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後編
経緯に判断に 1
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ファニーに対する心配が、伯爵の苛立ちを煽っている。
しかたがないとわかっていながらも「葉」の無頓着ぶりに苛々していた。
(カーリー、これはどういうことか)
(申し訳ございません、伯爵様。私の采配が完全ではございませんでした)
(采配ミスだと? ファニーが怪我をしていたら、どうするつもりだったのだ。そうでなくとも、あのように女性に抱きつくなど不躾に過ぎる)
(仰る通りにございます。エティカが無駄に知恵が働くと知っておりましたので、あえて遠ざけさせておりましたが、想定以上に聡かったようにございます)
どうやらファウストが「貴族会議を押しつけた」のは、カーリーの指示だったらしい。
ところが、エティカはカーリーの想定以上の「聡い」資質で、会議を早々に終わらせてしまったのだろう。
知恵が働くのは良いことではあるが、時と場合による。
そして、エティカは「聡い」割には、「葉」であるがゆえに無頓着なのだ。
ゼビロス帝国の皇帝としては申し分なくとも、総合的に鑑みると危なかしくてしようがない。
「あ、あの、伯爵様。私なら大丈夫です。体のほうは……なんともないですよ」
「しかし、気分を害されたのではありませんか? いきなり……男に抱きつかれるなど不快この上ないことです」
「いえ、驚き過ぎて、不快って感じる間もなかったです」
ファニーが居心地が悪そうに、視線をエティカに向ける。
エティカは、まだ床にぺたんと座り込んでいた。
両手を床につき、まるで犬のような格好で2人を見上げている。
「えっと……あのかたは、ゼビロス帝国の皇帝陛下、なんですよね……? ずっと床に座ってますけど……」
「かまいません。あれには反省が必要でしょう」
「いやぁ、でも、私が気になるっていうか……ほら、私は、この通り怪我もしていません。牧童をやってきたので体力はありますし、頑丈なんですよ!」
ファニーに気遣われているのも、少し気に食わない。
怪我の心配をしていたが、思い返せば、エティカはファニーに抱きついたのだ。
この3ヶ月半、伯爵が忍耐力を集結させて我慢していたことを、あっさりやってのけている。
「ファニー様は、あれしきでは骨が折れるようなことはないほど丈夫でいらっしゃるということにございましょうか?」
「骨が折れる? まさか。あり得ませんよ、カーリーさん。貴族のご令嬢なら、そういうこともあるのかもしれませんけど、私は平民の牧童ですからね」
「さようにございましたか。それは、なによりにございます」
カーリーが納得顔でうなずいていた。
しかし、伯爵はまだ気分が晴れない。
初対面のエティカに出し抜かれたような気持ちになっている。
その伯爵の感情が強かったせいか、エティカにも伝わっているようだ。
ファウストとナタリーは、エティカより共感度が高いので、2人とも目を細めてエティカをにらんでいる。
床にへたりこむエティカは、すっかりしょげていた。
(伯爵様、結果としてではございますが、ファニー様への力加減の確認ができたということで、エティカをお許し願えませんでしょうか)
(……お前の言うことはもっともだが……)
(伯爵様が嫉妬なさるのも当然にございます。しかしながら、エティカは男のうちには入りません。ファニー様が意識されておられないのですから)
ちらっと横目でファニーをうかがう。
確かに、ファニーは皇帝を床に座らせていることを気にしているだけのようだ。
頬を赤く染めたり、瞳を輝かせたりはしていない。
「エティカ、ファウストの隣に座れ。ただし、今後、みだりにファニーに抱きついたりしないように」
「わかった! 気をつける!」
ぴょんと飛び上がるようにして、エティカが立ち上がる。
そして、まるで何事もなかったみたいにファウストの隣に座った。
まだファウストとナタリーの視線は冷たいのに、まったく気にしていない。
「オレね、ファニー様に会えて、本当に嬉しかったんだよ。だけど、飛びついて驚かせちゃって、ごめんね」
「なんていうか、その……光栄、です?」
