いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

過厄の気配 3

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「あいつらは土地にこだわりがねぇからな。このほうが都合がいいんだろ」
 
 ザイードは、一瞬、足を止めたあと、バッと戸を開いた。
 そして、慌てて、室内に踏み込む。
 
「ここで、なにをしておる、ダイス!」
「お。ザイード、お帰り」
「お帰りではなかろう……なぜ、ここにおるのだ……」
 
 まったく悪びれた様子のないダイスに、肩を落とした。
 コルコやイホラは警戒心が強く、ファニは無関心というように、種族によって資質が異なる。
 ルーポ族は、とかくめずらしいものに目がない。
 ダイスの瞳が、興味津々といった光で、きらきらしている。
 
「この間の話な。やっぱりルーポは加勢するってことで、全員一致。そうなると、キャスが見たい見たいって言ってなぁ。単独で来るのも大変だったんだぞ。先にオレが確認して来るって言って、なんとかなだめたんだからな。わかるだろ?」
「……そうだの……」
「全員で押しかけられるよりマシだと思え」
「……そうよな……」
 
 ルーポ族に押しかけられたら、家が崩壊する。
 目に見えるようで、ザイードは額を押さえた。
 とりあえず、ダイスについては諦めるしかない。
 ダイスを止められなかったことで、シュザとノノマはしょげているし。
 
「もう、よい。それより、なにかキャスと話し合うておったようだが」
「ああ。魔物の種族について、オレが説明してたんだよ」
 
 ちらっと、シュザに視線を投げる。
 シュザが尾を下げて、しゅんとなった。
 キャスに魔物について教える役目を横取りされたからだろう。
 だが、ダイスを押しのけられるほど、シュザは剛毅ではない。
 
「ダイス」
「なんだ」
「そこを退け」
「え? 嫌だ」
「そこは、余の席ぞ? いつも、余が座っておるのだ」
「あっちに座ればいいだろ。オレのが、先に座ってたんだぜ?」
 
 ザイードの尾の先が、わずかに左右に振れる。
 それに気づいたらしく、キャスが困ったように眉を下げた。
 キャスに負担をかけるのは本意ではないので、しかたなくダイスの隣に座る。
 他種族の家に来ているというのに、ダイスには遠慮というものがないのだ。
 
「お! ザイード、いいもん持ってるじゃねぇか」
「おい……」
 
 持っていた紙と木炭を取り上げられそうになる。
 素早く、サッと手を上げ、それを阻止した。
 不満そうに、ダイスが鼻に、しわを寄せている。
 
「書いてやったほうが、キャスにも分かり易いぞ」
「ならば、余が書く。なにを書くつもりでおったのだ?」
「ああ、魔物の国の地図だな。どんなふうに種族ごとの土地があるかってやつ」
 
 ダイスの感情がコロコロと変わるのは知っていた。
 すでに表情も変わり、ザイードの手元を見ている。
 床に紙を置き、木炭で、まずガリダの土地を書いてみせた。
 
「ここがガリダとすると、その横が、オレらルーポの土地だ」
 
 言いながら、早く書けとばかりに、指で紙を指している。
 さわらないように指を浮かせているのは、爪で紙を破かないようにとの配慮だ。
 大雑把な性格ではあっても、まったく気遣いができないわけでもない。
 
「んで、ガリダの向かい側、ルーポの隣合わせにコルコ、その隣がイホラだ」
 
 ガリダもそうだが、ほとんどが楕円や、それに近い形の領地だった。
 4つの領地はくっついているものの、一応、境界はある。
 木に印をつけたり、石を置いたりして、境がわかるようにしていた。
 
「まとまると、なんとなく円になってますね。ああ、それで……」
「そうそう。それが、ファニなんだよ」
 
 ザイードは、その少し崩れた円の外を、さらに大きな円で囲んだ。
 ファニの領地は、4種族の領地すべてに面して外側にある。
 細い帯状の領地が、ファニ独特と言えた。
 
「あいつらは地面がなくてもへっちゃらなんでね。どっちかって言うと、いろんなもんが混じり合ってるほうがいいみたいなんだよな」
「いろんなもんって、なんですか?」
「それは……」
「ガリダは沼地を好むし、オレたちは森、コルコは岩場、イホラは林ってな具合に、好みの領地を分け合ってんだ。けど、ファニは、なにかコレってのがなくってさ。まぁ、色々ってことだ」
 
 シュザどころか、ザイードの話の腰を折っても、ダイスは平然としている。
 図々しいのも、ルーポの特徴だ。
 多少の気遣いはできても、慮るといったことはできない。
 基本的に、自らの好奇心を優先する。
 
(キャスが、ものめずらしく、楽しくてしかたないのであろうな……)
 
