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理不尽陛下の甘やかな囁き 2
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テスアに飛ばされた日から、半年が経とうとしている。
ティファが魔力抑制を身につけたり、両国の婚姻の儀の準備をしたり、忙しくて、知らない間に月日が過ぎていた。
ようやく婚姻まで、あと半月。
(それでも早いほうだって、叔母さまは仰ってたっけ。セスは、テスアでは国王、こっちでも王族だもんなぁ)
養子であっても、国王の息子という扱いのため、一般王族とは違う。
ロズウェルドでは、一般王族の場合は、貴族で流行りの式を行うことが多い。
だが「第2王子」となれば、婚姻の儀を行う必要があった。
王太子ほど大仰なものにはならないと聞かされてはいる。
(まぁ、貴族風の式より……いいかもしれないよね。儀式風のほうが)
貴族の式も、以前は格式ばった堅苦しいものだった。
それが変わったのは、ティファの祖父母の時代だ。
ティファ、それにリドレイの双子の祖父母は、王都にあるローエルハイドの屋敷で婚姻の式をあげている。
それが評判になり、以来、貴族らは、その式の真似をするようになった。
(誓いの口づけ、とかさ……セスの柄じゃないっていうか……私も、人前で口づけなんて恥ずかしいから、したくないもん)
これは本音だ。
セスとの口づけが嫌なのではない。
人に見られている、ということに抵抗がある。
参列者として呼ばれる、あまり親しくない人や知らない人ならば、まだいい。
父やソルを筆頭に「身内」に見られるのが恥ずかしいのだ。
たとえ「誓い」であっても。
なので、そういうものがない「儀式」のほうが、気持ちが楽だった。
誓うことに変わりがないのなら、恥ずかしくないほうがいい。
「ティファ」
「あ、お父さま」
ティファは、座っていた、屋外にあるベンチから立ち上がる。
今日は、森の家に来ていた。
周囲の木々の葉は色を変え、秋の景色になりつつある。
まだ寒いというほどではないが、婚姻の頃には肌寒くなっているだろう。
父が、ベンチに、どすんと腰かけた。
それを見て、ティファも座り直す。
父は、相変わらず、好きな時に、好きな場所に顔を出すのだ。
即言葉を使っての事前連絡などしない。
「オレと婚姻した時、フィオナは16だった」
父が、ティファに母の話をすることは、滅多になかった。
そのため、どういう事情があったのか、本当のところ、よく知らない。
文献で、両親の婚姻の際、アドラントが、ロズウェルドに併合されたのは知っているけれども。
「他国の姫ってのは知ってたけど、たいしたことじゃねーって思ってたんだよな。なのに、父上には大反対されるし、ジーンにも難しいって言われるし。意味わかんねーってカンジ」
ジーンというのは、ユージーン・ウィリュアートン。
キースの父親であり、父の後見人でもある人だった。
「けど、フィオナは第1皇女で、世継ぎだったんだよ」
「えっ? そうなのっ?」
父が、ちらっとティファに視線を投げつつ、肩をすくめる。
第1皇女であることも知ってはいたが、国の後継ぎだったとは知らなかった。
アドラント国が小国だったからか、文献にも詳しくは書かれていないのだ。
むしろ、併合後のほうが、記されていることは多い。
「それは……大変なことだね。お母さまは、次期女王だったってことでしょ?」
「まぁ、そういうことだ」
「だから、お祖父さまは反対してたの?」
「婚姻自体っていうより、後のことを考えてたんだろうな」
「……併合することになるって、わかってたから?」
父が、また肩をすくめた。
いくら小国でも併合するとなると、大事だ。
祖父は、それを予見して反対していたらしい。
「けど、オレは押し切った。父上に反抗したっていうか、歯向かったのは、あれが最初で最後だった」
ずっとソルを見てきたので、なんとなくわかる。
口では文句を言ったり、勝手な行動を取ったりしているように見えても、1度も父に、本気で逆らったことはないのだ。
ティファには、ソルが、父に歯向かう姿が想像できない。
「オレも好き勝手やってきたってことサ。だから、ティファ。お前も好き勝手していいんだぞ。助けがいる時は、そう言え。お前が婚姻してもオレらは家族なんだ。家族ってのは、1番、我儘できる相手なんだぜ?」
ティファの頭を、ぐしゃぐしゃっと、父が撫で回した。
髪の毛は、ぼさぼさになっているだろうが、かまわない。
父の言葉が嬉しかった。
「父上が、年中、母上を心配してた理由がわかる気がしたな」
「お祖母さまを愛してたからでしょ?」
「それはそーだケド! 母上は、とにかく無茶する人だったんだよ」
「え……あ~……」
実は、ティファが、リドレイの屋敷で見つけたのは「色みほん」だけではない。
日記帳もあった。
中に「誰にも見せられない」と書いてあったので、父にも内緒にしているのだ。
書かれている内容からすると、父の言葉にうなずけた。
「やれることだけならともかく、やれねーことまでやろうとすんだからな。お前は真似すんじゃねーぞ? そこまで似なくていい」
ティファの中には「人ならざる者」の力が、内在している。
すっかり自分のものにする前に魔力を香炉に移したからか、実感はなかったが、あるのは間違いない。
だから、父は心配しているのだろう。
愛する者のために、ティファ自身を犠牲にしてしまうことを。
「それ、セスにも釘さされてるんだよね。命まで放り出すなって」
「だろーな。あン時のセスは、自分が死んだほうが良かったってツラしてたぞ? 惚れたオトコに、あんな顔させんな」
「……うん……わかった。それだけは、気をつける」
「それだけかよ」
ははっと、父が笑った。
その姿に、胸が、きゅっとなる。
長く守ってもらった。
ソルにもだけれど、父の守りかたは独特だ。
ひどく心配しているのは確かなのに、ティファの意志が固いとなると、いつでも自由にさせてくれる。
学校の時も、今回も。
「お父さま、あのね……」
「そーいうのは苦手だって、知ってんだろ、ティファ」
すくっと、父が立ち上がった。
こうやって、礼のひとつも言わせてくれない。
相変わらずだ。
ぱちん。
父が指を弾く。
普通の魔術師なら、魔術の発動に動作が必要だった。
が、父やソルには必要ないのだけれども。
「セス! ティファが、お前に会いたいってよ!」
「はあっ?!」
見れば、点門が開いている。
向こうは、セスの寝所、ではなく、息室だ。
婚姻前だが、父は約束通り、いくつかの部屋に転移疎外をかけ、点門の移動先を息室に変えてくれた。
セスの立ち上がる姿が見える。
近くにいたルーファスは、目を見開いていた。
初めて見たからだろう。
とはいえ、ルーファスは優秀なので、きっと驚いたことよりも、父の言葉のほうを記憶に留めておくに違いない。
「なんで、そういうこと言うの?!」
「間違ってねーと思うケド?」
セスは、ルーファスに「あとは任せる」と言い、すたすたと歩いて来る。
このあと、なにを言われるやら。
「この辺りには誰もいねーことだし、好きなだけイチャイチャしてろ」
「お父さまっ!!」
顔を赤くして怒鳴るも、父はすでに空の上。
父らしいと言えば父らしいが、丸投げはあんまりだ。
小さく呻くティファの元に、セスが、歩み寄って来る。
ティファが魔力抑制を身につけたり、両国の婚姻の儀の準備をしたり、忙しくて、知らない間に月日が過ぎていた。
ようやく婚姻まで、あと半月。
(それでも早いほうだって、叔母さまは仰ってたっけ。セスは、テスアでは国王、こっちでも王族だもんなぁ)
養子であっても、国王の息子という扱いのため、一般王族とは違う。
ロズウェルドでは、一般王族の場合は、貴族で流行りの式を行うことが多い。
だが「第2王子」となれば、婚姻の儀を行う必要があった。
王太子ほど大仰なものにはならないと聞かされてはいる。
(まぁ、貴族風の式より……いいかもしれないよね。儀式風のほうが)
貴族の式も、以前は格式ばった堅苦しいものだった。
それが変わったのは、ティファの祖父母の時代だ。
ティファ、それにリドレイの双子の祖父母は、王都にあるローエルハイドの屋敷で婚姻の式をあげている。
それが評判になり、以来、貴族らは、その式の真似をするようになった。
(誓いの口づけ、とかさ……セスの柄じゃないっていうか……私も、人前で口づけなんて恥ずかしいから、したくないもん)
これは本音だ。
セスとの口づけが嫌なのではない。
人に見られている、ということに抵抗がある。
参列者として呼ばれる、あまり親しくない人や知らない人ならば、まだいい。
父やソルを筆頭に「身内」に見られるのが恥ずかしいのだ。
たとえ「誓い」であっても。
なので、そういうものがない「儀式」のほうが、気持ちが楽だった。
誓うことに変わりがないのなら、恥ずかしくないほうがいい。
「ティファ」
「あ、お父さま」
ティファは、座っていた、屋外にあるベンチから立ち上がる。
今日は、森の家に来ていた。
周囲の木々の葉は色を変え、秋の景色になりつつある。
まだ寒いというほどではないが、婚姻の頃には肌寒くなっているだろう。
父が、ベンチに、どすんと腰かけた。
それを見て、ティファも座り直す。
父は、相変わらず、好きな時に、好きな場所に顔を出すのだ。
即言葉を使っての事前連絡などしない。
「オレと婚姻した時、フィオナは16だった」
父が、ティファに母の話をすることは、滅多になかった。
そのため、どういう事情があったのか、本当のところ、よく知らない。
