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Lesson 2
体温
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「長野に引っ越してからは、私の学費も生活も、全部祖父が面倒見てくれたの。私が長野にずっといるっていう条件付きで。祖父はちょっと気難しい人で、東京を毛嫌いしてたから」
祖父の東京嫌いは、かつて桃の母親を東京の大学に進学させたことが発端だったと言う。
桃の母は東京で出逢った年上の男と熱烈な恋に落ち、厳格な親に相談せず勝手に婚約してしまったのだそうだ。卒業後は娘を地元の人間と見合い結婚させるつもりだった桃の祖父は激怒し、長野まで結婚の許しをもらいにきた若い二人を玄関先で追い返したらしい。
桃の両親は駆け落ち同然で結婚し、それ以来実家とは疎遠になっていた。だが、結果的にああいう不幸な終わりを迎えることになり、祖父にしてみれば「それ見たことか」という思いだったのだろう。
東京でこれ以上生活できなくなった娘と孫が実家に戻ってくることになり、祖父は二人の面倒を見る代わりに、二度と東京には行かせないと宣言したのだそうだ。
桃の祖父は、なかなかの頑固爺さんだったようだ。でもその人がいてくれたおかげで、事実、桃と母親の生活は救われたのだ。
「あのときの母と私は、東京から逃げるように越してきて祖父に頼るしかなかったから、反抗する気力もなかったの。私は祖父のおかげで短大にも行かせてもらえた。でも、就職も結婚も地元でしなさいって祖父に命じられて、ああ、もう私の人生はそう決まってるんだなって諦めてた。仕事もね、うちの方はすごく田舎だから、就職先なんてなかなか見つからないの。私は東京に戻って働きたかったけど、祖父がさっさとコネで信用金庫の採用枠を確保してきちゃって。もう自動的に将来が決められてる感じだった」
「・・・だからか。数学の苦手なおまえが、なんで金融なんだろうって不思議だった」
俺が少しからかうように言うと、「あー、もうホントに大変だった!」と桃がうなだれた。
「でも数字見てると、なんとなく先生と繋がってるような気持ちになれて、それはちょっと良かったかも」
こういう可愛いことを言うから、俺はまた桃の身体にちょっかいを出したくなる。
「でもね。祖父が去年亡くなって、そうしたら私、長野に留まっていなきゃいけない理由がなくなったの。長野では友達もできたし環境もすごくいいし、それはそれで楽しかった。でも心のどこかで、やっぱり東京に帰りたいってずっと思ってた。そしたら母が、『東京に戻りたかったら好きにしていいのよ』って言ってくれて。『今までさんざん我慢してきたんだから、これからは桃の好きなように生きなさい』って言ってくれたの。それで私、初めて自分の意思で行動できるようになったんだって気付いて。どうしよう、何をしようって考えたら・・・頭に最初に浮かんだのが、先生に逢いたいってことだった」
桃の眼が、ベッド脇の淡いルームライトの光で濡れたように見える。俺は桃の肩をさすりながら、頭のてっぺんにそっとくちづけた。
「最初、先生の住所に直接手紙でも送ってみようかと思ったけど、やっぱり勇気が出なくて。先生はもう結婚してて、あの部屋には住んでないかもしれない。そもそも結婚してたら、私が手紙なんて出しても迷惑だろうし・・・って、もうぐちゃぐちゃ悩んで。・・・だけど、どうしても逢いたかったの」
先生の情報がないか、ネットで名前の検索もしたんだよ。ヒットしなかったけど。桃はちょっと恥ずかしそうにそう言った。
「それで、いろいろ考えたの。先生が今もS高校にいるのか知りたくて、古い手帳引っ張り出して真樹ちゃんの番号探して。今年に入ってから思い切って電話したの。真樹ちゃん、すごくびっくりしてたけど、私からの電話を喜んでくれてた」
「そうか。・・・あいつ、おまえが転校した後、すごくがっかりしてたからな」
そうなんだ・・・と、桃は反省するような表情になった。