ファニーの緊張した面持ちを見ると、複雑な心境になる。
ゼビロスで最も安全な場所がここなのは間違いない。
だが、もっと配慮すべきだった。
彼女には気楽に旅行を楽しんでほしかったのだ。
堅苦しく窮屈な思いをさせるつもりはなかった。
そのためにこそ、自分の配下しかいない場所を選んだのだけれども。
「ファニー、どうか気を遣わないでください。ここにいる者は、皆、私の臣下です。身内みたいなものですから、立場など気にすることはありません」
「そうそう! ゼビロスの皇帝なんてやってるけど、実際に仕切ってるのはファウストなんだよね。立場って言うなら、オレ、ナタリーより下だしさ。気楽に喋ってくれたほうが、うれ……いだっ! なにすんだよ、ファウスト!」
「いいかげんにしたまえ。伯爵様とファニー様の会話に割り込むんじゃない」
エティカは、ファウストにはたかれた頭を撫でつつ、むうっと顔をしかめる。
これほど騒がしくなるとわかっていたら、挨拶には来ていなかった。
ファニーに気疲れさせるのは本意ではないので、席を立つことにする。
もとより、伯爵とファニーに会いたがっていたファウストの要望に応えるための形式的なものに過ぎなかったのだ。
「ファウストがさ、会議すっぽかすから、リセリアとの和睦の件がまとまんなくなったんじゃないか。オレも、すっとぼけて、保留にしてきちゃったけどさ」
「えっ? リセリアとゼビロスが和睦するんですか?」
ファニーが急に声をあげたからか、エティカが、きょとんとする。
伯爵にとっては、初めて聞く話ではない。
枝葉の報告をカーリーから聞いていたので、リセリアの動向は知っていた。
ただ、予測済みのことでもあったため、気に留めていなかったのだ。
ファニーに隠していたわけではないが、また驚かせてしまったことを悔やむ。
「和睦というほどのことはなさそうですよ。リセリアはゼビロスに手を出す気はないので、ゼビロスにも同等のことを望むといった程度の話です。互いに干渉し合うのはよそうと言いたいのでしょう」
旅行を楽しむはずだったのに、とんだことになってしまった。
ファニーが知りたがっているのなら、どこまで話すかで悩むことはない。
けれど、楽しく過ごすはずの時間が削られるのを、伯爵は残念に感じている。
しかたがないとわかっていながらも「葉」の無頓着ぶりに苛々していた。
(カーリー、これはどういうことか)
(申し訳ございません、伯爵様。私の采配が完全ではございませんでした)
(采配ミスだと? ファニーが怪我をしていたら、どうするつもりだったのだ。そうでなくとも、あのように女性に抱きつくなど不躾に過ぎる)
(仰る通りにございます。エティカが無駄に知恵が働くと知っておりましたので、あえて遠ざけさせておりましたが、想定以上に聡かったようにございます)
どうやらファウストが「貴族会議を押しつけた」のは、カーリーの指示だったらしい。
ところが、エティカはカーリーの想定以上の「聡い」資質で、会議を早々に終わらせてしまったのだろう。
知恵が働くのは良いことではあるが、時と場合による。
そして、エティカは「聡い」割には、「葉」であるがゆえに無頓着なのだ。
ゼビロス帝国の皇帝としては申し分なくとも、総合的に鑑みると危なかしくてしようがない。
「あ、あの、伯爵様。私なら大丈夫です。体のほうは……なんともないですよ」
「しかし、気分を害されたのではありませんか? いきなり……男に抱きつかれるなど不快この上ないことです」
「いえ、驚き過ぎて、不快って感じる間もなかったです」
ファニーが居心地が悪そうに、視線をエティカに向ける。
エティカは、まだ床にぺたんと座り込んでいた。
両手を床につき、まるで犬のような格好で2人を見上げている。
「えっと……あのかたは、ゼビロス帝国の皇帝陛下、なんですよね……? ずっと床に座ってますけど……」
「かまいません。あれには反省が必要でしょう」
「いやぁ、でも、私が気になるっていうか……ほら、私は、この通り怪我もしていません。牧童をやってきたので体力はありますし、頑丈なんですよ!」
ファニーに気遣われているのも、少し気に食わない。
怪我の心配をしていたが、思い返せば、エティカはファニーに抱きついたのだ。
この3ヶ月半、伯爵が忍耐力を集結させて我慢していたことを、あっさりやってのけている。
