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風変わりな次期君主 4
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アントワーヌは腹立ちを隠しきれずにいる。
自分のあずかり知らないところで、勝手に事を進められたからだ。
「ガスパール、なぜジョゼフィーネをロズウェルドなどに送った」
ガスパール・ノアルク公爵は40歳と、ちょうどアントワーヌの倍の年齢。
まだ若々しく、外見も魅力的だった。
赤茶色の髪に、薄茶の瞳に惹かれる者は多い。
妻はいるが、社交界で浮き名を流している。
手当たり次第というわけではないため、好色家とは見做されていなかった。
が、アントワーヌは、心密かにガスパールを好色な者だと蔑んでいる。
ジョゼフィーネの母親のことがあったからだ。
彼女の母親は、貧乏貴族の娘だった。
本来なら相手にされないほど、ガスパールとは身分に差がある。
側室ではなく愛妾だったのは、ほとんど、それが理由だ。
ガスパールは、髪の色がめずらしかったというだけで、ジョゼフィーネの母親を愛妾にした。
リフルワンスには、めずらしい髪の色を持つ者が産まれ易い。
他国には見られない、緑や黄、オレンジに水色、といったものだ。
多くはないものの、人口の0.05%ほどいる。
貴族の中では、そういう髪色を特別視する傾向があった。
麗しく、尊い者として扱われる。
必然的に、めずらしい髪色を持つ家は、ほかの貴族より優位に立てるのだ。
だから、ガスパールは、自分の家にもと考えたのだろうけれど。
思惑は、見事に大外れ。
リフルワンスの、愛妾に対する差別意識は根強いものがある。
いくらめずらしい髪色であっても、愛妾の産んだ子という格付けは、覆しようがなかった。
結果、ノアルク公爵家は、逆に外聞の悪いことになってしまったのだ。
そのせいでジョゼフィーネが虐げられ、誰からも見向きもされずにいたことを、アントワーヌは知っている。
(私とて事情はわかる。わかっているつもりだが……)
愛妾にするだけなら周りから、とやかくは言われない。
どんなに寵愛しようとも、愛妾は愛妾でしかないからだ。
正妃や側室とは格が違う。
子を成さない限り、周囲からの理解は得られていた。
が、ひとたび子を成したとなると、状況は、がらりと変わる。
その子を、父親は認知せざるを得ない。
当然に、正妃や側室は、それを快くは思わないのだ。
だから、そこに「区別」という名の差別が生じる。
自分たち「正当」な者と、お前は立場が違うのだと。
たとえ認知されても勘違いしないよう、常に釘を刺されることになる。
蔑まれ、虐げられるのが、愛妾の子だった。
ならば、子を成さないよう、予防措置に努めるべきだが、むしろ愛妾を相手に、そこまでの手間をかける男が少ないのが現実なのだ。
(ジョージーは、私にとって大事な者だ。失いたくないと思い続けてきた)
そのためにこそ、選びたくない道ですらも選ぶつもりでいた。
幼い頃から、ずっとジョゼフィーネに恋をしている。
めずらしい緑の髪をしているからではない。
それも含めてではあるが、彼女の控え目な性格が、なにより愛しかった。
アントワーヌは、ジョゼフィーネを手放す気などなかったのだ。
「あれを、殿下が気に入ってくださっているのは存じておりましたがね」
ガスパールが面倒そうに言う。
説明を求められているのが不服なのだろう。
ガスパールは、リフルワンス王族を助けたくらいに思っているに違いない。
「しかたがないことではないですかな? ロズウェルドの要求に応じない、などという選択肢があるとでも?」
「だとしても、なぜ彼女を選んだ」
「それは……殿下にも、おわかりいただけるでしょう?」
ガスパールの言葉には、嫌味がたっぷり含まれている。
なんとも苦々しい気分になった。
「ロズウェルドが、それを問題にしたらどうする?」
「その時は、それほど問題になるとは思わなかったと申し上げますよ」
実際、ロズウェルド王国が「愛妾の子」を問題にするかは、わからない。
リフルワンスとロズウェルド王国には、正式な国交がないからだ。
断絶してはいないが、内情は明確になっていなかった。
輸出入の取引はあっても、王族同士ですらまともな交流を望めずにいる。
