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言われなくても知ってます 1

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「ん、だと、ぁああん?! そりゃあ、どういうことだ、ティア~ン」
「よくわかりませんが、謁見の申し出をされています」
「よくわからねーってのを、よくわかるように説明しろって言ってんだ」
 
 とは、言ったものの、すぐに諦める。
 ティアンに状況整理などできるはずがない。
 相手の言ったことを理解できないまま、報告に来ているのだろうし。
 
「まぁ、いいや」
 
 意味不明なことを持ち込んでいるのが、ティアンの役目。
 それを整理するのが、リスの娯楽。
 
 執務室のイスに深く背をあずけ、頭の中で、リスは考えを巡らせる。
 そっと置かれた紅茶を無意識に手にし、ひと口。
 
 ティアンも主の思考を邪魔してはいけないと知っているのだ。
 リスが黙ると、ティアンも黙る。
 が、仕草などから、リスの必要としているものを察する能力はあった。
 
(あの件があってから、半月も経ってねーんだぞ)
 
 あの件とは、アントワーヌがジョゼフィーネを呼び出した一件だ。
 あれはリスの予測通り、ディーナリアスが1人でカタをつけている。
 オーウェンからの報告では、アントワーヌは「無事に」国境を抜けたとのこと。
 その後、リフルワンスで、なんらかの動きがあったと見るのが妥当だけれど。
 
(懲りないねえ……ていうか、あいつが首謀者じゃねーからか……裏にいる奴が諦めてねーってことだよな)
 
 誰かがアントワーヌをたきつけている。
 
 アントワーヌはジョゼフィーネ欲しさに目が眩み、操られているとは気づけずにいるのだろう。
 さりとて、リスにとって、そんなことは知ったことではない。
 アントワーヌがどうなろうと、どうでもよかった。
 面倒くさいし、ディーナリアスが「始末」してくれればいいなぁ、と思っていたくらいなのだ。
 
(でも、やりかたが遠回し過ぎて、意味がわからねえ。ディーンの嫁にこだわるのは、なんでだ?)
 
 そもそも国務大臣に「正妃」を要求したのは、正妃選びの儀の3ヶ月も前。
 仮に、ジョゼフィーネにこだわっているのなら、その間にアントワーヌを使い、国務大臣に働きかけることもできたはずだ。
 ロズウェルドに入ってしまうと取り返すのも容易でなくなる。
 リフルワンス内で動くほうが、よほど容易い。
 
(てことは……もしかして、誰でも良かったのか? いったん輿入こしいれさせて、それから嫁に辞退させる……ディーンに恥をかかせようと……)
 
 それは、あり得る話だった。
 リフルワンスは、ロズウェルドに良い感情を持っていないのだ。
 そのロズウェルドの次期国王が嫁に逃げられたとなれば、いい気味だと溜飲も下がるかもしれない。
 しかも、逃げた嫁がリフルワンスの者なのだから、なおさら気分がいいだろう。
 
(でもなぁ……それって、すげえ危険だぜ? ディーンは、ああいう性格だから、仮にそんなことになっても開戦なんてしやしなかっただろーけどサ)
 
 みんながみんな、ディーナリアスのように考えるわけではない。
 むしろ、国民感情のほうは荒れる。
 たとえディーナリアスが見過ごしにしても、だ。
 民の側が納得せず、反感をいだく者が続出するのは目に見えている。
 
(そんな竜の尾を踏むような真似して、なんの得があるっていうんだ?)
 
 ロズウェルドからすると、リフルワンスなど吹けば飛ぶ程度の小国。
 リフルワンスもそれを承知しているから、悪感情はあれど、嫌がらせじみた食糧支援要請くらいしかしてこない。
 喧嘩を吹っ掛ける気はないのだ、お互いに。
 
(ん~……いまいち、はっきりしねーな……しゃあねえ、もう少し、あっちの手に乗ってやるか。ディーンは嫌がるだろーけどね)
 
 相手の目的について棚上げにし、リスは、ちょっぴりニヤニヤする。
 最近ずっとディーナリアスはご機嫌だった。
 未だかつて見たことがないくらい浮かれているのがわかる。
 ジョゼフィーネと一緒にいるのは、いつものことだけれども。
 
(いちゃいちゃ、らぶらぶってやつじゃねーか。嫁とうまくいってんのが嬉しくてしかたねーんだな。あの人が、あんなふうになるとはねえ)
 
 2人は、誰がどう見ても仲睦まじい。
 微笑ましい限りだ。
 ディーナリアスが公務の時以外は、たいていいつも一緒だし。
 
(デレっデレしてるしなー、あの人。もう嫁に“メロメロ”ってカンジ?)
 
 とにかく嫁が可愛くてしかたないのだろう。
 リスにも、その気持ちはわからなくはない。
 ジョゼフィーネは、どこか頼りなげで庇護欲がかき立てられる。
 なんとかしてやりたくなる女性ではあるのだ。
 
(まー、可愛いと言えば、可愛い。頭、撫でたくなるのもわかる。ちょっとくらい面倒でもいいかって気にもなる。でも、こんなこと言ったら、オレが殺される)
 
 だから、言わない。
 
 もちろんジョゼフィーネを本気で好きというわけでもなかった。
 たまには、そういう女性を相手にするのもいいかな程度の気持ちに過ぎない。
 ディーナリアスの恋敵になる気はなかった。
 考えただけでも、ゾッとする。
 
(あの2人、早くやることやってくんねーかな。そーいう雰囲気が見えねーからツケ込まれ……)
 
 ぴたりと思考が止まった。
 少しだけ糸がほぐれている。
 リスの口元に、ニッという笑みが浮かんだ。
 
「ティアン、お前の、よくわからねーってのが、よーくわかったぜ?」
「さすがです、リシャール様!」
「おうよ」
 
 リスは、すくっと立ち上がる。
 ティアンの頭を軽く叩いてから扉に向かった。
 
「ちっとリロイんトコに行ってくる。客は俺が戻るまで待たせとけ」
「かしこまりました」
「ああ、それと、オーウェンに“もっとよく調べとけ”って伝えろ」
「はい!」
 
 指示出しをして、部屋を出る。
 遠呼とおよびでリロイを呼び出しても良かったのだが、あえて歩いて行くことにした。
 
 少し楽しい気分になっている。
 物事の筋道が見えてくると、リスは高揚するのだ。
 鼻で歌でも歌いたくなった。
 
(そーか、そーかよ。そーいうこと)
 
 目的はまだ見えていないが、遠からず見えるに違いない。
 糸の端は掴んでいる。
 あとは、くるくると、ほどいていくだけだった。
 
 リロイの部屋の扉を、いきなり開ける。
 どうせ足音で自分が来ていることに気づいていたはずなので、挨拶もなし。
 
「またまたディーンに、お客さん」
「そうやって私に嫌な役目をやらせたいわけですね」
「だって、ほかの奴にやらせたら、お前、怒るだろ?」
 
 わざとらしく肩をすくめてみせた。
 ディーナリアスのことでリロイを通さずにいると、リロイは不機嫌になる。
 それが、どんなに嫌な役目でも。
 
「それで? 今度は誰なのですか?」
 
 案の定、リロイが、すんなりとリスの言葉を受け入れる。
 そのリロイに向かって、リスは軽い口調で言った。
 
「妃殿下の姉君2人」
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