12 / 13
王女と騎士編
3
しおりを挟む
リュカは、全ての記憶を失って、修道院で暮らすことになった。
自分の名前さえも分からない彼女に院長が『リュカ』という名前を付けた。
リュカは18才のままの自分を封じ込めてしまった。
秘薬の代償は大きかった。リュカはその日一日しか記憶出来ない。
次の日になるとまた新しく覚え直さなければならなくなってしまった。
毎日、新米の修道女として過ごすリュカは誰が見ても幸せそうに見えたが、その事が他の修道女の憐れみを誘っている。しかし、院長だけはいつかリュカが記憶を取り戻して本当の幸せを掴む日が来ること信じて毎日、記憶が留まらないリュカの世話をした。
一向に回復しないリュカの為に、院長は、魔塔の主に頼んで記憶を甦らせる別の薬を用意した。
魔塔が作った薬の効果は絶大だった。
リュカは、院長に渡された薬を飲んで、忘れ去りたい過去の記憶を甦りさせてしまったのだ。
リュカは思い出したくはなかった。
──あのままずっと夢の中を彷徨って生涯を終えても良かったのに…。
リュカは、本気でそう思っていた。
王城の謁見の間で、過去を振り返っていたリュカは玉座に座っている父を見つめた。以前は、冷たい態度と言葉を投げかけたあの父がリュカに微笑みかけながら、
「リュカリーナよ。喜ぶがいい。帝国の皇太子がそなたを花嫁に望んでいる。一月後に迎えを寄越すそうだ。それまで王城でゆっくりと過ごすとよい」
優しい口調で、リュカに残酷な言葉を紡ぐ身勝手な父親、その隣の母…王妃もまた微笑んで「良かったですわ。まことに良い縁組です」と返していた。
双子の兄ヨシュアも「良かったな。リュカリーナ幸せになれるよ」と無責任な言葉を投げかけている。
リュカは実感した。また捨てられるのだと。今度は本当にこの国からも追い出される。
リュカは思い出した。アレクの最期の言葉を…。
そう言えばアレクも一月後に会うと言ったわ。ならその日、修道院に行ってアレクに頼めば何処か遠くの見知らぬ所に連れて行ってくれるかもしれない。
私の家族は初めからいなかった。
なら、私がいなくなってもどうでもいいはずよ。帝国から何か言われても私はもうしらない。愛してもくれない家族なんてもういらない。全部捨ててしまおう。
リュカはそう考えて、何とか理由を付けて修道院に戻る事にした。
リュカはお世話になった修道院の皆に最後のお別れを言いたいと国王に頼んだ。
国王は最初、渋っていたが護衛と侍女を付ける事で承諾した。護衛の中に女性騎士を連れて行かせ、リュカが逃げ出さないように見張らせることにしたのだ。
リュカは国王の態度を見て、結局最後まで自分と向き合おうともしない家族に更に失望した。
リュカは修道院に行くとこっそり秘密の扉の向こうの花園に入った。
そこにはリュカが会いたかった人が立っていた。
しかし、立っている人物はいつもの様な平民の服装ではなく騎士が着る軍服の様な正装をしている。
「ねえ…アレクなの?」
「おかしな事を言うね。俺が誰だか分からないのか?」
「だって、いつもの服装じゃあないわ」
「ああ、これから大事な用があるんだ。大切な人を迎えに来たんだよ」
アレクの言葉にリュカはズキリと胸の奥が痛むのを感じた。
──アレクには大切な人がいたんだ。なら、連れて行ってなんて頼めない。
しょんぼりと下を俯いている姿にアレクは苦笑した。ちょっと意地悪を言っただけなのだが、あまりにもリュカの落ち込み様を見て、アレクは慌ててネタばらしをした。
「リュカ…俺の大切な人は君だよ。いつも俺を助けてくれた君こそが俺にとっては一番大切なんだ」
「えっ、アレクの大切な人って私のことなの」
「そうだよ。隣国で会った時もこの間も、ずっと俺の中でリュカは一番だった。これからもそうだ。俺はリュカを裏切らない。ずっと一緒にいると誓うよ。だから、これを受け取って欲しい」
アレクはリュカの前に跪いて箱を開けて中身を見せた。
箱の中には花のを形どったルビーが填め込まれた指輪が入っていた。
「これは…アレクの瞳の色ね」
「そうだ。だから君にこれを付けて欲しんだ。ずっと一緒にいるという約束で」
「でも私は…結婚が決まってしまって…」
「クスッ、俺が着ている服に付いている紋章を見てもまだ分からない?」
「…これは…ま…まさか、あなた…」