「ファニー様は、あれしきでは骨が折れるようなことはないほど丈夫でいらっしゃるということにございましょうか?」
「骨が折れる? まさか。あり得ませんよ、カーリーさん。貴族のご令嬢なら、そういうこともあるのかもしれませんけど、私は平民の牧童ですからね」
「さようにございましたか。それは、なによりにございます」
カーリーが納得顔でうなずいていた。
しかし、伯爵はまだ気分が晴れない。
初対面のエティカに出し抜かれたような気持ちになっている。
その伯爵の感情が強かったせいか、エティカにも伝わっているようだ。
ファウストとナタリーは、エティカより共感度が高いので、2人とも目を細めてエティカをにらんでいる。
床にへたりこむエティカは、すっかりしょげていた。
(伯爵様、結果としてではございますが、ファニー様への力加減の確認ができたということで、エティカをお許し願えませんでしょうか)
(……お前の言うことはもっともだが……)
(伯爵様が嫉妬なさるのも当然にございます。しかしながら、エティカは男のうちには入りません。ファニー様が意識されておられないのですから)
ちらっと横目でファニーをうかがう。
確かに、ファニーは皇帝を床に座らせていることを気にしているだけのようだ。
頬を赤く染めたり、瞳を輝かせたりはしていない。
「エティカ、ファウストの隣に座れ。ただし、今後、みだりにファニーに抱きついたりしないように」
「わかった! 気をつける!」
ぴょんと飛び上がるようにして、エティカが立ち上がる。
そして、まるで何事もなかったみたいにファウストの隣に座った。
まだファウストとナタリーの視線は冷たいのに、まったく気にしていない。
「オレね、ファニー様に会えて、本当に嬉しかったんだよ。だけど、飛びついて驚かせちゃって、ごめんね」
「なんていうか、その……光栄、です?」
ファニーの緊張した面持ちを見ると、複雑な心境になる。
ゼビロスで最も安全な場所がここなのは間違いない。
だが、もっと配慮すべきだった。
彼女には気楽に旅行を楽しんでほしかったのだ。
堅苦しく窮屈な思いをさせるつもりはなかった。
そのためにこそ、自分の配下しかいない場所を選んだのだけれども。
「ファニー、どうか気を遣わないでください。ここにいる者は、皆、私の臣下です。身内みたいなものですから、立場など気にすることはありません」
「そうそう! ゼビロスの皇帝なんてやってるけど、実際に仕切ってるのはファウストなんだよね。立場って言うなら、オレ、ナタリーより下だしさ。気楽に喋ってくれたほうが、うれ……いだっ! なにすんだよ、ファウスト!」
「いいかげんにしたまえ。伯爵様とファニー様の会話に割り込むんじゃない」
エティカは、ファウストにはたかれた頭を撫でつつ、むうっと顔をしかめる。
これほど騒がしくなるとわかっていたら、挨拶には来ていなかった。
ファニーに気疲れさせるのは本意ではないので、席を立つことにする。
もとより、伯爵とファニーに会いたがっていたファウストの要望に応えるための形式的なものに過ぎなかったのだ。
「ファウストがさ、会議すっぽかすから、リセリアとの和睦の件がまとまんなくなったんじゃないか。オレも、すっとぼけて、保留にしてきちゃったけどさ」
「えっ? リセリアとゼビロスが和睦するんですか?」
ファニーが急に声をあげたからか、エティカが、きょとんとする。
伯爵にとっては、初めて聞く話ではない。
枝葉の報告をカーリーから聞いていたので、リセリアの動向は知っていた。
ただ、予測済みのことでもあったため、気に留めていなかったのだ。
ファニーに隠していたわけではないが、また驚かせてしまったことを悔やむ。
「和睦というほどのことはなさそうですよ。リセリアはゼビロスに手を出す気はないので、ゼビロスにも同等のことを望むといった程度の話です。互いに干渉し合うのはよそうと言いたいのでしょう」
旅行を楽しむはずだったのに、とんだことになってしまった。
ファニーが知りたがっているのなら、どこまで話すかで悩むことはない。
けれど、楽しく過ごすはずの時間が削られるのを、伯爵は残念に感じている。
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