理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お祖父さまと夜会 2

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 ユージーンは、いちいち挨拶に来る貴族たちをわずらわしく感じながらも、それなりに相手をしている。
 主催者として、来賓を無視することはできないからだ。
 誰と張り合っているのか、それぞれに服装に力を入れているのがわかった。
 ユージーン自身は一般的な夜会服に身をつつんでいる。
 
 完全なるホワイト・タイ。
 
 黒の燕尾服に白のボウタイ、白いベスト、手には手袋を持っていた。
 一見するだけで高級なのがわかるほど、その素材に違いが見てとれる。
 正直、ユージーンには服に対するこだわりがない。
 着るのも脱ぐのも、基本的には人任せだし、自分で選ぶこともなかった。
 
 生まれながらに高級品しか身につけたことがないので、貴族らの「おめかし」に興味もないのだ。
 華やかなドレスを身にまとい、ユージーンに話しかけてくる女性たちを、軽く冷たく、いなしていく。
 今日の夜会は、たった1人の女性のためだけに開かれたものだった。
 他の女性と懇意になる必要などない。
 
(公爵は来ているというのに……あの娘は、まだか……)
 
 ホールを見回しても、彼女の姿はなかった。
 親である公爵夫妻は、そろって出席している。
 何度かダンスをしたり、周囲の貴族と談笑したりしていた。
 娘が「来る」ということは確認している。
 挨拶に来た時、直接、公爵に聞いたのだ。
 
(具合が悪くなって引き返した……とでも言うつもりかもしれん……)
 
 今までの公爵の態度を考えると疑り深くなる。
 それならそれでもいい。
 今夜は、すべての公爵家が集まっており、その子息令嬢も揃って顔を出していた。
 たった1人、姿を見せなかったとなれば、公爵の面目は丸潰れになる。
 ローエルハイドの孫娘と顔合わせができないのは問題ではあるが、宰相である公爵が立場を失うのは面白い。
 
 夜会もそろそろ終盤だ。
 いいかげん面倒に感じ始めている。
 声をかけてきた女性をかわし、ユージーンは自分用にあつらえられたイスにドサっと腰を落とした。
 もちろん裾のことなど考えはしない。
 服に皺ができるかどうかなど、気にしたこともない。
 
 というより、知らないのだ。
 立ち上がれば「使用人」が近づいてきて、すみやかに服を正す。
 ただそれだけのことだった。
 
(しかし……これでも、あの娘を引っ張り出せないとすると、どうするか)
 
 サイラスは次の手も打っているに違いない。
 そうは思うが、どのような策かは考えが及ばなかった。
 焦ることもないと、すぐに割り切る。
 あの娘が言ったほどの「時間」をかける気はないとしても、多少の遠回りはしかたがないと思っていたからだ。
 
(……なんだ……?)
 
 会場内が、やけにざわついている。
 知らず、立ち上がっていた。
 そそくさと付き人がユージーンの服の裾を直す。
 が、それにも気づかない。
 
 ジョシュア・ローエルハイドと孫娘。
 
 2人がホールに姿を現していた。
 正妃選びの儀の時とは、ずいぶんと印象が違う。
 あの日は、やせぎすな娘だとしか思わなかった。
 正妃にすると決めていても、彼女との夜を思い、憂鬱になったものだ。
 
 それが、どうしたことか、体自体はほっそりしているが、全体的に丸みを帯びていて、顔色も良くなっている。
 頬はほんのりと色づいており、唇はふっくらと赤い。
 そして、なにより目だ。
 黒い瞳が、きらきらと輝いている。
 
(どういう……いや、間違いなくあの娘ではあるが……)
 
 人生2度目。
 
 またしても、頭が真っ白になっていた。
 立ったまま、彼女を見つめ、身動きもできずにいる。
 レティシア・ローエルハイドは堂々とホールを横切ってきた。
 あの日の、おどおどとした様子はどこにもない。
 
「殿下、今夜はお招きいただき、ありがとうございます。本日は、孫娘のエスコート役として、図々しくも顔を出させていただきました」
「いや……久しぶりに大公に会えて、光栄だ」
 
 大公からの言葉に、ようやく視線を彼女から外すことができた。
 今まで培ってきた精神力を総動員して、動揺を抑え込む。
 大公に対し、即座に返事ができただけでも上出来と言えた。
 