リフルワンス国内の、ロズウェルド王国に対する強い忌避感情は、王族でも御しきれない。
百年以上も前の戦争の恨みを未だにかかえ続けていた。
そもそも戦争責任はリフルワンスにある。
が、自らの罪を認めたくないがゆえに、頑なになっていると言えた。
「ジョゼフィーネは……その申し出を受け入れたのか?」
「当然ですとも」
聞かなくてもわかっていたことを聞いている。
ジョゼフィーネに選択権などないに決まっていた。
ただでさえ彼女に居場所はなかったのだ。
ひたすら耐え忍ぶだけの毎日を送ってきている。
それも、アントワーヌは知っていた。
あの寂れた庭園で隠れての逢瀬。
アントワーヌの前でだけ、ジョゼフィーネは笑顔を見せてくれたのだ。
(私が、もっと早く決断していれば……)
悔やんでも取り返しはつかない。
ジョゼフィーネは、もうこの国から去っている。
だとしても、どうしても諦めきれずにいた。
9歳の頃から11年も、ジョゼフィーネを想い続けている。
「お前の考えは、よくわかった。これで失礼する」
「ああ、殿下。我が家には2人の娘がおります。殿下には、殿下に相応しい女性がいることを、お忘れなきよう」
「私の正妃は、私が決める。差し出がましい口をきくのはやめろ」
言い捨てて、アントワーヌはガスパールに背を向けた。
ノアルク公爵家を出て、馬車で王宮に戻る間も、ジョゼフィーネのことが頭から離れない。
ロズウェルド王国で、どれほど不安にさいなまれていることだろう。
怖くてたまらないはずだ。
ロズウェルド王国で英雄と讃えられている人物は、リフルワンスの仇。
恐ろしい魔術師だった。
わずかな時間で、あっという間に、リフルワンス兵数十万を皆殺しにしたのだから。
「ロズウェルドは、そういう国だ。魔術師などという恐ろしい生き物が跋扈している」
そんな国に、ジョゼフィーネは送られのだ。
アントワーヌは、自分の優柔不断さを、心底、嘆く。
ジョゼフィーネを愛しく思うからこそ逡巡していたのではあるけれども。
馬車の中、両手で顔を押さえ、うなだれた。
ずっと見続けてきた彼女の、はにかんだ笑顔が浮かんでくる。
「取り返す方法が、何か……何かあるはずだ……」
相手は、この大陸で最強の国家、ロズウェルド王国。
それでも、ジョゼフィーネを諦めきれないのなら、取り返すしかないのだ。
自分のあずかり知らないところで、勝手に事を進められたからだ。
「ガスパール、なぜジョゼフィーネをロズウェルドなどに送った」
ガスパール・ノアルク公爵は40歳と、ちょうどアントワーヌの倍の年齢。
まだ若々しく、外見も魅力的だった。
赤茶色の髪に、薄茶の瞳に惹かれる者は多い。
妻はいるが、社交界で浮き名を流している。
手当たり次第というわけではないため、好色家とは見做されていなかった。
が、アントワーヌは、心密かにガスパールを好色な者だと蔑んでいる。
ジョゼフィーネの母親のことがあったからだ。
彼女の母親は、貧乏貴族の娘だった。
本来なら相手にされないほど、ガスパールとは身分に差がある。
側室ではなく愛妾だったのは、ほとんど、それが理由だ。
ガスパールは、髪の色がめずらしかったというだけで、ジョゼフィーネの母親を愛妾にした。
リフルワンスには、めずらしい髪の色を持つ者が産まれ易い。
他国には見られない、緑や黄、オレンジに水色、といったものだ。
多くはないものの、人口の0.05%ほどいる。
貴族の中では、そういう髪色を特別視する傾向があった。
麗しく、尊い者として扱われる。
必然的に、めずらしい髪色を持つ家は、ほかの貴族より優位に立てるのだ。
だから、ガスパールは、自分の家にもと考えたのだろうけれど。
思惑は、見事に大外れ。
リフルワンスの、愛妾に対する差別意識は根強いものがある。
いくらめずらしい髪色であっても、愛妾の産んだ子という格付けは、覆しようがなかった。
結果、ノアルク公爵家は、逆に外聞の悪いことになってしまったのだ。
そのせいでジョゼフィーネが虐げられ、誰からも見向きもされずにいたことを、アントワーヌは知っている。
(私とて事情はわかる。わかっているつもりだが……)
愛妾にするだけなら周りから、とやかくは言われない。
どんなに寵愛しようとも、愛妾は愛妾でしかないからだ。
正妃や側室とは格が違う。
子を成さない限り、周囲からの理解は得られていた。
が、ひとたび子を成したとなると、状況は、がらりと変わる。
