸せになってみせる。
誰よりも輝くような幸せを手に入れてみせる。
それがわたくしアデイラ・メイナードという女なのだから──。
その2月後、アデイラはこの世を去った。
時折、彼女の墓標には赤い薔薇が供えられている。
それは赤い髪の彼女を象徴しているような真紅の薔薇が一輪置いてあるだけだが、凛とした姿が生前のアデイラを思いだすようだと侍女は語った。
潮風に花弁が舞いながら、何処かへ風に乗って彷徨う姿は恋に破れて散ったようにも見えるのだった。
66
あなたにおすすめの小説
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。
松ノ木るな
恋愛
ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。
不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。
研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……
挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。
「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」
※7千字の短いお話です。
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
突然倒れた婚約者から、私が毒を盛ったと濡衣を着せられました
景
恋愛
パーティーの場でロイドが突如倒れ、メリッサに毒を盛られたと告げた。
メリッサにとっては冤罪でしかないが、周囲は倒れたロイドの言い分を認めてしまった。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる