理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

副魔術師長の策略 2

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 レティシアは、ゆっくりと目を開く。
 赤っぽいものが視界に広がっていた。
 少し頭が痛い。
 
「う~……なんか寝過ぎた……? いやいや……寝た覚えないって……あれ?」
 
 前にも、こんなことがあったような。
 ぎくっとして飛び起きた。
 
 前は、寝た記憶はあったのに起きた記憶はなく、なのに会釈をしていた。
 正妃選びの儀の時だ。
 
 自分のいる世界が夢という可能性は捨てていたものの、また次元を超えて元の場所に戻ったという可能性はある。
 だから、焦った。
 レティシアとして生きていくと決めたのに、戻されてはかなわない。
 
「えーと……たぶん、大丈夫、かな。だって、あっちにはこんなものないし」
 
 天蓋付きのベッド。
 
 自分の部屋のものではないが、似たような造りをしている。
 現代日本では、めったにお目にかかれる代物ではない。
 たぶん、だけれど。
 
 それに、周囲を見渡せば、アンティーク感満載。
 ベッド脇にあるチェストも木製で、細かな彫刻がほどこされている。
 後ろを振り返ると、ヘッドボード的な部分もかなり重厚。
 
 フレームというより物を置くための台に使えるほど幅が広かった。
 そこにも彫刻がされており、やはりアンティーク感ある花瓶が置かれている。
 ただし、なぜか花は生けられていない。
 
「変な部屋……シンプルっちゃシンプルだけど……これは、ないわー……」
 
 貴族というのは、どうしてこうも趣味が悪いのかと思った。
 祖父の建てた公爵家の屋敷や森の山小屋は、レティシアの好きな雰囲気で、落ち着ける。
 が、元のレティシアの部屋といい、この部屋といい、悪趣味もいいところだ。
 
「なんで真っ赤にしちゃうかなぁ。お貴族サマは赤が大好きなのか……?」
 
 ベッドも布団もシーツも。
 天井も壁も、色の風合いに違いはあれど、すべて赤が基調になっている。
 いるだけで、ゲンナリした。
 体を起こしたまま、はあ…と、大きくため息をつく。
 
「怪し過ぎるわ……頭おかしくなるわ、こんな部屋……」
 
 そこで、ふと思った。
 ここはどこで、誰の部屋なのか、と。
 そもそも、なぜこんなところに自分はいるのだろう。
 遅ればせながら、記憶を振り返る。
 
 いつも通り、最近、見つけたウサギと会っていた。
 グレイとサリーには申し訳ないが、2人には黙って出て来ている。
 最初にウサギを見つけた際、2人の声に驚いて逃げてしまったからだ。
 
 あれから3日、そろそろウサギの話を2人にしようと思っていた。
 いつまでも「昼寝」ではごまかしきれないし、隠しているのも気が引ける。
 だいたい隠すようなことでもないのだし。
 なんなら連れて帰ろうとも考えていた矢先、ウサギが逃げ出したのだ。
 
 森の中に逃げたのなら追わなかっただろう。
 けれど、進むと森を抜けてしまう方向にウサギは走って行った。
 
 森の外とはいえ、民家や町があるわけではない。
 しばらくは草原が広がっている。
 ほかの動物だっているのだから、食べられてしまう可能性もあった。
 それで、慌てて追いかけたのだ。
 
 ウサギがどれくらいの速さで走れるものなのかは知らない。
 ただ、彼女はウサギを見失わなかったので、その姿を追っただけだった。
 まるで、とある童話の主人公の少女のように。
 
 そもそも、あの石のある場所が森のどの位置になるのか把握していなかったため、まさか領域外に出てしまうなんて思いもしなかった。
 森を抜けるまで、もっと距離があると思いこんでいたのだ。
 
「……目の前が、ピカーってして……あれは魔術……? お祖父さまの領域から出ちゃったってことだよね……あッ!!」
 
 目の前ピカーの中、うっすらと見えた景色がある。
 
「グレイとサリー! それにウサちゃんも!」
 
 あのピカーの中にいた。
 これが魔術によるものだとすれば、一緒にここに来ているはずだ。
 慌ててベッドから飛び降りる。
 
 部屋を抜け出していたことが、グレイとサリーにはバレていたらしい。
 自分を探していたのか、追いかけてきていたのか。
 いずれにせよ、自分のせいで2人をピカーに巻き込んでしまった。
 
 ガチャ。
 
 部屋の扉についている把手とってを動かしてみるも、開きそうにない。
 見た目にも頑丈そうだ。
 色は赤く周りと同化していて、ベッドからは木製に見えたが、近づくと違うのがわかる。
 手に、ひやりとした感触もあった。
 この扉は鉄で出来ている。
 
