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言われなくても知ってます 4

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 突然、割れたカップよりも、ジョゼフィーネは別のことに気を取られていた。
 少なくとも、真っ青になっている姉2人よりは動揺していない。
 サビナの魔術だとわかっていたからだ。
 しかも、前世の記憶により「魔術」というものに対する耐性がある。
 自分に向けられるものでなければ危険はないと、自動的に判断できていた。
 
 それよりも。
 
(ディーンの正妃に相応しくない……言われなくても、わかってるし……ここは、大きな国だから、正妃も“ちゃんとした”人のほうがいいんだろうなって……)
 
 ジョゼフィーネは、自分の心にある部屋に逃げ込みたくなっている。
 安全で傷つかずにすむ部屋だ。
 が、必死でハイパーネガティブ思考と闘っていた。
 後ろ向きになりそうな心で、それでも、なんとか踏みとどまっている。
 
(わかってるよ……わかってる……ディーンに、恥かかせるよね……いつ相応しくなれるかなんて、わかんないよね……でも……ディーンのそばに……)
 
 図々しい。
 おこがましい。
 身の程知らず。
 
 姉たちの罵声が聞こえてくる気がする。
 ジョゼフィーネ自身、どこかで「そう言われてもしかたがない」と思っていた。
 立場をわきまえろ、とのセリーヌの言葉が心に突き刺さっている。
 アントワーヌだって、最後まで自分を「愛妾の子」として扱ったのだ。
 
(私が傍にいたら……ディーンに迷惑が……)
 
 最終的に、すべてをディーナリアスが引き受けなければならなくなる。
 自分のせいで彼に重荷を背負わせることになりはしないだろうか。
 
 なにもできず、いいところなんてひとつもない、できそこない。
 
 そんな自分が、本来は隣に立つことなどできない存在。
 ディーナリアスは大国の次期国王なのだ。
 いくら彼が「かまわない」と言ってくれても、それに甘えていいのか。
 徐々にハイパーネガティブ思考が、ジョゼフィーネを侵食し始める。
 
(人に関わるのが、嫌で……外に出るのが怖くて……引きこもって、逃げてた……結局、この世界でも頑張れなくて、諦めて……逃げてばっかり……)
 
 自分は、人として、できそこないなのだ。
 みんなが、あたり前にできることが、できない。
 
「サビナ」
「申し訳ございません。お茶が冷めておりましたので入れ替えようといたしましたら、うっかり力加減を間違えてしまいました」
 
 ディーナリアスとサビナのやりとりに、ハッと我に返る。
 サビナがティーカップを割ったことを話しているらしい。
 ジョゼフィーネは「うっかり」ではないと気づいていたが黙っておいた。
 事を荒立てたくないと思ったからだ。
 
「ロズウェルドは魔術のある国なのでな。時には、こうしたこともある」
「すぐにお取り換えいたしますわ」
 
 言うや、すぐに新しいカップが現れ、湯気を立て始める。
 姉2人は蒼褪めた顔で押し黙っていた。
 ジョゼフィーネからすると、やはり「便利」だと思う。
 自分が「粗相」をして何か壊したとしても、サビナならパッと代わりを出してくれるに違いないのだから。
 
「時に、俺は、存外、ケチなのだ。ゆえに、お前たちとは合わぬと思うが?」
 
 ディーナリアスはそう言うが、ジョゼフィーネは首をひねりたくなる。
 彼を「ケチ」だなんて思ったことはなかった。
 質素倹約はしているかもしれないが、ケチとは違う。
 
「け、けち……けちとは、どういった……」
 
 セリーヌは、まだ蒼褪めている。
 とはいえ、ディーナリアスの言葉を無視するのも失礼だと思ったのだろう。
 戸惑いがちに「ケチ」の意味を問うていた。
 
「我が国では、あたり前に使われておる言葉なのだがな。知らぬのか」
 
 呆れたように言ってから、ディーナリアスがジョゼフィーネへと顔を向ける。
 
「ジョゼ、俺をケチだと思うか?」
「ディ、ディーンはケチじゃないと、思う」
「では、ケチとはリフルワンスでは、どのように言うか?」
 
 聞かれて、ハテナが頭に浮かぶ。
 ケチの言い換えくらい、彼は知っているはずだからだ。
 
吝嗇家りんしょくか
 
 ディーナリアスがジョゼフィーネの頭を撫でてくる。
 そして、さらに言葉を続けた。
 
「お前の姉君らに言ってくれぬか? タメ口でも良いと」
「殿下、それでは伝わらないのではないでしょうか?」
「そうか。わからぬやもしれぬな。ジョゼ、言い換えてくれ」
 
 ディーナリアスとサビナのやりとりに、ハテナハテナ。
 首をかしげつつ、答える。
 
「タメ口というのは、対等な言葉遣い、友人に対しての物言いでいい、ということです。堅苦しくしなくてかまわないと……」
 
 なでなで、なでなで。
 
 不思議になって、ジョゼフィーネはディーナリアスを見上げた。
 彼が、にっこりする。
 
「俺の嫁は賢い。教えてもおらんのに、ちゃんと我が国の言葉をわかっておる」
「殿下の仰る通りですわ。妃殿下は我が国の言葉に精通しておられるので驚いてしまいます」
 
 ディーナリアスが、姉2人のほうに顔を向けた。
 いつものごとく無表情だが、ほんの少し「意地悪」っぽく見える。
 
「お前たちは勉強不足か、もしくは柔軟性に欠けておるようだ。それではこの国に馴染めぬであろうし、正妃など、とても務まらぬ」
 
 口調は穏やかだが、ひどくきっぱりとしていた。
 ジョゼフィーネは、未だディーナリアスの意図がよくわかっていない。
 自分が特別なことをしたとは思っていないので。
 
「やはり俺の嫁となるに相応しいのはジョゼだけだ。そう父君に伝えろ。そもそも、そちらの王太子とは、すでに話がついておる」
 
 蒼褪めていた姉たちの顔に朱が散る。
 怒っている時の表情だと知っていた。
 自分が怒らせたのだろうかと不安になるジョゼフィーネを抱きかかえたまま、ディーナリアスがサッと立ち上がる。
 
「良い茶会であった」
 
 言うなり、体を返した。
 目の前に点門てんもんが開く。
 姿は見えなかったが、リロイがいたのかもしれない。
 
(も、もう、これで終わり……? 私、なんにもできなかった……)
 
 ほんの少し姉に言葉を投げたが、それだけだ。
 私室に戻りながら、ジョゼフィーネは、しょんぼりする。
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