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9 会いたくなかった男

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「こうなると思ったから、陛下に会わせたくなかったんですよ」

 ジルヴェスターは私の肩を抱き寄せて、陛下から身体を離してくれた。

「彼女は私の婚約者です。いくら陛下であっても、勝手に触れるのは許しませんよ」

「私はお前が一目惚れなどするはずがないと踏んでいる。本当に彼女を愛しているのか?」

 陛下は疑うような視線をジルヴェスターに向けた。その瞬間、ピンと空気が張り詰めた。

「ええ、やっと出逢えた私の運命の女性です」

 ジルヴェスターは相変わらず、顔色ひとつ変えずにさらりと嘘をついた。

「うむ、確かに見た目は美しい。だが、そんな女は五万といるだろう?」

「美しさだけではありません。彼女は損得勘定なく、暴走したシュバルツを必死に助けてくれました。それからシュバルツも彼女に懐いています。そんなことは初めてです。これが運命と言わずしてなんと言いますか?」

 陛下はふむ、と考えるようにあごに手を乗せてから首を捻った。

「レイモンド、出てこい!」

 そう言った瞬間に、目の前に大きくて強そうな虎が現れた。威嚇するようにグルル……と牙を向けている。

 私は流石に恐ろしくて、ジルヴェスターの後ろに隠れた。これも聖獣なの!?

「陛下、何のつもりですか」

「シュバルツが懐くなら、レイモンドも同じかと思ってな。本当ならこの目で見てみたいではないか」

 陛下はキラキラと期待した目で、こちらを見つめた。はあ、とジルヴェスターはため息をついて呆れている。いやいや、シュバルツは狼とはいえワンコっぽいけどこの子は明らかに虎だ。動物園でしか見たことない。

 しかし、レイモンドは私の存在に気がつくとゆっくりと近付いてきた。その様子をみんなが驚いた顔で見ている。

 そして私の前まで来ると、ゴロゴロと甘えるように喉を鳴らして私の足に擦り寄ってきた。

 ――あれ?なんか猫っぽい!?

「よしよし、可愛い。ごめんね、さっきは怖がっちゃって」

 私が撫でるとレイモンドは気持ちよさそうに目を細めた。

「これは……驚いた!レイモンドがこんな風になるなんて信じられぬ」

「そうですね。恐らくアンには特別な力があるのだと思います」

 へ?私に特別な力?この聖獣を懐かせるのが能力だとでも言うのだろうか。

「俄然興味が湧いた。私は新しいものや、珍しい物が大好きなのだ。本当に私の妻にならないか?こんな淡白な愛想のない男とは違って毎晩愛してやるぞ」

 陛下は私の手をギュッと握り、ずいっと顔を近付けてきた。うわっ……!この男も私の苦手なナルシストだ。まあ、この国一偉い人なんだから仕方がないかもしれないが。でも第五妃なんて冗談じゃない。絶対嫌!