文献で、両親の婚姻の際、アドラントが、ロズウェルドに併合されたのは知っているけれども。
「他国の姫ってのは知ってたけど、たいしたことじゃねーって思ってたんだよな。なのに、父上には大反対されるし、ジーンにも難しいって言われるし。意味わかんねーってカンジ」
ジーンというのは、ユージーン・ウィリュアートン。
キースの父親であり、父の後見人でもある人だった。
「けど、フィオナは第1皇女で、世継ぎだったんだよ」
「えっ? そうなのっ?」
父が、ちらっとティファに視線を投げつつ、肩をすくめる。
第1皇女であることも知ってはいたが、国の後継ぎだったとは知らなかった。
アドラント国が小国だったからか、文献にも詳しくは書かれていないのだ。
むしろ、併合後のほうが、記されていることは多い。
「それは……大変なことだね。お母さまは、次期女王だったってことでしょ?」
「まぁ、そういうことだ」
「だから、お祖父さまは反対してたの?」
「婚姻自体っていうより、後のことを考えてたんだろうな」
「……併合することになるって、わかってたから?」
父が、また肩をすくめた。
いくら小国でも併合するとなると、大事だ。
祖父は、それを予見して反対していたらしい。
「けど、オレは押し切った。父上に反抗したっていうか、歯向かったのは、あれが最初で最後だった」
ずっとソルを見てきたので、なんとなくわかる。
口では文句を言ったり、勝手な行動を取ったりしているように見えても、1度も父に、本気で逆らったことはないのだ。
ティファには、ソルが、父に歯向かう姿が想像できない。
「オレも好き勝手やってきたってことサ。だから、ティファ。お前も好き勝手していいんだぞ。助けがいる時は、そう言え。お前が婚姻してもオレらは家族なんだ。家族ってのは、1番、我儘できる相手なんだぜ?」
ティファの頭を、ぐしゃぐしゃっと、父が撫で回した。
髪の毛は、ぼさぼさになっているだろうが、かまわない。
父の言葉が嬉しかった。
「父上が、年中、母上を心配してた理由がわかる気がしたな」
「お祖母さまを愛してたからでしょ?」
「それはそーだケド! 母上は、とにかく無茶する人だったんだよ」
「え……あ~……」
実は、ティファが、リドレイの屋敷で見つけたのは「色みほん」だけではない。
日記帳もあった。
中に「誰にも見せられない」と書いてあったので、父にも内緒にしているのだ。
書かれている内容からすると、父の言葉にうなずけた。
「やれることだけならともかく、やれねーことまでやろうとすんだからな。お前は真似すんじゃねーぞ? そこまで似なくていい」
ティファの中には「人ならざる者」の力が、内在している。
すっかり自分のものにする前に魔力を香炉に移したからか、実感はなかったが、あるのは間違いない。
だから、父は心配しているのだろう。
愛する者のために、ティファ自身を犠牲にしてしまうことを。
「それ、セスにも釘さされてるんだよね。命まで放り出すなって」
「だろーな。あン時のセスは、自分が死んだほうが良かったってツラしてたぞ? 惚れたオトコに、あんな顔させんな」
「……うん……わかった。それだけは、気をつける」
「それだけかよ」
ははっと、父が笑った。
その姿に、胸が、きゅっとなる。
長く守ってもらった。
ソルにもだけれど、父の守りかたは独特だ。
ひどく心配しているのは確かなのに、ティファの意志が固いとなると、いつでも自由にさせてくれる。
学校の時も、今回も。
「お父さま、あのね……」
「そーいうのは苦手だって、知ってんだろ、ティファ」
すくっと、父が立ち上がった。
こうやって、礼のひとつも言わせてくれない。
相変わらずだ。
ぱちん。
父が指を弾く。
普通の魔術師なら、魔術の発動に動作が必要だった。
が、父やソルには必要ないのだけれども。
「セス! ティファが、お前に会いたいってよ!」
「はあっ?!」
見れば、点門が開いている。
向こうは、セスの寝所、ではなく、息室だ。
婚姻前だが、父は約束通り、いくつかの部屋に転移疎外をかけ、点門の移動先を息室に変えてくれた。
セスの立ち上がる姿が見える。
近くにいたルーファスは、目を見開いていた。
初めて見たからだろう。
とはいえ、ルーファスは優秀なので、きっと驚いたことよりも、父の言葉のほうを記憶に留めておくに違いない。
「なんで、そういうこと言うの?!」
「間違ってねーと思うケド?」
セスは、ルーファスに「あとは任せる」と言い、すたすたと歩いて来る。
このあと、なにを言われるやら。
「この辺りには誰もいねーことだし、好きなだけイチャイチャしてろ」
「お父さまっ!!」
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