「そうだよ。俺がアルバトロス帝国の皇太子アレクセイだよ」
「どうして言ってくれなかったの?」
「何度も言おうと思ったんだが、皇族だと判ればリュカは俺から離れるかも知れないと思ったんだ。だから中々言えなかった。それに身分関係なくそのままの俺に親切にしてくれたのはリュカだけだったから…」
「確かにそうかも、皇族だと知っていたら距離を置いたかもしれないわ」
「だから、改めて考えて欲しい。俺と一緒に帝国に来て、ずっと一緒に暮らそう。俺の家族になってくれ」
「家族…」
リュカにとって家族は他人よりも冷たい存在だった。でもアレクとならありのままの自分で幸せな家族が作れるかもしれない。
「わ…私、アレクと一緒に帝国に行きたい。一緒に連れて行って」
「ありがとう。ありのままの俺を受け入れてくれて、一緒に幸せになろう」
リュカは嬉しかった。アレクは幸せにするとは言わなかった。一緒にと言ったのだ。それはリュカもアレクを幸せにする事が出来るという事だとリュカは思った。
リュカはアレクに抱き付いた。勢い余ったのか二人ともそのまま倒れ込んだ。花園の花が二人を祝福しているかの様に花弁が彼らの周りを舞う様に散っていった。
リュカとアレクはこれまでの事やこれからの事を話しあった。
そして、リュカはアレクにあるお願いをした。
リュカとアレクは別々に外に出て行った。修道院では突如いなくなったリュカを侍女と女性騎士が探していた。
リュカは具合が悪くなって別の場所で休んでいたと言い訳をして、王城に帰った。
リュカは院長と話をしてあるものを譲り受けた。
次の日、リュカは広間に呼ばれた。そこには正装した貴族や国王たちがいた。その中にはルヴリスの姿もあった。
勿論、隣にはマジョリカの姿もある。
その中央をリュカは堂々と歩いて行った。リュカが目指す先にはアレクが立っている。
稟とした佇まいで、隣国の紋章が入ったマントを肩にかけ、正装している姿が眩しい程の輝きを放っていた。
リュカは思った。
──ああ…この先もこの人と一緒に歩けるんだ。
アレクはそっとリュカに手を差し出した。リュカはその手に自分の手を重ねる。
「国王陛下、リュカリーナ姫を娶るに当たり、姫からあるお願いをされました。是非ともその事を叶えたいのですが、ご協力頂けますか?」
大国の皇太子であるアレクは強制ではないことを告げた後、国王に頼んだのだ。
国王は直ぐに了承した。
アレクは口角を少し上げ、
「では、皆様にこれを飲んで頂きたい」
そう言って、王城の侍従がその場にいた者全員に小さなグラスを渡した。
「これは一体なんですかな?」
「それは『忘却の滴』と呼ばれる秘薬ですよ」
「な…何故こんなものを飲まなくてはならないいのですかな」
「それがリュカリーナの願いだからです。リュカリーナは我が妻となるに当たり、この国と縁を切りたいと言っています。その理由は皆さまにはお分かりでしょう」
アレクの言葉に貴族も国王も沈黙した。それは皆身に覚えがあるからだ。忌み子として王女を蔑にしておいて都合の良いように使ってきた。これはその王女の仕返しなのだと皆が考えた。
しかし、これがそうなら特に問題はない。今までいない王女の存在が頭から消えるのだ。自分達にこれほど都合の良い事はないだろう。
そう考えて、皆その薬を飲んだ。
暫くすると薬が効き始め、誰も彼もがリュカの存在を忘れた。
アレクはリュカを連れて王城を抜け出し、帝国に帰っていった。だが、ただ一人薬を飲まなかった者がいた。それはルヴリスだった。
ルヴリスは忘れたくなかったのだ。初恋のリュカの事を…。
しかし、全ては遅かった。ルヴリスはマジョリカと学園で知り合ってから、考えが変わってしまった。いくら王女であると言ってもリュカは何も持っていなかった。
だから、ルヴリスは自分の将来の為にマジョリカを選んだ。
ところがマジョリカはリュカからルヴリスを奪うと他の男性にも秋波を送る様になった。
マジョリカは、人の物を取る事で、自分の存在価値を見出す性質だったのだ。
今更気付いてもどうにもならない。
ルヴリスはリュカを捨ててマジョリカを選んだのだ。例え彼女が産んだ子供の父親がルヴリスでなくとも、爵位を持っているのはマジョリカなのだから。
ルヴリスは、この時薬を飲まなかったことを酷く後悔することになった。