「真樹ちゃんとお互いの近況報告して、誰が今どうしてるとか噂話になって、ここから上手く先生の話に持っていけないかなって考えてたら、真樹ちゃんの方から先生の話題が出たの。『そーいえば、陣野先生は高校教師辞めたらしいよー』って。・・・すごくびっくりした。真樹ちゃん、サッカー部にいた松重くんに聞いたんだって。あの二人、今でも仲良くてたまに飲むらしいの。松重くんが、前に街で偶然先生に会って、『高校辞めて予備校の講師になった』って聞いた話をしてたって」
思い出した。たしか転職して半年ほど経った頃、駅前で教え子の松重にバッタリ会って立ち話をしたのだ。
「どこの予備校かまでは知らないって言ってたから、電話を切った後、私すぐにネットでいろいろ調べたの。都内の予備校のホームーページを片っ端からチェックして。そうしたら運良くここの予備校のサイトに辿り着いて、授業風景を写したページに先生の小さい写真が出てるのを見つけた」
桃が俺の胸の上で顔を上げ、じっと瞳を見つめてきた。まだ俺たちは心のどこかで、こうして再会できたことをお互い信じ切れずにいる。
「私、先生の写真見て大泣きしちゃった。あんなに泣いたの、久しぶりだった。それでもうじっとしていられなくなっちゃって。先生が結婚してるかどうかは真樹ちゃんも知らないって言ってたから、それはもう覚悟してた。想いは叶わなくてもいい、ただ逢えるだけでいいって思って、それで私、とにかく東京に一度行こうと決めたの。でね、計画を立て始めたら、すごいタイミングで先生の予備校のサイトに事務スタッフの求人が出たの。私もう、これは神様が導いてくれてる!って舞い上がっちゃって」
桃が話しながら興奮するので、俺もつい笑ってしまった。こうして素に戻って話していると、17、8の頃とほとんど変わっていない。あどけなくて、一生懸命で。
「予備校に電話して採用試験受けたいって言ったら、すぐ来てくれる人じゃないとダメだって断られちゃって。信金の方はどう見積もっても3月までは辞められそうになくて、じゃあとりあえず4月になったら東京に出て何か別の仕事を探そうって思ってたんだけど・・・予備校の求人広告、なかなか消えないんだもの。3月にもう一回ダメもとで電話してみたら、仕事の開始時期は多少ズレてもいいって言われたから、やったー!って思って面接申し込んで、それで、まあ・・・こういう展開になったわけです・・・」
そこまで話してから、桃は急に恥じ入るように声を小さくした。
どうしたのかと顔を見たら、あまりに一気に長い話をしたので疲れたらしいのと、自分のストーカーじみた振る舞いに俺が引いているのではないかと心配になったらしい。
俺はつい吹き出してしまい、桃の顔を上向かせて唇にキスした。
「・・・そんなにがんばって、俺に逢いに来てくれたのか」
「先生・・・、呆れてない?ちょっと怖いよね、私・・・」
「いや、全然。ものすごく可愛いよ。ただし、おまえに限ってだけど」
「他の人だったら、ストーカー?」
「に、近いな。でも桃だから、俺は嬉しい」
本心で、心から嬉しかった。俺が5年間ずっと桃の幻影を引き摺っていた間に、桃の方が現実を見て自分から動いてくれたことに本気で感謝していた。
「桃、ありがとう。桃がそんなふうにがんばって行動してくれたから、今の俺はこうしてお前を抱きしめることができるんだ。どんなに感謝しても、足りないくらいだよ。・・・おまえにこうしてまた逢えて、生きてて良かったって思える」
「先生・・・。なんだか大袈裟・・・」
桃が今にも泣き出しそうな顔になったので、俺は桃の髪を撫でてやった。
「・・・もう絶対、俺の前からいなくなるなよ。俺はもう二度とあんな想いはしたくない。頼むよ、桃。ずっと俺のそばにいるって約束してくれ」
最後の方は声が微かに震えてしまい、カッコ悪いので桃の髪に顔を埋めた。桃は、うん、うんと頷きながら、俺の背中をぎゅっと強く抱きしめ返してきた。
桃の体温が心地良くてせつなくなる。まるで俺の方が慰めれらているみたいだ。実際、本当にそうなのかもしれなかった。
俺は手を伸ばしてルームライトの光を一番弱くした。暗さに眼が慣れた頃、腕の中をそっと見ると、桃がいつの間にか静かな寝息をたてていた。
