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第二部 反撃の狼煙 〈ロストナイン帝国〉内部へ!

第三章7 カース、女になる

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「なぁああんですとぉおおおおおおおおお!?」

 キンキンと甲高い声で、僕は絶叫した。
 長い黒髪に、白い肌。豊かな双丘。

 先日、大浴場で見た美女が、鏡の中にいるではないか!

 ――「じゃあ、天性の才に別の力が入ったことで、僕の身体に何かが起こるかも知れないってことですか?」――
 ――『……まあ、平たく言ってしまえばそうだ』――
 ――「たとえば、どんなことが?」――
 ――『そうだな。……あくまで推測ではるが、いきなり女の身体に戻ってしまう、とか』――

 まさか、あのとき神が言ったことが、リアルガチの現実になってしまうなんて!?
 これは、早急さっきゅうに身体にかかった呪いの正体を暴く必要がありそうだ。

「き、貴様その格好は……! やはり、あのとき街で見たのは幻覚では無かったのか!?」

 レイシアなんかは目を見開いて、そのようなことを言っており。

「お、おにい……? もしかして、そんな趣味があったの……?」

 フィリアは大きな目をぱちくりさせた後、顔をしかめて目を逸らす。

「いやこれは趣味じゃないよ! そもそもなんでこうなったのか、僕もよくわかってないって!」

 慌てて弁明するも、フィリアはドン引きしたままだ。
 まあ、わからなくはない。

 敬愛する兄が、いきなり見知らぬらぬ女の姿になったのだ。フィリアにとっては受け入れたくない真実なのかも知れない。

「つーかよ、女装じゃないなら何なんだ?」

 ロディは近寄ってきて、僕――いや、私の顔を覗き込む。しばらく舐め回すように見つめたあと、ポンと私の肩に手を置いた。

「まるっきり骨格から変わっていやがる。女装とかじゃなく、女体化ってことか?」

 気持ち悪いくらい真面目な顔でそう呟いた後、何の前ぶりもなく、私の胸を掴んだ。

「ちょっと、何やってんの!?」

 流石に驚きを隠せない私の前で、もみもみと数回揉んで――

「やはりこれはハリボテじゃねぇ。本物だぜ」

 悟りを開いたように神妙な面持ちで、頷くロディ。

「おい貴様」

 そんなロディの背中をトン、と叩く者がいた。

「何だよレイシア」
「少し話があるんでな」

 鬱陶しそうに振り向くロディに、レイシアはそう言い放ち、次の瞬間。

「この無礼者がッ!」

 ドンッ!
 鋭い膝蹴りがロディの脇腹に炸裂。

「うぎゃぁあああッ!」

 レイシアの蹴りをまともに喰らったロディは、悲鳴を上げて水平に吹っ飛び――壁に激突して膝から崩れ落ちた。

「げほっごほっ……何すんだよお前……!」

 脇腹を押さえてよろよろと立ち上がったロディは、恨めしそうにレイシアを見る。

「やかましい! いきなり女性の胸を触るとは、なんたる狼藉ろうぜきだ、この馬鹿者が!」

 声を荒らげるレイシアの姿に、当事者であるはずの私は呆気にとられてしまう。
 だが、そんな私を蚊帳の外に追い出して、ロディとレイシアの口論は瞬く間に加熱ヒートアップしてゆく。

「いいじゃねぇか! あいつ元々男なんだしよ!」
「阿呆か貴様は! どういうわけか知らんが、今は女の身体だ! それを無遠慮に触る男がいるものか!」
「ここにいるだろうが!」
「開き直るな! いくら男のカースだとて、女体化していきなり胸を触られたら、嫌に思うに決まっておろうが! そうだろう?」

 いきなりバッと振り向いて、同意を求めてくるレイシアに気圧され、私はこくりと頷いてしまった。
 正直に言うと、少し気色悪いと思っただけで怒ってはいない。

 あとロディさん。私は元々女です。
 転生前は女だというのに、よく飄々としていられるな、とは自分でも思う。けれど元々男じみた性格をしていたわけだし、純度一〇〇%の女であった転生前でも、同じことを思っただろう。

(ていうか、今はそんなことどうでもいいんだよね……)

 私は、心の中で盛大にため息をつく。
 念願の男に生まれ変われたと思ったのに、どうやらそうではないらしい。

 女の身体になるのは、たぶんこれで三回目。
 言うなれば、男と女の身体が切り替わる、不完全な状態と言うべきか?

 中身の性格とか口調みたいなものは、転生前の男っぽい感じで固定されるようだが……外見はめっきり変わってしまう。

 この状態で男性に求婚されたら嫌だし、この身体では思い描いていたハーレムができない。いっそのこと百合展開になってくれればとも思うけれど……世の中そんなに甘くないことは、前世が証明している。

(はぁ、どうしたものか……)

 私は雪のように白い自分の手を見つめて、考えに耽り――
 そんな私を差し置いて、

「見ろ! カースとて嫌がっているではないか!」
「そりゃそうだろうが、合法だ合法! 男が女体化したんだからセーフだ!」
「どんな理屈だそれは!」
「言葉通りの理屈だぜ?」
「だから、それが何だと聞いているのだ!」
(……この人達、いい加減喧嘩するのやめてくれないかな)

 未だ至近距離でいがみ合う二人を遠巻きに眺め、私は大きくため息をついた。
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