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いきなりなんて困ります 3
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リスは、嫌な感じが何か、少しずつ気づき始めている。
思っていたより、動きは「速かった」のだ。
(リフルワンスの連中が絡んでやがるな)
ロズウェルドとリフルワンスは、長く正式な国交を途絶えさせている。
それが、ここに来て、リフルワンスからロズウェルドに「正妃」が迎えられることになった。
リフルワンス国内で何か動きがあるのではないか。
そう考えてはいた。
そのためにこそ、リフルワンスという国を選んだとも言える。
ディーナリアスの条件であれば、リフルワンスである必要はなかったのだし。
正直、宰相のリスにとって、隣国リフルワンスは邪魔でしようがない。
国境付近ではいざこざが絶えないし、無駄に金もかかる。
飢饉になるたび屁理屈をつけ、ロズウェルドに「支援」を要請してくるからだ。
それでも、ロズウェルドが要請に応じてきたのは、ロズウェルドが豊かだったことと、王族という概念による。
同じ「王制」をとる国として、無碍にはできなかった。
ただ、それだけなのだ。
にもかかわらず、リフルワンスは、いっこう恩にも感じない。
それどころか、当然という顔をしている。
リスから言わせれば、野盗のごとき、たかり屋だ。
だから、自分の代で、こうした「面倒」にカタをつけるつもりでいた。
さりとて、長年に渡り培われた関係は簡単には変えられない。
具体的な策を講じられないまま数年が経っている。
そんな時に、ディーナリアスから条件が出されたのだ。
(オレの魂胆がわかってるみてーだったよなー……いやぁ、ディーンに限って、それはねーか。どっちかってーと、どっちでもいいってカンジ……?)
即位してもしなくても、ディーナリアスにとっては、どちらでもよかったのではなかろうか。
一応、逃げるそぶりは見せておくか、というところ。
条件を出したのは、そういう理由からだったと思える。
なににせよ、ディーナリアスは文献以外に無関心なので。
(でも、嫁には関心アリアリじゃねーか、あの人。これが、あの字引きに書いてあった“むっつりすけべ”ってやつだな。初めて理解できたぞ)
今までピンときていなかった言葉を、やっと理解する。
ジョゼフィーネが来た初日に、ディーナリアスが「嫁が昏倒した」と言ってきた場面を思い出して、うっかり吹き出しそうになった。
まさしく「むっつりすけべ」である。
(に、しても……それは偶然だよなあ? ディーンが嫁を大事にするかどうかなんて、あっちの奴らにはわかりゃしねーんだから)
そもそも文献以外に関心を示さないディーナリアスが、ジョゼフィーネに関心を持ったこと自体、驚きなのだ。
長いつきあいのあるリスでさえ、予想外のことだった。
そんな「超異常事態」を、他国の者が予測できるはずがない。
(こいつの、一存……? てことも、ねえな。ないない。こんな小者がよ)
リスは、胸倉をつかんでいる相手、エドモンド・ハーバント公爵を睨んだ。
ハーバントは公爵家ではあるが、格は高くなかった。
中の中くらいといったところで、従っている下位貴族も少ない。
リスの「正妃選び」に反対しても通らなかったのは、そのせいだ。
大派閥であったなら、王族すらも動かせる。
(それ、オレのウチなわけだけどサ)
ウィリュアートン公爵家は大派閥であり、由緒ある家柄。
ディーナリアスとの懇意さは、そこからきてもいる。
もちろんリスがディーナリアスを慕っているのは、それだけが理由ではないのだけれども。
それは秘匿中の秘匿なので、リロイですら知らないことだった。
最側近であるリロイに隠し事というのは、後ろめたくなくもない。
が、言えないものは言えないのだ。
(歴代の魔術師長は、禄な死にかたしてねえって言うしな)
リロイには、ディーナリアスの退位まで立派に魔術師長を務めてほしい。
だから、よけいなことは言わないに限る。
そのように、リスは気持ちを切り替えた。
そうでもしなければ、リスの頭は、多数の考慮事項で溢れ返ってしまうのだ。