その子を、父親は認知せざるを得ない。
当然に、正妃や側室は、それを快くは思わないのだ。
だから、そこに「区別」という名の差別が生じる。
自分たち「正当」な者と、お前は立場が違うのだと。
たとえ認知されても勘違いしないよう、常に釘を刺されることになる。
蔑まれ、虐げられるのが、愛妾の子だった。
ならば、子を成さないよう、予防措置に努めるべきだが、むしろ愛妾を相手に、そこまでの手間をかける男が少ないのが現実なのだ。
(ジョージーは、私にとって大事な者だ。失いたくないと思い続けてきた)
そのためにこそ、選びたくない道ですらも選ぶつもりでいた。
幼い頃から、ずっとジョゼフィーネに恋をしている。
めずらしい緑の髪をしているからではない。
それも含めてではあるが、彼女の控え目な性格が、なにより愛しかった。
アントワーヌは、ジョゼフィーネを手放す気などなかったのだ。
「あれを、殿下が気に入ってくださっているのは存じておりましたがね」
ガスパールが面倒そうに言う。
説明を求められているのが不服なのだろう。
ガスパールは、リフルワンス王族を助けたくらいに思っているに違いない。
「しかたがないことではないですかな? ロズウェルドの要求に応じない、などという選択肢があるとでも?」
「だとしても、なぜ彼女を選んだ」
「それは……殿下にも、おわかりいただけるでしょう?」
ガスパールの言葉には、嫌味がたっぷり含まれている。
なんとも苦々しい気分になった。
「ロズウェルドが、それを問題にしたらどうする?」
「その時は、それほど問題になるとは思わなかったと申し上げますよ」
実際、ロズウェルド王国が「愛妾の子」を問題にするかは、わからない。
リフルワンスとロズウェルド王国には、正式な国交がないからだ。
断絶してはいないが、内情は明確になっていなかった。
輸出入の取引はあっても、王族同士ですらまともな交流を望めずにいる。
リフルワンス国内の、ロズウェルド王国に対する強い忌避感情は、王族でも御しきれない。
百年以上も前の戦争の恨みを未だにかかえ続けていた。
そもそも戦争責任はリフルワンスにある。
が、自らの罪を認めたくないがゆえに、頑なになっていると言えた。
「ジョゼフィーネは……その申し出を受け入れたのか?」
「当然ですとも」
聞かなくてもわかっていたことを聞いている。
ジョゼフィーネに選択権などないに決まっていた。
ただでさえ彼女に居場所はなかったのだ。
ひたすら耐え忍ぶだけの毎日を送ってきている。
それも、アントワーヌは知っていた。
あの寂れた庭園で隠れての逢瀬。
アントワーヌの前でだけ、ジョゼフィーネは笑顔を見せてくれたのだ。
(私が、もっと早く決断していれば……)
悔やんでも取り返しはつかない。
ジョゼフィーネは、もうこの国から去っている。
だとしても、どうしても諦めきれずにいた。
9歳の頃から11年も、ジョゼフィーネを想い続けている。
「お前の考えは、よくわかった。これで失礼する」
「ああ、殿下。我が家には2人の娘がおります。殿下には、殿下に相応しい女性がいることを、お忘れなきよう」
「私の正妃は、私が決める。差し出がましい口をきくのはやめろ」
言い捨てて、アントワーヌはガスパールに背を向けた。
ノアルク公爵家を出て、馬車で王宮に戻る間も、ジョゼフィーネのことが頭から離れない。
ロズウェルド王国で、どれほど不安にさいなまれていることだろう。
怖くてたまらないはずだ。
ロズウェルド王国で英雄と讃えられている人物は、リフルワンスの仇。
恐ろしい魔術師だった。
わずかな時間で、あっという間に、リフルワンス兵数十万を皆殺しにしたのだから。
「ロズウェルドは、そういう国だ。魔術師などという恐ろしい生き物が跋扈している」
そんな国に、ジョゼフィーネは送られのだ。
アントワーヌは、自分の優柔不断さを、心底、嘆く。
ジョゼフィーネを愛しく思うからこそ逡巡していたのではあるけれども。
馬車の中、両手で顔を押さえ、うなだれた。
ずっと見続けてきた彼女の、はにかんだ笑顔が浮かんでくる。
「取り返す方法が、何か……何かあるはずだ……」
相手は、この大陸で最強の国家、ロズウェルド王国。
それでも、ジョゼフィーネを諦めきれないのなら、取り返すしかないのだ。
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