自分の名前さえも分からない彼女に院長が『リュカ』という名前を付けた。
リュカは18才のままの自分を封じ込めてしまった。
秘薬の代償は大きかった。リュカはその日一日しか記憶出来ない。
次の日になるとまた新しく覚え直さなければならなくなってしまった。
毎日、新米の修道女として過ごすリュカは誰が見ても幸せそうに見えたが、その事が他の修道女の憐れみを誘っている。しかし、院長だけはいつかリュカが記憶を取り戻して本当の幸せを掴む日が来ること信じて毎日、記憶が留まらないリュカの世話をした。
一向に回復しないリュカの為に、院長は、魔塔の主に頼んで記憶を甦らせる別の薬を用意した。
魔塔が作った薬の効果は絶大だった。
リュカは、院長に渡された薬を飲んで、忘れ去りたい過去の記憶を甦りさせてしまったのだ。
リュカは思い出したくはなかった。
──あのままずっと夢の中を彷徨って生涯を終えても良かったのに…。
リュカは、本気でそう思っていた。
王城の謁見の間で、過去を振り返っていたリュカは玉座に座っている父を見つめた。以前は、冷たい態度と言葉を投げかけたあの父がリュカに微笑みかけながら、
「リュカリーナよ。喜ぶがいい。帝国の皇太子がそなたを花嫁に望んでいる。一月後に迎えを寄越すそうだ。それまで王城でゆっくりと過ごすとよい」
優しい口調で、リュカに残酷な言葉を紡ぐ身勝手な父親、その隣の母…王妃もまた微笑んで「良かったですわ。まことに良い縁組です」と返していた。
双子の兄ヨシュアも「良かったな。リュカリーナ幸せになれるよ」と無責任な言葉を投げかけている。
リュカは実感した。また捨てられるのだと。今度は本当にこの国からも追い出される。
リュカは思い出した。アレクの最期の言葉を…。
そう言えばアレクも一月後に会うと言ったわ。ならその日、修道院に行ってアレクに頼めば何処か遠くの見知らぬ所に連れて行ってくれるかもしれない。
私の家族は初めからいなかった。
なら、私がいなくなってもどうでもいいはずよ。帝国から何か言われても私はもうしらない。愛してもくれない家族なんてもういらない。全部捨ててしまおう。
リュカはそう考えて、何とか理由を付けて修道院に戻る事にした。
リュカはお世話になった修道院の皆に最後のお別れを言いたいと国王に頼んだ。
国王は最初、渋っていたが護衛と侍女を付ける事で承諾した。護衛の中に女性騎士を連れて行かせ、リュカが逃げ出さないように見張らせることにしたのだ。
リュカは国王の態度を見て、結局最後まで自分と向き合おうともしない家族に更に失望した。
リュカは修道院に行くとこっそり秘密の扉の向こうの花園に入った。
そこにはリュカが会いたかった人が立っていた。
しかし、立っている人物はいつもの様な平民の服装ではなく騎士が着る軍服の様な正装をしている。
「ねえ…アレクなの?」
「おかしな事を言うね。俺が誰だか分からないのか?」
「だって、いつもの服装じゃあないわ」
「ああ、これから大事な用があるんだ。大切な人を迎えに来たんだよ」
アレクの言葉にリュカはズキリと胸の奥が痛むのを感じた。
──アレクには大切な人がいたんだ。なら、連れて行ってなんて頼めない。
しょんぼりと下を俯いている姿にアレクは苦笑した。ちょっと意地悪を言っただけなのだが、あまりにもリュカの落ち込み様を見て、アレクは慌ててネタばらしをした。
「リュカ…俺の大切な人は君だよ。いつも俺を助けてくれた君こそが俺にとっては一番大切なんだ」
「えっ、アレクの大切な人って私のことなの」
「そうだよ。隣国で会った時もこの間も、ずっと俺の中でリュカは一番だった。これからもそうだ。俺はリュカを裏切らない。ずっと一緒にいると誓うよ。だから、これを受け取って欲しい」
アレクはリュカの前に跪いて箱を開けて中身を見せた。
箱の中には花のを形どったルビーが填め込まれた指輪が入っていた。
「これは…アレクの瞳の色ね」
「そうだ。だから君にこれを付けて欲しんだ。ずっと一緒にいるという約束で」
「でも私は…結婚が決まってしまって…」
「クスッ、俺が着ている服に付いている紋章を見てもまだ分からない?」
「…これは…ま…まさか、あなた…」
「そうだよ。俺がアルバトロス帝国の皇太子アレクセイだよ」
「どうして言ってくれなかったの?」
