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どうもこうもないでしょう 3
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セスは、ティファの父ジークに、好感をいだいていることを自覚している。
初めて会ったのだが、そんな感じがしない。
国王も気さくではあったし、良い人柄だ。
けれど、ジークには、そういうのとは違う種類の親近感を覚える。
自分の両親に対して良い印象のないセスにとっては、新鮮でもあった。
ティファを大事にしているのが、とてもよくわかる。
その点において、セスと共鳴しているのだ。
2人とも、ティファを愛している。
(こういう感覚は、初めてかもしれんな)
セスの母は、父カイネンを愛していたのだろう。
つい最近まで「愛」をよくわからずにいたため、当時は、理解できずにいた。
父は、母を大事にはしていたように思う。
だが、愛してはいなかったのではなかろうか。
テスアの国王は「心身ともに相性の良い」女を妻とする。
だとしても、それが「愛」となるかは別なのだ。
心身の相性が良くても、両親の気持ちはすれ違っていたに違いない。
父は、セスを身ごもって以来、母とは寝所を分けている。
そして、寝所に遊び女を引き込んだり、茶屋通いをしたりしていた。
よそで子こそ成さないかったものの、母と寝屋をともにすることもなかったのだ。
世継ぎであるセス以外に子をもうけないのが、母を尊重しているとの意思表示だったのかもしれない。
テスアは一夫一妻の国なので、妻以外の者との子など有り得なかった。
だが、歴代の国王の中には、ほかの女と成した子を引き取り、妻の子として育てさせることもなくはなかったのだ。
そういうところから、少なくとも、父が、母を大事には思っていたとわかる。
ただ、母には、それだけでは足りなかった。
父の愛がほしかったのだろう。
父を求める余り、セスのことは放ったらかし。
ほとんど宮仕えの者に任せていた。
父も父で、健やかさ以外に、子に関心をはらわなかった。
嫌でも耳に入ってくる、両親に対しての悪評。
自分に対しての言動はともかく、臣民への両親の心無い態度に、セスは、いつも憤りを感じていた。
結果、両親には良い感情をいだけなくなったのだ。
親が子に、子が親に、必ずしも愛情をいだけるとも思っていない。
そのせいなのか、ジークが眩しく見える。
堂々としていて、ティファに惜しみなく愛情を与えている姿を見せつけられていた。
(本当は、異国の地に、1人娘を嫁がせたくなどなかろうに)
テスアは、他国からすれば未知の国だ。
1人娘への心配は、計り知れない。
なのに、ジークは、微塵も、そういうそぶりを見せずにいた。
おそらく、セスではなく、ティファを信頼しているからだ。
信頼している娘が選んだのだから、と。
おまけに、ここまでの道のりは、ほとんどジークが段取りをつけている。
万が一、セスが「不合格」になったり、ロズウェルドでの立場を確立できなかったりした時のため、ティファには内緒にしていたようだけれども。
「ほら、受け取れ」
ひゅんっと放り投げられたものを、両手で受け止める。
丸い形をした、銀色のカフスリンクスだった。
「そっちの段取りは、そっちでやれよ、セス」
言葉に答えようと、手元に落としていた視線を上げる。
が、すでにジークの姿はなかった。
黒い烏が、飛んで行くのが見える。
「言いたいことだけ言って……」
ティファが、少し、しょんぼりしていた。
なにか言葉を返したかったのだろう。
「そういうのが苦手なのさ、ジークは」
「アイザックお祖父さまのようになりたくないだけかもね」
言って、国王と正妃が、笑った。
知らない名が出てきたので、セスは、ティファに誰なのか聞いておこうと思う。
自分は、ロズウェルドでは、ガルベリーではあるが、同時にローエルハイドでもあるのだ。
手の中のカフスリンクスが、それを証している。
「これが、ローエルハイドの紋章か」
「そう。ウチの紋章。ちょっとかわいいでしょ?」
セスは、その紋章を、じっと見つめた。
中央に、鳥が2羽、向き合い嘴を突き合わせている。
その周りに、植物のような模様があしらわれていた。
現国王と王妃、今となってはセスの義父母が思い出深そうに語る。
「ローエルハイドの紋章は独特なのだよ。ロズウェルドでも、そういう紋章はローエルハイドだけだね」
「お父さまの代で、少しデザインが増えたのよ。お母さま用にって、いくつかね」
「大公様は、レティ様に甘かったからなぁ」
セスは、死してなお大公と呼ばれるティファの祖父に会ってみたかったと思う。
彼は「人ならざる者」とされた、最初の人物だ。
その前の歴史は、よくわからないらしい。
この半月、ロズウェルドで過ごしている間に、ティファから聞いていた。
ティファは、自らの髪や目の色を気にしている。