「臣下の婚約者を盗るとは趣味の悪い。あなた様がそのおつもりなら私はこの国を出ます」

「ゔっ、冗談ではないか。相変わらず洒落の通じない男だな」

 陛下はふうとため息をついて「レイモンド、戻れ」と指示をした。レイモンドはくぅーん……と寂しそうな声を出したので「またね」と撫でるとすっと陛下の傍に戻って行った。

「ジルヴェスター、一度彼女を王宮に連れて来い。詳しく調べたほうがいいかも知れぬ。彼女がいると、どうもレイモンドの命令の効きが悪い」

 陛下は先程とは打って変わって、急に真面目な顔をしてそう告げた。

「……はい」

 ジルヴェスターも真剣な顔で頷いている。陛下はニッと笑って私の方を向いた。

「とびきり美味しいお菓子を用意しておくよ。アンナ嬢の祖国の話もとても興味がある。一度遊びにおいで」

「は、はい」

 有無を言わせない雰囲気に私は頷くしかなかった。ちゃらんぽらんな様でいて、陛下には他とは違うオーラがあった。

「そうだ!ジルヴェスター、警備長が探していたぞ。行ってやれ」

「嫌です。舞踏会で仕事の話など無粋ですよ。それに今夜はアンと一緒ですから」

「だめだ。そんなこと日常茶飯だろ?仕事だから文句を言うな」

 ジルヴェスターは嫌そうな顔をして「悪い、すぐ戻る」と私に告げた。

「シュバルツ、私の代わりにアンナを守ってくれ。できるな?」

「ワフッ!」

 いきなり現れたシュバルツは私にピッタリと寄り添った。

「シュバルツは強い。それに何かあればすぐに私にわかるようになっている」

「わかったわ」

「充分気をつけてくれ。それに沢山声がかかるだろうが、他の男からのダンスの誘いは受けない様に」

 ジルヴェスターは、私の顔を覗き込みそう言った。

「くっくっく、お前が嫉妬とは。お熱いねぇ」

 陛下が揶揄うので、私は真っ赤に頬を染めた。この男が嫉妬!?私と別の男性が踊るのが嫌だと思っているってこと!?

「わ、わかった」

 素直にそう答えると、ジルヴェスターは耳元に顔を寄せた。

「私以外と踊ってボロが出たら困るからな。大人しくしておけ」

 一瞬おかしな勘違いしそうになった自分自身を殴りたい気持ちだ。そうそう、この男はこういう嫌味な男だった。

「シュバルツが守ってくれるから、もう帰ってこなくていいわよ!」

 小声ながらもギロリと睨んで怒りを露わにすると、ジルヴェスターはくすりと笑った。

「片時も離れたくないんだが、仕方がない。愛してるよ、アン。待っていておくれ」

 彼はわざと周りに聞こえるように、心配している振りをした。そしてチュッと私のおでこにキスをして、去って行った。

 私はみんなが消え去ったのを確認してから、ゴシゴシとハンカチでおでこを拭く。

 なんで貴族の男ってやつはあんなチュッチュ、とキスを簡単にするのだろうか。信じられない。こっちはまだ好きな人ともしていないのに。

 広い会場に戻ると、私が一人でいることに気が付いたいろんな人から「一曲お相手を」と声をかけられた。完全にバルト公爵家に取り入ろうとする人達ばかりだ。

「ごめんなさい、ジル以外とは踊らないと決めていますの。彼はああ見えて嫉妬深いものですから」

 うふふ、と笑いながら頭を下げて断った。ジルヴェスターのせいにして断るのが一番手っ取り早い。会場にいたら声をかけられるので、できればここを早く離れたい。

「シュバルツ、お庭に行きましょう。あなたも会場内じゃ自由に駆け回れないものね」

 そう伝えると、シュバルツは嬉しそうに尻尾を振った。

「行こう」

「ワォーン!」

 王宮の外には美しく整えられた素敵なお庭があった。色とりどりの花が見事に咲いている。私はシュバルツが嬉しそうにぴょこぴょこと走っているのを、眺めていた。

 その時、空の上から大きな黒い塊がドサっと落ちてきた。私は驚いたが、恐る恐るそれに近付いた。

「これは……!?」

 血を流しているカラスだった。どうやら怪我をしているようだ。

「大丈夫!?早く治療しないと」

 私がカラスを抱き上げると、シュバルツがグルルッ……!と警戒するように牙を出し威嚇をし始めた。なんだか怒っているようだ。

「シュバルツ、この子は怪我をしているの。助けたいから持ち上げただけよ」

 そう伝えたが、シュバルツの警戒は続いている。そのカラスを離せというようにずっと吠えている。

 ――このカラスが危険だというの?

 私がなんとか助けたいと思っていると、手の中にいるカラスの身体がブワッと光り出した。

「な、な、なに!?これ……!」

 何故かカラスの傷口がどんどんと塞がっていった。こんなことって……ある?私は自分の目が信じられなかった。

「ナハトッ!どこにいるんだ!?」

 焦る様な声が聞こえると、手の中のカラスはパチリと目を開けキョロキョロと声の主を探すような素振りを見せた。

「ナハト……!」

 その声が近付いて来ると、カラスは私の手に甘えるように羽を擦り付けた後バサバサと飛び立っていった。

 なにが起こったのか意味がわからないが、とりあえずは主の元へ帰った様だ。もしかするとあれはただのカラスではなく、シュバルツと同じ聖獣だったのかもしれない。

「あなたがナハトを助けてくださったのですね。聖獣を治癒する力があるなんてレアだ!素晴らしいな」

 そう言われて、胸がザワリとした。ちょっと待って……この声、聞き覚えがある。

「ありがとうございます。是非お礼をさせてください」

 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには私が二度と会いたくなかった上田健斗とそっくりな男が立っていた。


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