翌朝先に眼を覚ました俺は、ベッドで桃の寝顔を眺めるという至福のときを楽しんでいた。
安心しきった顔で、俺の肩に頬っぺたを押し当てている。高校の保健室で見た寝顔とはまるで違っていて、俺の腕の中で眠る桃は、とても穏やかで幸福そうに見えた。そしてそれを見ている俺自身も、深く満たされて甘酸っぱいような気持ちになった。
髪や頬を指先で弄って遊んでいたら、「んん・・・」と呻きながら桃がようやく眼を覚ました。
「あ・・・、先生。おはよう、ございます」
「おはよう。・・・何、照れてるんだよ」
「だって。恥ずかしいよ、普通・・・」
「なんで。裸だからか?」
「やん、もう!せんせ・・・、朝からダメ・・・っ。あ・・・っ」
じゃれながらひとしきり身体に触れあった。体温を確かめあうように肌をくっつけあい、お互いの胸に唇を押し当ててこっそり印をつけて微笑みあった。
柔らかくて瑞々しい身体にずっと触れていたかったが、俺は後ろ髪を引かれる思いでベッドから起き上がった。
「桃、俺、そろそろ家に戻るわ。着替えて仕事行かなきゃ」
「あ!え!先生、間に合う?!どうしよう、夕べ引き止めちゃってごめんなさい・・・!」
「大丈夫だよ。今日、授業午後からだから、時間ゆっくりでいいんだ。おまえは休みだろ?昨日の今日だし、ちゃんと身体を休めろ」
俺はそう言って、桃の丸い尻を優しく撫でた。桃が「きゃっ」と声をあげてはしゃぐ。昨夜初めてのセックスをしたせいだろう、桃は身体のあちこちが痛いと、恥ずかしそうに笑った。
服を着て慌ただしく玄関に向かう俺を、毛布を体に巻き付けた桃が見送りに来た。
寝起きのとろんとした顔がいつもより幼くて可愛い。俺は桃のうなじに手を当てて、少し長めのキスをした。
「じゃあな。ゆっくり休めよ。・・・夜、電話する」
「うん、待ってる・・・!先生、いってらっしゃい。お仕事がんばってね」
桃が頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。少しはにかむクセは今も昔と変わらない。
俺たちは5年目にしてようやく、お互いのアドレスと電話番号を教え合った。
祖父の東京嫌いは、かつて桃の母親を東京の大学に進学させたことが発端だったと言う。
桃の母は東京で出逢った年上の男と熱烈な恋に落ち、厳格な親に相談せず勝手に婚約してしまったのだそうだ。卒業後は娘を地元の人間と見合い結婚させるつもりだった桃の祖父は激怒し、長野まで結婚の許しをもらいにきた若い二人を玄関先で追い返したらしい。
桃の両親は駆け落ち同然で結婚し、それ以来実家とは疎遠になっていた。だが、結果的にああいう不幸な終わりを迎えることになり、祖父にしてみれば「それ見たことか」という思いだったのだろう。
東京でこれ以上生活できなくなった娘と孫が実家に戻ってくることになり、祖父は二人の面倒を見る代わりに、二度と東京には行かせないと宣言したのだそうだ。
桃の祖父は、なかなかの頑固爺さんだったようだ。でもその人がいてくれたおかげで、事実、桃と母親の生活は救われたのだ。
「あのときの母と私は、東京から逃げるように越してきて祖父に頼るしかなかったから、反抗する気力もなかったの。私は祖父のおかげで短大にも行かせてもらえた。でも、就職も結婚も地元でしなさいって祖父に命じられて、ああ、もう私の人生はそう決まってるんだなって諦めてた。仕事もね、うちの方はすごく田舎だから、就職先なんてなかなか見つからないの。私は東京に戻って働きたかったけど、祖父がさっさとコネで信用金庫の採用枠を確保してきちゃって。もう自動的に将来が決められてる感じだった」
「・・・だからか。数学の苦手なおまえが、なんで金融なんだろうって不思議だった」
俺が少しからかうように言うと、「あー、もうホントに大変だった!」と桃がうなだれた。
「でも数字見てると、なんとなく先生と繋がってるような気持ちになれて、それはちょっと良かったかも」
こういう可愛いことを言うから、俺はまた桃の身体にちょっかいを出したくなる。