 しかし、次の言葉が浮かばない。
 
 ともすれば、視線を彼女に向けたくなる。
 が、それも自尊心でもって、なんとかこらえていた。
 ユージーンは女性に対しての期待を捨てている。
 わずかにも心を動かされることなどなかったのだ、今の今までは。
 
「ずいぶんと遅くなりましたが、もしや殿下をお待たせいたしましたか?」
「そのようなことはない。女性は、なにかと身支度に時間がかかるものだ。そもそも、この夜会は、そなたたちのために開いたわけではないぞ」
 
 最後の言葉は嘘だった。
 大公に図星を差され、危うく、こちらが面目を失うところだ。
 それでも笑ってみせられたのは、王位継承者としての自尊心による。
 
「これは失礼いたしました。殿下の仰る通りにございます。むしろ、殿下を目当てに来られた女性が大勢いらっしゃるでしょうね」
 
 口調は穏やかだが、大公の言葉には痛烈な皮肉が込められていた。
 孫娘には手を出すな、との警告も含まれているのを感じる。
 瞳の奥の冷たさに背筋が寒くなった。
 
 とはいえ、ユージーンとて王太子としての意地がある。
 やられっ放しではいられない。
 ついっと、あえて彼女に視線を向けた。
 
「レティシア、だったな。よく来た。この間は、ろくに話もしないまま帰してしまったので気になっていた。元気にしていたようで、なによりだ」
 
 本当は、レティシアのほうが帰ってしまったのだけれど。
 これだけの貴族の前で、それを暴露するような愚はおかさない。
 辞退については聞き及んでいても、ユージーンが「帰ることを促した」のと、レティシアが「勝手に帰った」のとでは、天と地ほどの違いがある。
 
「おかげさまで元気に過ごしております、王子様」
 
 ぴくっと眉がひきつった。
 彼女はユージーンと、まともに視線を合わせている。
 挑戦的なまでに、その瞳は輝いていた。
 
「ならば、ダンスでもどうか?」
 
 おかしい、とユージーンは思う。
 こんなはずではなかったのだ。
 儀礼的な会話も終わっていないのにダンスに誘うなど、唐突に過ぎる。
 しかも、彼女に問いかけてしまった。
 普段なら「1曲つきあえ」というように有無を言わせない言い方をする。
 
「それはやめておきます」
 
 人生3度目。
 
 ユージーンの頭の中が真っ白になった。
 そのため、なぜか?という、あたり前の質問すらできずにいる。
 
「急なことでしたから、今日は新しい靴を履いてきてしまったんです」
 
 まったく意味がわからない。
 周囲はすっかり静まり返っており、全員が一様に2人のやりとりに耳を傾けている。
 
「孫娘が言いたいのは、慣れない靴を履いているので、まともにダンスができないということなのですよ。実は、私は、そのために来ているのです」
「お祖父さまの足なら踏み放題だものね」
「少しは手加減、いや、足加減かな、してほしいのだがね」
 
 2人が顔を見合わせて笑った。
 あっさりダンスを断られたのだから、不愉快になってもいいところだ。
 が、ユージーンの中に怒りがわいてこない。
 祖父にのみ向けられている彼女の笑顔に目も心も奪われている。
 
(この娘は……こんな顔をして笑うのか……)
 
 気取りがなく、ひどく子供じみた笑顔だった。
 貴族令嬢らの、とってつけたような笑みとは、まったく違う。
 
「というわけで、殿下の足は私がお守りいたしますよ」
 
 さらりとした大公の言葉に、周囲からも笑い声があがった。
 それで、ハッとなり、肩をすくめ茶化したように言う。
 
「そういうことなら、大公に任せよう。足の骨を折られてはかなわん」
 
 この流れでは、洒落にしてしまうより手立てがない。
 怒っても、再び誘っても、無様をさらすだけだ。
 
「夜会を楽しんでくれ。大公、レティシア姫」
 
 2人が会釈をして、ユージーンの前から去っていく。
 後ろ姿からも目が離せない。
 大きく開いた彼女の背中を、大公が手で支えていた。
 それが、なぜ自分の手ではないのかと考えている自分に、ユージーンは気づけずにいる。
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