「お前を唆したのは誰だ? ぇえ?! お前の娘のほうが正妃に相応しいとかなんとか言ってきた奴がいただろうがよ!」
「ひっ……わ、私は、な、なにも……っ……」
「なにもって、なんだ?! オレは、お前のことなんざ聞いてねえ!! お前を 唆した奴が誰かって聞いてんだ!」
ガクガクガク、と掴んだハーバントの胸元を揺する。
リスは細身だが、魔術が使えないので力技のほうが得意だった。
字引きにある「脱いだらスゴイ」を、地で行くのが自分だと、自負している。
文献には興味はないが、字引きだけは、リスも愛用していた。
字引きは、ロズウェルドの不朽の名作なのだ。
「お前だって自分1人の考えで妃殿下を襲ったわけじゃねーだろ? オレは唆した奴が悪いって思ってるから聞いているんだけど? もしかしてサ、お前の独断? それなら……」
「ち、違います! そ、唆されたのです! さ、宰相様の仰る通り!」
「だよなあ。うん、そうだと思った。で、ソイツ、誰? その悪い奴」
「屋敷の、メ、メイドが、い、市場で、噂になっていると……そ、そのメイドも、市場で知り合った男に聞いたとか……」
ふぅん、と思いつつ、リスはハーバントから手を離す。
ハーバントが尻もちをついたのは、足に力が入らなかったせいだろう。
(市場……てことは、やっぱりリフルワンスの奴だよなぁ……どうせ探したって、見つかりゃしねーだろうけど)
それにしても、おかしい。
どうにも「読み」の通りが悪かった。
リスの場合、どれほど複雑に絡み合い、捻じれている糸でも、少しばかり、頭を働かせれば、ピーンと伸びた1本の糸になる。
なのに、今回は一直線にならないのだ。
(ディーンに頼るのは嫌だし……それに、今、邪魔したら、オレが殺される)
おそらく。
そんな気がする。
「リス」
声に、肩をすくめた。
リロイが、しびれを切らせている。
「聞くこと聞いたしサ、ソイツ、もういらねーや。煮るなり焼くなり埋めるなり、どうぞ、お好きに」
「では、好きにします」
こちらの後始末はリロイに任せた。
魔術のほうが手際良くすませられるし、リロイの精神衛生も担保される。
リスの前に点門が開かれた。
踏み出しかけたリスの背中に、ハーバントが悲鳴じみた声を投げる。
「お、お待ちください! さ、宰相様、わ、私は唆されただけで……っ……」
「そんなこと知るか。ハーバントも終わりだぞ。家が残るなんて思うなよ」
「そ、そんな……っ! あ、あまりではないですか……っ……」
「おい、リロイ。ソイツ、うるせーから、とりあえず、その口、縫っとけ」
言い捨てたとたん、静かになる。
リスは振り返りもせず、門を抜けた。
思っていたより、動きは「速かった」のだ。
(リフルワンスの連中が絡んでやがるな)
ロズウェルドとリフルワンスは、長く正式な国交を途絶えさせている。
それが、ここに来て、リフルワンスからロズウェルドに「正妃」が迎えられることになった。
リフルワンス国内で何か動きがあるのではないか。
そう考えてはいた。
そのためにこそ、リフルワンスという国を選んだとも言える。
ディーナリアスの条件であれば、リフルワンスである必要はなかったのだし。
正直、宰相のリスにとって、隣国リフルワンスは邪魔でしようがない。
国境付近ではいざこざが絶えないし、無駄に金もかかる。
飢饉になるたび屁理屈をつけ、ロズウェルドに「支援」を要請してくるからだ。
それでも、ロズウェルドが要請に応じてきたのは、ロズウェルドが豊かだったことと、王族という概念による。
同じ「王制」をとる国として、無碍にはできなかった。
ただ、それだけなのだ。
にもかかわらず、リフルワンスは、いっこう恩にも感じない。
それどころか、当然という顔をしている。
リスから言わせれば、野盗のごとき、たかり屋だ。
だから、自分の代で、こうした「面倒」にカタをつけるつもりでいた。
さりとて、長年に渡り培われた関係は簡単には変えられない。
具体的な策を講じられないまま数年が経っている。
そんな時に、ディーナリアスから条件が出されたのだ。
(オレの魂胆がわかってるみてーだったよなー……いやぁ、ディーンに限って、それはねーか。どっちかってーと、どっちでもいいってカンジ……?)