祖父母のことを知りたがってもいた。
そのために、王宮図書館への出入り許可証を手に入れたのだそうだ。
ローエルハイドのことを調べたかったのだという。
『ウチにある資料って、ほとんどお祖父さまの代からのものなんだよね』
ティファは、そう言っていた。
それ以前の文献や記録がないらしい。
建国当初からの古い文献が保管されている王宮図書館で、なにかわかるかもしれないと考えている。
(俺も気になる……ティファが里帰りする際に、俺もともにロズウェルドに来ても良いかもしれんな)
テスアでの婚姻の儀式にジークが来た折には、ゆっくりと話もしたかった。
今夜、セスは、ひとまず1人でテスアに帰ることになっている。
準備に時間をかけるつもりはないが、それでも半月はかかるはずだ。
縁杯の儀専用の、衣装や座の用意をしなければならない。
「それじゃあ、帰る前に2人で過ごして来なよ。夕食のあと、迎えに行くからさ」
「当分、離れ離れになるものね。きっと寂しくてたまらなくなるわよ?」
2人の言葉に、ティファが隣で顔を赤くする。
ふっと笑い、セスは腰を上げた。
手を差し出し、ティファを促す。
その手に、ティファの手が乗せられた。
「それでは、お言葉に甘えて、しばし2人で過ごしてまいります」
セスに、2人が微笑む。
ロズウェルドに来るまでにはあった心配事は、ほとんど解消されていた。
周囲から、これほど祝福してもらえるとは考えてもいなかったのだ。
とくに、ジークには、嫌な顔をされると思っていた。
なにしろ、今日まで1度も顔を出さなかったのだから。
「せっかくだ。夕食まで散歩といくか」
「うん。あとちょっとしか一緒にいられないもんね」
「長く待つことはない。すぐに迎えに戻る」
ティファが、めずらしく素直にうなずく。
嬉しそうな表情に、胸が、きゅっとなった。
自分も嬉しいのだ、と感じる。
(嬉しい時にも、このような感覚になることがあるのだな)
すぐにも、ティファに口づけたかった。
が、まだガゼボから、それほど離れていない。
人目など、セスは気にしないのだけれども。
「あの庭に行くぞ」
勝手に決めて、ティファの手を引き、スタスタと歩く。
あそこなら、人目を忍べるからだ。
あの夜会の日も、ティファは口づけを嫌がらなかった。
実のところ、人のいない場所でティファと会うのが難しくなっている。
そのため、口づけもあれっきりになっているのだ。
(俺に我慢を強いるとは、真に不遜な女だ)
思いながらも、その女に惚れているのだから、しかたがない。
その我慢もあと少しだと、セスは気分を良くしつつ、迷いの庭に向かった。
初めて会ったのだが、そんな感じがしない。
国王も気さくではあったし、良い人柄だ。
けれど、ジークには、そういうのとは違う種類の親近感を覚える。
自分の両親に対して良い印象のないセスにとっては、新鮮でもあった。
ティファを大事にしているのが、とてもよくわかる。
その点において、セスと共鳴しているのだ。
2人とも、ティファを愛している。
(こういう感覚は、初めてかもしれんな)
セスの母は、父カイネンを愛していたのだろう。
つい最近まで「愛」をよくわからずにいたため、当時は、理解できずにいた。
父は、母を大事にはしていたように思う。
だが、愛してはいなかったのではなかろうか。
テスアの国王は「心身ともに相性の良い」女を妻とする。
だとしても、それが「愛」となるかは別なのだ。
心身の相性が良くても、両親の気持ちはすれ違っていたに違いない。
父は、セスを身ごもって以来、母とは寝所を分けている。
そして、寝所に遊び女を引き込んだり、茶屋通いをしたりしていた。
よそで子こそ成さないかったものの、母と寝屋をともにすることもなかったのだ。
世継ぎであるセス以外に子をもうけないのが、母を尊重しているとの意思表示だったのかもしれない。
テスアは一夫一妻の国なので、妻以外の者との子など有り得なかった。
だが、歴代の国王の中には、ほかの女と成した子を引き取り、妻の子として育てさせることもなくはなかったのだ。
そういうところから、少なくとも、父が、母を大事には思っていたとわかる。
ただ、母には、それだけでは足りなかった。
父の愛がほしかったのだろう。
父を求める余り、セスのことは放ったらかし。
ほとんど宮仕えの者に任せていた。
父も父で、健やかさ以外に、子に関心をはらわなかった。
嫌でも耳に入ってくる、両親に対しての悪評。
自分に対しての言動はともかく、臣民への両親の心無い態度に、セスは、いつも憤りを感じていた。
結果、両親には良い感情をいだけなくなったのだ。
親が子に、子が親に、必ずしも愛情をいだけるとも思っていない。
そのせいなのか、ジークが眩しく見える。
堂々としていて、ティファに惜しみなく愛情を与えている姿を見せつけられていた。
(本当は、異国の地に、1人娘を嫁がせたくなどなかろうに)
テスアは、他国からすれば未知の国だ。
1人娘への心配は、計り知れない。