「何度も言おうと思ったんだが、皇族だと判ればリュカは俺から離れるかも知れないと思ったんだ。だから中々言えなかった。それに身分関係なくそのままの俺に親切にしてくれたのはリュカだけだったから…」
「確かにそうかも、皇族だと知っていたら距離を置いたかもしれないわ」
「だから、改めて考えて欲しい。俺と一緒に帝国に来て、ずっと一緒に暮らそう。俺の家族になってくれ」
「家族…」
リュカにとって家族は他人よりも冷たい存在だった。でもアレクとならありのままの自分で幸せな家族が作れるかもしれない。
「わ…私、アレクと一緒に帝国に行きたい。一緒に連れて行って」
「ありがとう。ありのままの俺を受け入れてくれて、一緒に幸せになろう」
リュカは嬉しかった。アレクは幸せにするとは言わなかった。一緒にと言ったのだ。それはリュカもアレクを幸せにする事が出来るという事だとリュカは思った。
リュカはアレクに抱き付いた。勢い余ったのか二人ともそのまま倒れ込んだ。花園の花が二人を祝福しているかの様に花弁が彼らの周りを舞う様に散っていった。
リュカとアレクはこれまでの事やこれからの事を話しあった。
そして、リュカはアレクにあるお願いをした。
リュカとアレクは別々に外に出て行った。修道院では突如いなくなったリュカを侍女と女性騎士が探していた。
リュカは具合が悪くなって別の場所で休んでいたと言い訳をして、王城に帰った。
リュカは院長と話をしてあるものを譲り受けた。
次の日、リュカは広間に呼ばれた。そこには正装した貴族や国王たちがいた。その中にはルヴリスの姿もあった。
勿論、隣にはマジョリカの姿もある。
その中央をリュカは堂々と歩いて行った。リュカが目指す先にはアレクが立っている。
稟とした佇まいで、隣国の紋章が入ったマントを肩にかけ、正装している姿が眩しい程の輝きを放っていた。
リュカは思った。
──ああ…この先もこの人と一緒に歩けるんだ。
アレクはそっとリュカに手を差し出した。リュカはその手に自分の手を重ねる。
「国王陛下、リュカリーナ姫を娶るに当たり、姫からあるお願いをされました。是非ともその事を叶えたいのですが、ご協力頂けますか?」
大国の皇太子であるアレクは強制ではないことを告げた後、国王に頼んだのだ。
国王は直ぐに了承した。
アレクは口角を少し上げ、
「では、皆様にこれを飲んで頂きたい」
そう言って、王城の侍従がその場にいた者全員に小さなグラスを渡した。
「これは一体なんですかな?」
「それは『忘却の滴』と呼ばれる秘薬ですよ」
「な…何故こんなものを飲まなくてはならないいのですかな」
「それがリュカリーナの願いだからです。リュカリーナは我が妻となるに当たり、この国と縁を切りたいと言っています。その理由は皆さまにはお分かりでしょう」
アレクの言葉に貴族も国王も沈黙した。それは皆身に覚えがあるからだ。忌み子として王女を蔑にしておいて都合の良いように使ってきた。これはその王女の仕返しなのだと皆が考えた。
しかし、これがそうなら特に問題はない。今までいない王女の存在が頭から消えるのだ。自分達にこれほど都合の良い事はないだろう。
そう考えて、皆その薬を飲んだ。
暫くすると薬が効き始め、誰も彼もがリュカの存在を忘れた。
アレクはリュカを連れて王城を抜け出し、帝国に帰っていった。だが、ただ一人薬を飲まなかった者がいた。それはルヴリスだった。
ルヴリスは忘れたくなかったのだ。初恋のリュカの事を…。
しかし、全ては遅かった。ルヴリスはマジョリカと学園で知り合ってから、考えが変わってしまった。いくら王女であると言ってもリュカは何も持っていなかった。
だから、ルヴリスは自分の将来の為にマジョリカを選んだ。
ところがマジョリカはリュカからルヴリスを奪うと他の男性にも秋波を送る様になった。
マジョリカは、人の物を取る事で、自分の存在価値を見出す性質だったのだ。
今更気付いてもどうにもならない。
ルヴリスはリュカを捨ててマジョリカを選んだのだ。例え彼女が産んだ子供の父親がルヴリスでなくとも、爵位を持っているのはマジョリカなのだから。
ルヴリスは、この時薬を飲まなかったことを酷く後悔することになった。
応援ありがとうございます!
21
お気に入りに追加
1,732
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる