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5 謎の老婆 挿絵あり
しおりを挟む「こんな時間に珍しい乗客だね」
ふとうしろから声をかけられて、二人は足を止めた。
誰もいなかったはずのホームのベンチに、一人の老婆が座っていた。セチアよりも更に小柄に見えるものの、存在に気づかず通り過ぎるはずがないのだけど。
「セチア」
老婆の視界から隠すように、ノアールがセチアの身体を自らのうしろにやると、警戒するように少し身構えた。
そんなノアールの様子を見て、老婆は大袈裟な仕草で驚いてみせる。
「おぉ怖い。そんなに警戒しなくても、取って喰いやしないよ。それにしてもあんた、何か厄介な呪いをかけられているねぇ」
枯れ枝のような指をノアールに向けて、老婆は唇を歪めて笑った。思わず左目を押さえたノアールの前に、老婆はゆっくりと歩いてきた。小柄で折れそうに細い身体なのに、びりびりとした緊張感が漂っていて、ノアールもセチアも動けない。
「どれ、見せてみな」
ノアールを見上げた老婆は、左目を隠す手を退けるように言う。そろそろと動かされた指の奥、あらわれた傷跡を老婆はじっと見つめる。
「――久しぶりに見たね」
「あんた、何者だ」
硬い声で問うノアールに、老婆は小さく肩をすくめた。
「単なる暇を持て余した年寄りだよ。だけどその呪い、随分と進みが遅いね。普通、一年と保たずに呪いが全身にまわって死ぬんだけど」
「……」
答えなくとも、ノアールがちらりと背後に視線をやったことに気づいたのだろう、老婆は興味深そうな表情でセチアを見る。
「おやおや、お嬢ちゃんも珍しい体質だね。ん、聖獣まで連れてるとは」
「あ、キラ!」
老婆の声に反応したのか、ケープの下からキラが飛び出してくる。警戒心の強いキラは、見ず知らずの人物に自ら近寄ることはないはずなのに、差し出された老婆の腕の上にちょこんと乗った。
「可愛い子だね。まだ子供だけど、おまえが呪いを浄化してやってるんだね?」
キラの頭を撫でながら、老婆が優しく語りかける。キュ!と得意げに鳴くキラを見て、ノアールとセチアも少し身体の力を抜いた。キラが懐く相手は、敵ではない。
「……貴女が、蠍火の魔女か」
恐る恐るといった様子で口を開いたノアールに、老婆は笑って首を振った。
「彼女に呪いを解いてもらうつもりかい?蠍火の魔女は強欲だよ。あんたは、何を対価に差し出せる?」
「……金なら、何とかする」
「命を救ってもらうんだ、簡単に用意できる金額じゃあないだろうね。それこそ、国がひとつ買えるくらいに」
「そんな」
言葉を失うノアールに、老婆は更に意地の悪い笑みを浮かべてセチアを指差した。
「例えば、お嬢ちゃんの命と引き換えに――なんて言われたら、どうする?」
「それなら、呪いを解く必要などない」
考える間もなく、はねつけるように答えたノアールに、老婆はくすくすと笑った。
「さて、蠍火の魔女は何を対価に求めるだろうね」
「もう一度聞くが、本当に貴女が蠍火の魔女ではないのか」
ノアールの言葉に、老婆は小さく笑うと唇に指を当て、キラの頭をそっと撫でた。
「蠍火の魔女の居場所は、この子が知っているよ。ただし、彼女の求める対価が何になるのか覚悟はしておいた方がいい。大切な何かを失うことになるかもしれないよ」
そう言って老婆はキラをセチアの手に返すと、くるりと背を向けた。一歩、また一歩と離れるたびにその姿は光に溶けて、数歩もいかないうちに見えなくなった。
「大切な、何か……」
キラを抱きしめながら、セチアは小さくつぶやく。
セチアにとって大切なものは、キラとノアール。そのどちらかを失うことなど、考えただけでも耐えられない。
もしもそんな対価を求められたなら、この力を封印してもらうのは諦めようと決めて、セチアはノアールをそっと見上げる。寡黙で、大きな身体に険しい顔をした彼が、本当はとても優しい人であることを、セチアはよく知っている。あの老婆が言ったように、もしも彼の呪いを解くための対価がセチアだとしたら、喜んで受け入れようと思う。ノアールには、呪いから解放されて幸せになってもらいたいから。
「蠍火の魔女の居場所、教えてね、キラ」
そっと囁くと、キラはそれに応えるようにセチアの頬に身体を擦り寄せた。
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