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オリヴァーの昔話
オリヴァーがグランになった日・5
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「……ごめんなさい、うるさくして。私は、ロザリー・グランディアと申します」
ロザリーが丁寧に頭を下げると、その同行者も頭を下げた。
「ボクはマルク・ジジャクリャインっていいます。よろしくおねがいします」
拙い口調で自分をマルクと名乗った小さな同行者は、拙い口調で自己紹介をし、ぺこりと頭を下げ返してくれた。
『ディザクライン』とうまく言うことが出来ないながらも、一生懸命名乗ろうとするマルクが可愛くて、ロザリーは「ふふっ」とつい笑ってしまった。
「マルクくん。大きくなったわね。おばさんのこと覚えているかしら?」
最後にあったのは、1年前だった。アルバートとオリヴァーと同い年だ。
母親譲りの黒髪をしているアルバートとオリヴァーとは対照的で、このマルク少年は父親譲りの髪と瞳の色をしている。しかし、幼い顔立ちは母親譲りだろう。
社交界パーティーの休憩室で、アンドロの妻・ディザクライン夫人が連れていたが、目の前の少年はそのことは当然覚えてはいなかった。
マルクは首を緩く振った後、ロザリーの腕の中で眠るオリヴァーを見て、不安そうにロザリーを見上げた。
「この子もおかぜなの?」
緑色の瞳に、不安そうな色が混じって見えた気がした。
「……ん、お風邪よ。すぐに治るわ」
それは心配しているマルクを安心させるためであったはずが、自分の気持ちを励ます効果もあったようだ。
一度口にしたら「きっと大丈夫」という気持ちになってきた。
その安心が伝わったのか、マルクは「よかった!」と笑顔を見せてくれた。
「おかぜ、くるしいもんね」
「……マルクくんも、お風邪だったの?」
「うん。さっきここのせんせぇにみてもらったら、くるしくなくなったよ! だからこの子もだいじょうぶだよ!」
今度は、そう言って笑顔を見せてくれるマルクに、ロザリーが元気をもらった。
安堵感から、先ほど止まったと思った涙がまた双眸からあふれ出してきた。
「だいじょうぶ? いたいいたい?」
マルクがロザリーを心配していると、複数人の足音が近づいてきた。
「マルク、奥へ詰めて。先生、狭いところですが中へお入りください」
戻ってきたアンドロに促され、初老の男性が入ってきた。
オリヴァーの身体を看ながら、医者は「うんうん」と低い声で唸った。
「大丈夫じゃわい。疲れが出たんじゃろう。あと寒さで身体が冷えてしまっているから、暖かい部屋であったかいものを飲み食いしてよく眠れば、明日にはけろっと治っておるわい」
それを聞いたロザリーは、へなへなと身体の力が抜けてだらしない座り方をしてしまった。
「……良かった。ありがとうございます、ありがとうございます……!」
何度もお礼を述べていると、医師が深刻そうな面持ちで告げる。
「問題はお前さんのほうじゃ。ちぃっと失礼」
医師は、ロザリーの額に手を当て、首筋にも手を当て唸った。
「お前さんのほうが熱は高い。子どもより体力があったから耐えられただけで、重症度はお前さんのほうが上じゃ。すぐに着替えてあたたかくして……飯は食えそうか?」
次々問い詰められ、ロザリーはきょとんとしたまま頭を振る。
隣で話を聞いていたマルクが、ロザリーの額に手を当てて驚いた声を出す。
「おねえさん! おかお、とってもあつい!」
医者と自分の言葉で状況を察したのか、アンドロが表情をこわばらせた。
「今日この状態でご自宅まで馬車に乗るのは体に良くない。今日はこの町に泊まっていきなさい。私が宿の手配をしてきますので。ロペ医師、お手数をおかけいたしますが、宿まで一度ご足労いただきたくお願いします」
「やれやれ、年寄りに無理をさせおる。まぁ、頑張るがな」
なんだかんだ言いながら、アンドロに手を貸してもらいながら馬車を降りる。
外は本格的に雪になっていた。
吹雪いてはいないが、目を凝らさなくても雪だと判別できるほどだ。
馬車の灯りの下、音もなくゆっくりと舞い落ちる雪を見上げ、ロペは「明日は雪かきじゃのう」と面倒くさそうな声をあげた。
「…………」
「夫人、降りられますか? ……夫人?」
アンドロの呼びかけが、次第に遠ざかっていく。
ロザリーが意識を失うのは、それから間もないことであった。
ロザリーが丁寧に頭を下げると、その同行者も頭を下げた。
「ボクはマルク・ジジャクリャインっていいます。よろしくおねがいします」
拙い口調で自分をマルクと名乗った小さな同行者は、拙い口調で自己紹介をし、ぺこりと頭を下げ返してくれた。
『ディザクライン』とうまく言うことが出来ないながらも、一生懸命名乗ろうとするマルクが可愛くて、ロザリーは「ふふっ」とつい笑ってしまった。
「マルクくん。大きくなったわね。おばさんのこと覚えているかしら?」
最後にあったのは、1年前だった。アルバートとオリヴァーと同い年だ。
母親譲りの黒髪をしているアルバートとオリヴァーとは対照的で、このマルク少年は父親譲りの髪と瞳の色をしている。しかし、幼い顔立ちは母親譲りだろう。
社交界パーティーの休憩室で、アンドロの妻・ディザクライン夫人が連れていたが、目の前の少年はそのことは当然覚えてはいなかった。
マルクは首を緩く振った後、ロザリーの腕の中で眠るオリヴァーを見て、不安そうにロザリーを見上げた。
「この子もおかぜなの?」
緑色の瞳に、不安そうな色が混じって見えた気がした。
「……ん、お風邪よ。すぐに治るわ」
それは心配しているマルクを安心させるためであったはずが、自分の気持ちを励ます効果もあったようだ。
一度口にしたら「きっと大丈夫」という気持ちになってきた。
その安心が伝わったのか、マルクは「よかった!」と笑顔を見せてくれた。
「おかぜ、くるしいもんね」
「……マルクくんも、お風邪だったの?」
「うん。さっきここのせんせぇにみてもらったら、くるしくなくなったよ! だからこの子もだいじょうぶだよ!」
今度は、そう言って笑顔を見せてくれるマルクに、ロザリーが元気をもらった。
安堵感から、先ほど止まったと思った涙がまた双眸からあふれ出してきた。
「だいじょうぶ? いたいいたい?」
マルクがロザリーを心配していると、複数人の足音が近づいてきた。
「マルク、奥へ詰めて。先生、狭いところですが中へお入りください」
戻ってきたアンドロに促され、初老の男性が入ってきた。
オリヴァーの身体を看ながら、医者は「うんうん」と低い声で唸った。
「大丈夫じゃわい。疲れが出たんじゃろう。あと寒さで身体が冷えてしまっているから、暖かい部屋であったかいものを飲み食いしてよく眠れば、明日にはけろっと治っておるわい」
それを聞いたロザリーは、へなへなと身体の力が抜けてだらしない座り方をしてしまった。
「……良かった。ありがとうございます、ありがとうございます……!」
何度もお礼を述べていると、医師が深刻そうな面持ちで告げる。
「問題はお前さんのほうじゃ。ちぃっと失礼」
医師は、ロザリーの額に手を当て、首筋にも手を当て唸った。
「お前さんのほうが熱は高い。子どもより体力があったから耐えられただけで、重症度はお前さんのほうが上じゃ。すぐに着替えてあたたかくして……飯は食えそうか?」
次々問い詰められ、ロザリーはきょとんとしたまま頭を振る。
隣で話を聞いていたマルクが、ロザリーの額に手を当てて驚いた声を出す。
「おねえさん! おかお、とってもあつい!」
医者と自分の言葉で状況を察したのか、アンドロが表情をこわばらせた。
「今日この状態でご自宅まで馬車に乗るのは体に良くない。今日はこの町に泊まっていきなさい。私が宿の手配をしてきますので。ロペ医師、お手数をおかけいたしますが、宿まで一度ご足労いただきたくお願いします」
「やれやれ、年寄りに無理をさせおる。まぁ、頑張るがな」
なんだかんだ言いながら、アンドロに手を貸してもらいながら馬車を降りる。
外は本格的に雪になっていた。
吹雪いてはいないが、目を凝らさなくても雪だと判別できるほどだ。
馬車の灯りの下、音もなくゆっくりと舞い落ちる雪を見上げ、ロペは「明日は雪かきじゃのう」と面倒くさそうな声をあげた。
「…………」
「夫人、降りられますか? ……夫人?」
アンドロの呼びかけが、次第に遠ざかっていく。
ロザリーが意識を失うのは、それから間もないことであった。
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