理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

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後日談

どれもこれもとありまして

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「ぇえっ? そうだったのっ?!」
 
 ティファは、初耳のことに、ぎょっとしている。
 目の前には、ティファの先生であるルーファスが座っていた。
 ここは「玉宝殿」と呼ばれる国王の屋敷。
 その中の息室という部屋だ。
 いうなれば、国王が気軽に過ごす、私室のようなものに近い。
 
 ルーファスは、栗色の瞳と髪の、すっきりした顔立ちをしている。
 ティファの伴侶を「鷲+狼色」とするならば、ルーファスは、崖に平然と立っている、立派なツノを持つ「牡鹿」といったふう。
 一見、優しそうに見えるが、厳しい面もあるからだ。
 
 ティファが、ここ北方諸国のひとつ、テスアという国に嫁いで、ふた月。
 ようやく祝宴が終わった。
 そこで、日常の公務を調整しつつ、テスアについて学んでいる。
 が、話言葉は、ロズウェルドの言葉を使っていた。
 
 ティファは、大国ロズウェルド王国にある公爵家の1人娘、ティファナローゼ・ローエルハイド。
 つまり、他国に嫁いだことになる。
 とはいえ、ロズウェルドは、この大陸唯一の魔術師がいる国。
 とくにティファは、特異な魔術師の家系であるため、他国との交流を、いっさい断っているテスアにも、家族や親戚らは魔術を使い、平気でやってくる。
 
 そうした事態に対応するため、ルーファスも「ロズウェルドの言葉を、より学びたい」とのことで、こうしてロズウェルドの言葉を使っているのだ。
 もちろん公務の時や勉強の時間以外は、ティファはテスアの言葉を使っている。
 かなり慣れてきて、町にいる民の言葉も少しならわかるようになってきた。
 
「膝役は、膝を枕にするわけではなかったのですね?」
「陛下は、肘置きとされておられました」
「肘置き……」
 
 膝役とは、ティファの伴侶である、テスアの国王の世話をする役目のひとつ。
 今はすべてティファに一任されているが、以前は、個別の役だったそうだ。
 それすらも、ルーファスに聞かなければ知らないところだった。
 ましてや、膝役は「膝枕をする役」だと思い込んでおり、肘置きの代わりをする役だったなんて知らずにいた。
 
「ティファ様は、箸役についても誤解されていると思います」
 
 ルーファスは、元々、ロズウェルドの言葉を話せる。
 が、どこかぎこちなさもあり、まだ貴族言葉の域だ。
 ティファ自身は、ルーファスに「民言葉」は似合わないと思っている。
 
 ロズウェルドには「民言葉の字引き」というものがあり、貴族言葉とは違う表現方法が存在していた。
 公では使われないし、俗語という扱いなのだ。
 
 無理に覚える必要はないのだが、ティファの父は民言葉しか使わない。
 なので、ルーファスは、どうしても覚えたいのだと言う。
 それは今後の課題だ。
 
「これまでの箸役は、陛下とともに食すことはありませんでした」
「ということは、同じ箸を使うことも……」
「当然、ございません」
 
 うはぁと、ひっくり返りそうになる。
 知らなかったこととは言え、人前で「あーん」を、やり放題していたらしい。
 変なの、とティファだって思いはした。
 けれど、他国には他国の風習がある。
 これも、そのひとつだろうと、深くは考えなかった。
 
 そもそも、ロズウェルドに「箸役」なんてなかったし。
 ティファの伴侶も、なにも言わなかったし。
 
(知らないって、やっぱり怖いわ……もっと勉強しとかないと、どんな失敗するかわかんないよね。思い込みは良くない……)
 
 失敗した魔術に巻き込まれ、テスアに飛ばされてきた時から、そうだ。
 勘違いや思い込みから、ティファは、いくつもの失敗をしている。
 どうしても慣れ親しんだ故郷の風習に置き換えて考えてしまっていた。
 
「召し替え役や湯殿役についても、印象は異なると思います」
「印象って…………気づいていました?」
「はい」
 
 ちらっと上目遣いに見ていたのだが、ルーファスは視線をそらせている。
 テスアでは「陛下」と敬称のつく人とは、目を合わせる習慣がないのだ。
 勉強中以外、ルーファスは、けして、ティファを名を呼んだりはしない。
 教えを乞うている身という理由で、ティファが、今まで通り呼ぶことを、あえて頼んでいた。
 