「でもね。祖父が去年亡くなって、そうしたら私、長野に留まっていなきゃいけない理由がなくなったの。長野では友達もできたし環境もすごくいいし、それはそれで楽しかった。でも心のどこかで、やっぱり東京に帰りたいってずっと思ってた。そしたら母が、『東京に戻りたかったら好きにしていいのよ』って言ってくれて。『今までさんざん我慢してきたんだから、これからは桃の好きなように生きなさい』って言ってくれたの。それで私、初めて自分の意思で行動できるようになったんだって気付いて。どうしよう、何をしようって考えたら・・・頭に最初に浮かんだのが、先生に逢いたいってことだった」
桃の眼が、ベッド脇の淡いルームライトの光で濡れたように見える。俺は桃の肩をさすりながら、頭のてっぺんにそっとくちづけた。
「最初、先生の住所に直接手紙でも送ってみようかと思ったけど、やっぱり勇気が出なくて。先生はもう結婚してて、あの部屋には住んでないかもしれない。そもそも結婚してたら、私が手紙なんて出しても迷惑だろうし・・・って、もうぐちゃぐちゃ悩んで。・・・だけど、どうしても逢いたかったの」
先生の情報がないか、ネットで名前の検索もしたんだよ。ヒットしなかったけど。桃はちょっと恥ずかしそうにそう言った。
「それで、いろいろ考えたの。先生が今もS高校にいるのか知りたくて、古い手帳引っ張り出して真樹ちゃんの番号探して。今年に入ってから思い切って電話したの。真樹ちゃん、すごくびっくりしてたけど、私からの電話を喜んでくれてた」
「そうか。・・・あいつ、おまえが転校した後、すごくがっかりしてたからな」
そうなんだ・・・と、桃は反省するような表情になった。
「真樹ちゃんとお互いの近況報告して、誰が今どうしてるとか噂話になって、ここから上手く先生の話に持っていけないかなって考えてたら、真樹ちゃんの方から先生の話題が出たの。『そーいえば、陣野先生は高校教師辞めたらしいよー』って。・・・すごくびっくりした。真樹ちゃん、サッカー部にいた松重くんに聞いたんだって。あの二人、今でも仲良くてたまに飲むらしいの。松重くんが、前に街で偶然先生に会って、『高校辞めて予備校の講師になった』って聞いた話をしてたって」
思い出した。たしか転職して半年ほど経った頃、駅前で教え子の松重にバッタリ会って立ち話をしたのだ。
「どこの予備校かまでは知らないって言ってたから、電話を切った後、私すぐにネットでいろいろ調べたの。都内の予備校のホームーページを片っ端からチェックして。そうしたら運良くここの予備校のサイトに辿り着いて、授業風景を写したページに先生の小さい写真が出てるのを見つけた」
桃が俺の胸の上で顔を上げ、じっと瞳を見つめてきた。まだ俺たちは心のどこかで、こうして再会できたことをお互い信じ切れずにいる。
「私、先生の写真見て大泣きしちゃった。あんなに泣いたの、久しぶりだった。それでもうじっとしていられなくなっちゃって。先生が結婚してるかどうかは真樹ちゃんも知らないって言ってたから、それはもう覚悟してた。想いは叶わなくてもいい、ただ逢えるだけでいいって思って、それで私、とにかく東京に一度行こうと決めたの。でね、計画を立て始めたら、すごいタイミングで先生の予備校のサイトに事務スタッフの求人が出たの。私もう、これは神様が導いてくれてる!って舞い上がっちゃって」
桃が話しながら興奮するので、俺もつい笑ってしまった。こうして素に戻って話していると、17、8の頃とほとんど変わっていない。あどけなくて、一生懸命で。
「予備校に電話して採用試験受けたいって言ったら、すぐ来てくれる人じゃないとダメだって断られちゃって。信金の方はどう見積もっても3月までは辞められそうになくて、じゃあとりあえず4月になったら東京に出て何か別の仕事を探そうって思ってたんだけど・・・予備校の求人広告、なかなか消えないんだもの。3月にもう一回ダメもとで電話してみたら、仕事の開始時期は多少ズレてもいいって言われたから、やったー!って思って面接申し込んで、それで、まあ・・・こういう展開になったわけです・・・」