即位してもしなくても、ディーナリアスにとっては、どちらでもよかったのではなかろうか。
一応、逃げるそぶりは見せておくか、というところ。
条件を出したのは、そういう理由からだったと思える。
なににせよ、ディーナリアスは文献以外に無関心なので。
(でも、嫁には関心アリアリじゃねーか、あの人。これが、あの字引きに書いてあった“むっつりすけべ”ってやつだな。初めて理解できたぞ)
今までピンときていなかった言葉を、やっと理解する。
ジョゼフィーネが来た初日に、ディーナリアスが「嫁が昏倒した」と言ってきた場面を思い出して、うっかり吹き出しそうになった。
まさしく「むっつりすけべ」である。
(に、しても……それは偶然だよなあ? ディーンが嫁を大事にするかどうかなんて、あっちの奴らにはわかりゃしねーんだから)
そもそも文献以外に関心を示さないディーナリアスが、ジョゼフィーネに関心を持ったこと自体、驚きなのだ。
長いつきあいのあるリスでさえ、予想外のことだった。
そんな「超異常事態」を、他国の者が予測できるはずがない。
(こいつの、一存……? てことも、ねえな。ないない。こんな小者がよ)
リスは、胸倉をつかんでいる相手、エドモンド・ハーバント公爵を睨んだ。
ハーバントは公爵家ではあるが、格は高くなかった。
中の中くらいといったところで、従っている下位貴族も少ない。
リスの「正妃選び」に反対しても通らなかったのは、そのせいだ。
大派閥であったなら、王族すらも動かせる。
(それ、オレのウチなわけだけどサ)
ウィリュアートン公爵家は大派閥であり、由緒ある家柄。
ディーナリアスとの懇意さは、そこからきてもいる。
もちろんリスがディーナリアスを慕っているのは、それだけが理由ではないのだけれども。
それは秘匿中の秘匿なので、リロイですら知らないことだった。
最側近であるリロイに隠し事というのは、後ろめたくなくもない。
が、言えないものは言えないのだ。
(歴代の魔術師長は、禄な死にかたしてねえって言うしな)
リロイには、ディーナリアスの退位まで立派に魔術師長を務めてほしい。
だから、よけいなことは言わないに限る。
そのように、リスは気持ちを切り替えた。
そうでもしなければ、リスの頭は、多数の考慮事項で溢れ返ってしまうのだ。
「お前を唆したのは誰だ? ぇえ?! お前の娘のほうが正妃に相応しいとかなんとか言ってきた奴がいただろうがよ!」
「ひっ……わ、私は、な、なにも……っ……」
「なにもって、なんだ?! オレは、お前のことなんざ聞いてねえ!! お前を 唆した奴が誰かって聞いてんだ!」
ガクガクガク、と掴んだハーバントの胸元を揺する。
リスは細身だが、魔術が使えないので力技のほうが得意だった。
字引きにある「脱いだらスゴイ」を、地で行くのが自分だと、自負している。
文献には興味はないが、字引きだけは、リスも愛用していた。
字引きは、ロズウェルドの不朽の名作なのだ。
「お前だって自分1人の考えで妃殿下を襲ったわけじゃねーだろ? オレは唆した奴が悪いって思ってるから聞いているんだけど? もしかしてサ、お前の独断? それなら……」
「ち、違います! そ、唆されたのです! さ、宰相様の仰る通り!」
「だよなあ。うん、そうだと思った。で、ソイツ、誰? その悪い奴」
「屋敷の、メ、メイドが、い、市場で、噂になっていると……そ、そのメイドも、市場で知り合った男に聞いたとか……」
ふぅん、と思いつつ、リスはハーバントから手を離す。
ハーバントが尻もちをついたのは、足に力が入らなかったせいだろう。
(市場……てことは、やっぱりリフルワンスの奴だよなぁ……どうせ探したって、見つかりゃしねーだろうけど)
それにしても、おかしい。
どうにも「読み」の通りが悪かった。
リスの場合、どれほど複雑に絡み合い、捻じれている糸でも、少しばかり、頭を働かせれば、ピーンと伸びた1本の糸になる。
なのに、今回は一直線にならないのだ。
(ディーンに頼るのは嫌だし……それに、今、邪魔したら、オレが殺される)
おそらく。
そんな気がする。
「リス」
声に、肩をすくめた。
リロイが、しびれを切らせている。
「聞くこと聞いたしサ、ソイツ、もういらねーや。煮るなり焼くなり埋めるなり、どうぞ、お好きに」
「では、好きにします」
こちらの後始末はリロイに任せた。
魔術のほうが手際良くすませられるし、リロイの精神衛生も担保される。
リスの前に点門が開かれた。
踏み出しかけたリスの背中に、ハーバントが悲鳴じみた声を投げる。
「お、お待ちください! さ、宰相様、わ、私は唆されただけで……っ……」
「そんなこと知るか。ハーバントも終わりだぞ。家が残るなんて思うなよ」
「そ、そんな……っ! あ、あまりではないですか……っ……」
「おい、リロイ。ソイツ、うるせーから、とりあえず、その口、縫っとけ」
言い捨てたとたん、静かになる。
リスは振り返りもせず、門を抜けた。
応援ありがとうございます!
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