 ダイスは、ザイードより年上だった。
 しかし、好奇心に勝てないところは、子供と同じ。
 ただし、ダイスは「子供」ではないので、叱っても響かない。
 あれこれと理屈をつけて言い返してくるのが、始末に負えないのだ。
 
「そういう色々ですか……なんとなく、わかりました」
「そんで? 次は、なに知りたい? なんでも聞けよ」
 
 ダイスの尾が、ふわんふわんと揺れている。
 よほど楽しいらしい。
 
「魔物は、魔力で攻撃するんですよね?」
「殴ったり、蹴ったり、噛んだりもするけどな。それは、殺さない時用だ」
「それじゃ、魔力で攻撃する時なんですけど、攻撃の種類はひとつ?」
「いや、何種類かあるし、種族によっても違うぞ」
「種族ごとにも? いろんな攻撃方法があるってことですね」
 
 キャスは興味深げに、地図を見つめていた。
 そのキャスを、興味深げに、ダイスが見ている。
 嫌な予感しかしない。
 
「見せてやろうか?」
「よせ!」
「おやめください!」
「ダイス様!」
 
 ザイードも、シュザもノノマも、すかさず止めに入った。
 ダイスが魔力で攻撃などしようものなら、家が確実に崩壊してしまう。
 周りの家も、土埃だらけになるのは間違いない。
 ルーポ族の魔力は「土」の性質を扱うものなのだ。
 
「なんだよ。ケチケチすることねぇだろ? 見せたほうが早いって」
「家を壊されては困るのだ」
「それが、ケチくさいって言ってんだ。ンなもの、造り直せばすむのによ」
「それは……私も困るので……」
 
 キャスの言葉に、ダイスが首をかしげる。
 それから、はたとなったように、うなずいた。
 
「そっか。お前、まだ体が癒えてねぇんだったな。衝撃に耐えらんないか」
「そういうことです。元気になったら、外で……外で!見せてください」
「わかった。そのほうが、思いきり良く使えるし、気分いいぜ」
 
 ふう…と、シュザとノノマが息をついている。
 人には通用しなくても、魔物にとってダイスの攻撃は被害が伴うのだ。
 
 なにしろ、尾のひと振りで、地面が割れる。
 
「地面が割れる……? うーん……」
「いかがした、キャス?」
 
 キャスが、ザイードのほうに顔を向けた。
 紫紅の瞳が、少し光を取り戻している。
 目の前のことに集中している間は、悲しみから遠ざかっていられるのだろう。
 忘れはしないにしても、気が紛れるのは、悪いことではない。
 
「人は移動に乗り物を使うんです。その乗り物は、浮くことができるんですよ」
「浮く? 地に足をつけておらぬということか?」
「はい。ですから、地面が裂けたとしても、あまり意味はありません」
「だから、オレたちの攻撃は、ほとんど効かなかったんだな」
「でも……使いかた次第ですね」
「どういう意味だ?」
「逆はできませんか? 地面を裂くのではなく、地面を盛り上げるような……」
 
 キャスの言葉から推測する。
 おそらく、その乗り物は、高く浮くことができないのだ。
 むしろ、障害となるものがあれば、足を止めることができる。
 
「やれそうな気もするけど、やってみなきゃわかんねぇな」
「じゃあ、土を巻き上げて、砂山を作ったり」
「あ、それはできる。ガキでもできる」
 
 ふむふむと、キャスが、うなずいていた。
 その姿に、ザイードは感心する。
 ザイードも含め、現在の長は全員、「壁」ができてから産まれていた。
 なので、当時、どう戦ったのかまでは知らない。
 
(戦いかた次第、か。人に太刀打ちできぬと思い込んでおっただけかもしれぬ)
 
 人の持つ「武力」に対しての情報がないまま、自分たちの得意とする攻撃で対抗したものの、歯が立たなかった。
 だから「太刀打ちできない」と思ったに違いない。
 
 魔物は戦いかたを、あまり変えないのだ。
 得手不得手が明確であるため、得意な攻撃で戦おうとする。
 それが、通じなければ「相手のほうが強かった」と判断する傾向もあった。
 自らの得意技が、そもそも有効的に使えていない、などとは思いもしなかったのだろう。
 
「なぁ、ザイード」
「できぬ」
「まだ、なんも言ってねぇぞ」
「キャスを連れ帰りたいと言う気であろう」
「そのほうが、すぐに試せるし、キャスにも見せられるだろ?」
「いかんと言うたら、いかん。キャスは、ガリダの身内だ」
 
 きっぱりと言い切ったものの、そのうち、ルーポ族が押し寄せて来るような気がしてならない。
 人に反撃できるとなれば、ますます興味津々になるのは間違いないのだ。
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