そこまで話してから、桃は急に恥じ入るように声を小さくした。
どうしたのかと顔を見たら、あまりに一気に長い話をしたので疲れたらしいのと、自分のストーカーじみた振る舞いに俺が引いているのではないかと心配になったらしい。
俺はつい吹き出してしまい、桃の顔を上向かせて唇にキスした。
「・・・そんなにがんばって、俺に逢いに来てくれたのか」
「先生・・・、呆れてない?ちょっと怖いよね、私・・・」
「いや、全然。ものすごく可愛いよ。ただし、おまえに限ってだけど」
「他の人だったら、ストーカー?」
「に、近いな。でも桃だから、俺は嬉しい」
本心で、心から嬉しかった。俺が5年間ずっと桃の幻影を引き摺っていた間に、桃の方が現実を見て自分から動いてくれたことに本気で感謝していた。
「桃、ありがとう。桃がそんなふうにがんばって行動してくれたから、今の俺はこうしてお前を抱きしめることができるんだ。どんなに感謝しても、足りないくらいだよ。・・・おまえにこうしてまた逢えて、生きてて良かったって思える」
「先生・・・。なんだか大袈裟・・・」
桃が今にも泣き出しそうな顔になったので、俺は桃の髪を撫でてやった。
「・・・もう絶対、俺の前からいなくなるなよ。俺はもう二度とあんな想いはしたくない。頼むよ、桃。ずっと俺のそばにいるって約束してくれ」
最後の方は声が微かに震えてしまい、カッコ悪いので桃の髪に顔を埋めた。桃は、うん、うんと頷きながら、俺の背中をぎゅっと強く抱きしめ返してきた。
桃の体温が心地良くてせつなくなる。まるで俺の方が慰めれらているみたいだ。実際、本当にそうなのかもしれなかった。
俺は手を伸ばしてルームライトの光を一番弱くした。暗さに眼が慣れた頃、腕の中をそっと見ると、桃がいつの間にか静かな寝息をたてていた。
翌朝先に眼を覚ました俺は、ベッドで桃の寝顔を眺めるという至福のときを楽しんでいた。
安心しきった顔で、俺の肩に頬っぺたを押し当てている。高校の保健室で見た寝顔とはまるで違っていて、俺の腕の中で眠る桃は、とても穏やかで幸福そうに見えた。そしてそれを見ている俺自身も、深く満たされて甘酸っぱいような気持ちになった。
髪や頬を指先で弄って遊んでいたら、「んん・・・」と呻きながら桃がようやく眼を覚ました。
「あ・・・、先生。おはよう、ございます」
「おはよう。・・・何、照れてるんだよ」
「だって。恥ずかしいよ、普通・・・」
「なんで。裸だからか?」
「やん、もう!せんせ・・・、朝からダメ・・・っ。あ・・・っ」
じゃれながらひとしきり身体に触れあった。体温を確かめあうように肌をくっつけあい、お互いの胸に唇を押し当ててこっそり印をつけて微笑みあった。
柔らかくて瑞々しい身体にずっと触れていたかったが、俺は後ろ髪を引かれる思いでベッドから起き上がった。
「桃、俺、そろそろ家に戻るわ。着替えて仕事行かなきゃ」
「あ!え!先生、間に合う?!どうしよう、夕べ引き止めちゃってごめんなさい・・・!」
「大丈夫だよ。今日、授業午後からだから、時間ゆっくりでいいんだ。おまえは休みだろ?昨日の今日だし、ちゃんと身体を休めろ」
俺はそう言って、桃の丸い尻を優しく撫でた。桃が「きゃっ」と声をあげてはしゃぐ。昨夜初めてのセックスをしたせいだろう、桃は身体のあちこちが痛いと、恥ずかしそうに笑った。
服を着て慌ただしく玄関に向かう俺を、毛布を体に巻き付けた桃が見送りに来た。
寝起きのとろんとした顔がいつもより幼くて可愛い。俺は桃のうなじに手を当てて、少し長めのキスをした。
「じゃあな。ゆっくり休めよ。・・・夜、電話する」
「うん、待ってる・・・!先生、いってらっしゃい。お仕事がんばってね」
桃が頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。少しはにかむクセは今も昔と変わらない。
俺たちは5年目にしてようやく、お互いのアドレスと電話番号を教え合った。
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