「閉じ込められてんの、私?」
 
 その辺りが、はっきりしない。
 現代日本なら「閉じ込められている」と判断できた。
 中からドアが開かないなんて、閉じ込められている以外にはないからだ。
 銀行の貸金庫や食品冷凍室ならあり得るかもしれないが、それはともかく。
 
 ここは別の世界であり、現代日本の常識は通じない。
 王宮には、そういう場所があると聞いている。
 
 正妃や側室の住まいは、基本的に中から扉は開かないとのこと。
 だからといって閉じ込められているのでもなく、外を警護している近衛騎士に声をかければ、出入りは自由にできるそうだ。
 
 面倒くさいし、ややこしいと思ったのを覚えている。
 それも正妃になりたくない理由のひとつだった。
 王族以外の男性を引き込ませないようにする手立てなのだろうけれど。
 
「どんだけ信用してないんだっての。用心深いってか、疑り深過ぎだろ……」
 
 ともあれ、そういう部屋もあることだし、一概に閉じ込められているとは言い切れない。
 偶然、そういう部屋に入ってしまっただけとも考えられる。
 魔術で転移させられたのか、領域から出たことによるものなのか、それすらわからなかった。
 
「王宮にしては内装がそれっぽくないんだよなぁ」
 
 正妃選びの儀の時にいた部屋も、帰る際に歩いた廊下も、もっとゴージャスだったのだ。
 対して、室内が、これほど簡素ということはないだろう。
 絨毯は赤だったにしても、もっと上品な赤だったし、壁まで赤にはしていなかった。
 王宮ではないとすると、祖父の別邸なのか。
 領域から出た場合、どこかに転移する魔術がかけられていたとも考えられる。
 
「いやぁ、ないな。それは、ない。お祖父さまの趣味とは思えないもん」
 
 これは即断できた。
 この部屋を見る限り、とても祖父の造ったものとは思えない。
 
 とにかく趣味が悪過ぎる。
 
 祖父の造ったものは、テーブルひとつとっても、シンプルゆえに馴染み易く、落ち着きのあるものばかりだ。
 同じアンティーク風でも、こんなに違うのかと感じるくらいに違う。
 ゆえに、祖父の別邸でもない。
 
「それなら、ここ、どこ? 心当たりがないんですケド……」
 
 魔術で転移させられたのが確定なら「悪い魔法使い」にさらわれたと考えるのが妥当だと思える。
 ならば、逃げることを考えるのが常道。
 扉を背にして室内を見回す。
 
「武器になりそうなのって、あの花瓶くらいだよね」
 
 さりとて、ここの住人が、レティシアを攫おうとして攫ったのかは定かでないのだ。
 あくまでも偶発的な事故ということもある。
 もとより、迂闊うかつにも領域から出てしまった自分が悪い。
 そして、花瓶で人を殴るなんて経験はないので、どうしても腰が引ける。
 
 誘拐犯なら正当防衛だが、冤罪なら傷害罪だ。
 打ちどころが悪くて死んでしまったりしたら、と思うと怖くなる。
 子供向けギャグアニメではないのだし、窓から落ちてぺっちゃんこになっても空気ポンプで元通り、なんてことはない。
 
「でもなぁ、グレイとサリー、それにウサちゃんも探さないと」
 
 どこかにいるはずの2人と1匹を思う。
 自分のせいで巻き込まれたのだ。
 その上、2人に探してもらおうなどと考えるのは、少々、身勝手に過ぎるのではなかろうか。
 もしかすると同じように、部屋から出られず困っているかもしれない。
 
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますかー?!」
 
 大きな声で、外に呼びかけてみる。
 少し待ってみたが、返答はない。
 いくら扉が頑丈でも、今の声が聞こえなかったということはないはずだ。
 ということは、外を守る「誰か」は、いないのだろう。
 
「うーん……私がこの部屋にいるって知らないから誰も来ないのか、閉じ込められてるってことなのか……わかんないなぁ……」
 
 それでも、人の気配がないだろうかと、扉に耳を当ててみる。
 しーんと静まり返っていた。
 やはり誰もいないのかと扉から耳を離しかけた時だ。
 
 小さな音が聞こえてくる。
 足音のようだった。
 
 こちらに近づいてくる気配もある。
 慌てて扉から離れ、ベッド近くまで戻った。
 隠れるところがないので、立っているよりほかない。
 
 扉の把手が、ギッと音を立てる。
 心拍数が急上昇する中、扉が開かれた。
 そこから姿を現したのは、見たことのある人物。
 その姿に、レティシアは瞬時に状況を理解した。
 
 そして、思う。
 
 殴ってやれば良かった。
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