「それらの役の共通の特性は、陛下の肌にふれることです」
 
 自分の恋心に気づいたあとで、ティファは、いっときロズウェルドに逃げ戻っていたことがある。
 好きな相手が、ほかの女性にふれたり、ふれられたりするのが、想像以上にこたえたのだ。
 召し替え役は服を着替えさせるし、湯殿役にいたっては、髪や背中を洗う。
 肌にふれずにすませられるはずがない。
 
「ですが、それらの役を任じられるのは、寝所役を申し出ないような者に限られています。我が地では、古き時より“かぼちゃ”と呼ばれる者たちです」
「かぼちゃというのは、野菜のかぼちゃ?」
「おそらく。昔から性に関心のない者を、なぜかそのように呼んでおります。総称として分かり易いからか、自ら口にすることも少なくないのです」
 
 テスアには、男女の別があまりない。
 裁定を受ける必要はあるが、役目も好きに決めることができる。
 貴族はこう、令嬢はこうあるべき、といった縛りはないのだ。
 その考えは、貴族らしい貴族が嫌いなティファにとっては、性に合っていた。
 
「ですから、自分は“かぼちゃ”なので湯殿役を任じてほしい、という要望もあるのです。陛下は、その者たちに、順繰りに役目を担わせておりました」
「……それは、湯殿で襲われないようにという……?」
「そうした配慮も、当然ございました」
 
 つくづくと、この国の国王は大変だと思う。
 そこまで考えて役を任じなければならないのだから。
 
 一君万民。
 
 テスアの頂点は、ティファの伴侶、セジュルシアン・カイネンソンただ1人。
 国王以外は、等しく臣民とされ、身分に違いはない。
 任せられる役目の軽重や、それに伴う給金の差はあっても上下関係はないのだ。
 たとえば指示をする者が己自身に力があると勘違いをして横柄な態度に出たり、不当な要求をすれば、直ちに罰せられる。
 
「ご安心なさいましたか?」
 
 言葉に、顔が熱くなった。
 それほど自分は分かり易いのだろうか、と思う。
 王妃となった今も、ティファは、そのまま以前の役目を担っていた。
 が、時々は、前は誰がしていたのだろうと、気にしていたのだ。
 
「だって、陛下は、女性に人気があるでしょ?」
「いいえ。女性にも男性にも、です」
「あ、うん……だよね……」
 
 テスアのいいところでもあり、ちょっぴり不安なところでもある。
 この国では、色恋に関しても、男女の別がほとんどない。
 異性同士も同性同士も、同様に扱われる。
 婚姻だってできるのだ。
 
 ロズウェルドなどでいう男色といった考えかたとは、まるで違う。
 そして、ほとんどの場合「身分違いの恋」もない。
 あるとすれば、国王との間にだけ存在する。
 臣下と呼ばれる宮仕えの者が民と、民が宮仕えの者と婚姻することもあった。
 
 それに対して、誰もなにも言わない。
 国王も報告を受けると「さようか。それはめでたきことだ」と言うくらいだ。
 ただし、婚姻の解消については、甚だしく裁定が厳しくなっている。
 男女の別をどう呼ぶかはともかく、テスアは一夫一妻制。
 安易な婚姻を抑止するため、厳しくなっているらしい。
 
 ティファは、そうしたことを、ルーファスから学んでいる。
 また、ちらっと上目遣いでルーファスを見た。
 涼しげな雰囲気が、非常に美麗と言える。
 
「お顔に出ておりますよ、ティファ様」
「え? な、なにが?」
「私が、陛下に“懸想けそう”をしているとでも?」
「い、いや、ルーが懸想なんて……ねえ……思ってません、全然……少しも……」
 
 わざとだろう、ルーファスは、懸想のところだけ、テスアの言葉を使った。
 否定はしたものの、疑わしそうに見られ、ティファは曖昧に笑ってみせる。
 ルーファスは、小さく息をついた。
 
「あれほど寵愛を受けておきながら、嫉妬が過ぎますね」
「ルーも人気があるでしょう? なのに、浮いた話を聞かないので」
「これという人がいないのです。ただ、最近、少し婚姻に興味を持ち始めました」
 
 ほほう、と、それこそルーファスの婚姻話に、ティファは興味津々。
 思わず、体を乗り出した。
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