邪魔者は静かに消えることにした…

春野オカリナ

文字の大きさ
9 / 12

おかしな店

しおりを挟む
 中に入ると、テーブルや椅子、カウンター席もあり、今風のお洒落な飲食店という内装。

 残念ながらその客層を見ると妙な違和感しかない。

 何処を見ても男だらけ、ジルベスターが言うような貴族令嬢が見当たらない。

 もしかして女性は私一人なのだろうか?

 その嫌な予感は的中した。

 もしかしなくてもアディーナ一人しかいなかった。いや正確には侍女も連れているのだから二人…。今はそんな細かいことなどどうでもいい。アディーナがもう一度店内を見渡してみても結果は同じだった。

 がっくりと項垂れているアディーナにジルベスターは、

 「ごめん想像していたのと違っていた?でもここの料理は美味しいんだ。中でも……」

 熱心に料理の美味しさを騙っているジルベスターには悪いが、アディーナの令嬢としての品位に関わるとばかりにその場からこっそり逃げようとしていた。

 「どこに行こうとしているの?折角来たんだから食事をして行こうよ」

 後退りをしていたアディ―ナの手首を掴んでジルベスターはにっこりと微笑んだ。

 その微笑みがアディーナには黒く見えた。

 ジルベスターがカウンターの席にアディ―ナを案内すると、店の奥から野太い声の店主らしく人物が声をかけてきた。

 「久しぶりね」
 「ええ、店長もお元気そうで」
 「勿論、元気よ」

 大きな体躯の男性は、真っ白なエプロン姿で、頬に大きな十字の傷跡がある。

 しかし、その体に似合わず、仕草や言葉遣いが何だか女性の様。

 素敵な内装のお洒落な飲食店には似合わない体躯の店主に、平民の服を着ていても普通の平民には見えない客。

 近くの男性の手には傷跡もある。これは剣で出来た傷の様だ。

 アディーナも領地でこういった人たちを大勢見ているから分かる。

 彼らは騎士なのだ。

 ということはここは騎士達の憩い?の場所の様なものなのだろうか。

 それにこの店主も注意深く見ると歩き方にも特徴がある。気配を消している様なそんな歩き方をしていた。

 この人もきっと元は騎士だったのだろう。

 しかし、年齢的には騎士を引退するには早すぎる。

 だとしたら、病気か怪我による引退だったのかもしれない。

 残念ながら内装がどんなにお洒落でも、客層が強面の男たちが屯っている店に普通の令嬢は寄り付かないだろう。

 アディーナはどうして、ジルベスターがここを選んだのか分からなかった。

 「どうしたの?早く座れば」
 「ええ…」

 アディーナの顔は強張っている。出来ればどんなに美味しくてもここでの食事は遠慮したい。

 尻込みし始めたアディ―ナの手をぐいっと引っ張って、ジルベスターが自分の席の隣に強引に座らせた。

 「店長、いつものやつな」
 「分かったわ。でも隣のお嬢ちゃんは誰?もしかしてジル君のいい人なのかしら?」
 
 揶揄うようにケラケラ笑う姿にアディ―ナは更に居心地を悪くした。

 「そうなんだ。最近付き合い始めたんだけどね」
 「とうとう難攻不落の男爵様も結婚を考える年になったのね」
 「まだ気が早いよ。出会って3日目なのに」
 「あら、恋に時間は関係ないわよ。今流行の本にだって書かれているじゃない。『真実の愛を見つけたから君とは婚約破棄する』ってね」
 「ああ…あのくだらない」
 「まあ、くだらないですって、女はいつもロマンスを求めているのよ。愛は障害が多いほど燃えるものよ」
 「はあ─っ、そうなのか」

 ジルベスターはアディーナの方を問いかける様に見ていた。

 「私には分かりませんが…」
 「まあ可哀想にそんな燃える様な恋をしていないなんて、折角女性に生まれてきたのに勿体ないでしょう。今からでも遅くはないわ。相手なら他にいくらでもいるわよ」
 「おいおい、俺がその相手なのに不貞を唆すのは止めてくれよ!」

 面倒だとばかりにジルベスターは話を打ち切った。

 しかし、店長は話足りないのか。アディーナにこっそり耳打ちした。

 「ねえ、本当にそんな恋をしている人を知っているわ。今この二階にいるんだけれど、ほら降りてきた」

 アディーナが階段から降りてきた人物を見て驚いた。

 階段から楽しそうな笑い声と甘える様な声を出していたのはアンネローゼだった。

 そして、その隣の人物にも身に覚えがある。

 ──あれは…算術の先生ではなかったかしら…。

 恋人同士の様に腕を絡めて、くっついる様子は誰が見ても親密な関係だと分かる。

 でもおかしい。今は先生たちは試験問題を作成中のはず。

 こんな所で女子生徒と会っているなんて…。

 アディーナは訝しみながら、横目で見ていた。

 「それじゃあ、いつもの場所で」

 アンネローゼと先生は、アディーナとジルベスターに気付くことなく、仲良く店を出て行った。

 「どうしたんだ?」

 ジルベスターの問いにアディ―ナは今見たことを話すべきか迷っていた。

 アディーナが俯いて悩んでいる横で、ジルベスターは店主にこっそり目配せをしていた。
 
 だが、俯いて考え事をしていたアディーナにはその姿は見えていなかったのだった。
 
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

【完結】あなた方は信用できません

玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。 第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?

婚約破棄されましたが気にしません

翔王(とわ)
恋愛
夜会に参加していたらいきなり婚約者のクリフ王太子殿下から婚約破棄を宣言される。 「メロディ、貴様とは婚約破棄をする!!!義妹のミルカをいつも虐げてるらしいじゃないか、そんな事性悪な貴様とは婚約破棄だ!!」 「ミルカを次の婚約者とする!!」 突然のことで反論できず、失意のまま帰宅する。 帰宅すると父に呼ばれ、「婚約破棄されたお前を置いておけないから修道院に行け」と言われ、何もかもが嫌になったメロディは父と義母の前で転移魔法で逃亡した。 魔法を使えることを知らなかった父達は慌てるが、どこ行ったかも分からずじまいだった。

【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜

白崎りか
恋愛
「これは政略結婚だ。おまえを愛することはない」 初めて会った婚約者は、膝の上に女をのせていた。 男爵家の者達はみな、彼女が見えていないふりをする。 どうやら、男爵の愛人が幽霊のふりをして、私に嫌がらせをしているようだ。 「なんだ? まさかまた、幽霊がいるなんて言うんじゃないだろうな?」 私は「うそつき令嬢」と呼ばれている。 幼い頃に「幽霊が見える」と王妃に言ってしまったからだ。 婚約者も、愛人も、召使たちも。みんな私のことが気に入らないのね。 いいわ。最後までこの茶番劇に付き合ってあげる。 だって、私には見えるのだから。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった

白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。

処理中です...