なのに、ジークは、微塵も、そういうそぶりを見せずにいた。
おそらく、セスではなく、ティファを信頼しているからだ。
信頼している娘が選んだのだから、と。
おまけに、ここまでの道のりは、ほとんどジークが段取りをつけている。
万が一、セスが「不合格」になったり、ロズウェルドでの立場を確立できなかったりした時のため、ティファには内緒にしていたようだけれども。
「ほら、受け取れ」
ひゅんっと放り投げられたものを、両手で受け止める。
丸い形をした、銀色のカフスリンクスだった。
「そっちの段取りは、そっちでやれよ、セス」
言葉に答えようと、手元に落としていた視線を上げる。
が、すでにジークの姿はなかった。
黒い烏が、飛んで行くのが見える。
「言いたいことだけ言って……」
ティファが、少し、しょんぼりしていた。
なにか言葉を返したかったのだろう。
「そういうのが苦手なのさ、ジークは」
「アイザックお祖父さまのようになりたくないだけかもね」
言って、国王と正妃が、笑った。
知らない名が出てきたので、セスは、ティファに誰なのか聞いておこうと思う。
自分は、ロズウェルドでは、ガルベリーではあるが、同時にローエルハイドでもあるのだ。
手の中のカフスリンクスが、それを証している。
「これが、ローエルハイドの紋章か」
「そう。ウチの紋章。ちょっとかわいいでしょ?」
セスは、その紋章を、じっと見つめた。
中央に、鳥が2羽、向き合い嘴を突き合わせている。
その周りに、植物のような模様があしらわれていた。
現国王と王妃、今となってはセスの義父母が思い出深そうに語る。
「ローエルハイドの紋章は独特なのだよ。ロズウェルドでも、そういう紋章はローエルハイドだけだね」
「お父さまの代で、少しデザインが増えたのよ。お母さま用にって、いくつかね」
「大公様は、レティ様に甘かったからなぁ」
セスは、死してなお大公と呼ばれるティファの祖父に会ってみたかったと思う。
彼は「人ならざる者」とされた、最初の人物だ。
その前の歴史は、よくわからないらしい。
この半月、ロズウェルドで過ごしている間に、ティファから聞いていた。
ティファは、自らの髪や目の色を気にしている。
祖父母のことを知りたがってもいた。
そのために、王宮図書館への出入り許可証を手に入れたのだそうだ。
ローエルハイドのことを調べたかったのだという。
『ウチにある資料って、ほとんどお祖父さまの代からのものなんだよね』
ティファは、そう言っていた。
それ以前の文献や記録がないらしい。
建国当初からの古い文献が保管されている王宮図書館で、なにかわかるかもしれないと考えている。
(俺も気になる……ティファが里帰りする際に、俺もともにロズウェルドに来ても良いかもしれんな)
テスアでの婚姻の儀式にジークが来た折には、ゆっくりと話もしたかった。
今夜、セスは、ひとまず1人でテスアに帰ることになっている。
準備に時間をかけるつもりはないが、それでも半月はかかるはずだ。
縁杯の儀専用の、衣装や座の用意をしなければならない。
「それじゃあ、帰る前に2人で過ごして来なよ。夕食のあと、迎えに行くからさ」
「当分、離れ離れになるものね。きっと寂しくてたまらなくなるわよ?」
2人の言葉に、ティファが隣で顔を赤くする。
ふっと笑い、セスは腰を上げた。
手を差し出し、ティファを促す。
その手に、ティファの手が乗せられた。
「それでは、お言葉に甘えて、しばし2人で過ごしてまいります」
セスに、2人が微笑む。
ロズウェルドに来るまでにはあった心配事は、ほとんど解消されていた。
周囲から、これほど祝福してもらえるとは考えてもいなかったのだ。
とくに、ジークには、嫌な顔をされると思っていた。
なにしろ、今日まで1度も顔を出さなかったのだから。
「せっかくだ。夕食まで散歩といくか」
「うん。あとちょっとしか一緒にいられないもんね」
「長く待つことはない。すぐに迎えに戻る」
ティファが、めずらしく素直にうなずく。
嬉しそうな表情に、胸が、きゅっとなった。
自分も嬉しいのだ、と感じる。
(嬉しい時にも、このような感覚になることがあるのだな)
すぐにも、ティファに口づけたかった。
が、まだガゼボから、それほど離れていない。
人目など、セスは気にしないのだけれども。
「あの庭に行くぞ」
勝手に決めて、ティファの手を引き、スタスタと歩く。
あそこなら、人目を忍べるからだ。
あの夜会の日も、ティファは口づけを嫌がらなかった。
実のところ、人のいない場所でティファと会うのが難しくなっている。
そのため、口づけもあれっきりになっているのだ。
(俺に我慢を強いるとは、真に不遜な女だ)
思いながらも、その女に惚れているのだから、しかたがない。
その我慢もあと少しだと、セスは気分を良くしつつ、迷いの庭に向かった。
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