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【一一ハ】海路の日和を待つ神聖かるた会 その二

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 安甲晴美と徳田康代は、控え室の和室で軽い食べ物を口にしていた。

 大きな窓から、師走の柔らかな日差しが差し込んでいる。
安甲と徳田は、窓際に行ってあかく染まったかえでの木を眺めていた。

『先生とこの部屋から紅葉を眺める日が来るなんて思いませんでした』

「徳田さん、私も同じだよ。まさかってあるもんね」

『ええ、本当に“事実は小説よりも奇なり”と言う言葉を思い出しますわ』

「徳田が言うと、そう感じるのも不思議だな」

『先生が勝っても、
ーー 私が奇跡的に勝っても優勝は神聖女学園かるた会ですね』

「準決勝で、すべては決まっていたわね。
ーー 全員が勝ち残る運には、驚いたわよ」



『先生、明日、東都に帰ったら、どうされますか』

「私は陰陽師であり、神主だから、師走大祓しわすおおはらえの準備で忙しくなるが、
ーー 徳田さんはどうする」

『しばらく、かるたをお休みして、
ーー 宝田劇団の人と演劇の練習をしたいと考えています』

  地獄耳の夜神紫依やがみしより舞台監督が背後から徳田に声を掛ける。

「徳田さん、一月のこけら落とし公演の練習がもうじき始まるわ。
ーー 徳田さん、スタンドインでお手伝いしてもらえませんか」

『主役の代役ですか?』

「それは、無いわ。
ーー でも、脇役の代役などなら、あるわよ」



 若草色のスカートスーツの田沼光博士と水色のスカートスーツの若宮咲苗助手が徳田を見つけてやって来る。

「徳田さん、素敵な紫色のお着物、お似合いですね。
ーー ところで、今、ちょっと聞こえたんですが、
ーー また、舞台をされるのですか?」

『これは、近江きものレンタルの貸衣装よ。
ーー でも、新品を店主が貸してくれたの』

「徳田さんは、この世界の英雄ですから、分かります」

『田沼さん、この世界を護ったのは、
ーー 地球の女神さまと八百万の神々です。
ーー 私は陛下の勅命に従っているだけの女子高生です』

 田沼は、気まずそうになって言葉を控えた。



 女子高生姿の神さま見習いセリエと天宮静女が田沼の近くに来た。
静女の紫色の髪と瞳に対して、セリエのは水色だった。

 鈍感な田沼や若宮でも、セリエの圧迫するような圧力に気付き振り向く。
目の前にいる愛らしい顔立ちの美女が、田沼をじっと見つめていた。
田沼も若宮もタジタジになって動けない。

「セリエじゃ、学者、元気かにゃあ」

「セリエさまで、いらっしゃいますか」

「予は、男にも女にも、猫にも何にでも変幻自在にゃあ」

 田沼と若宮は、セリエ本人と気付き、一歩引き下がった。

「今は、女子高生にゃあ、
ーー 神さま見習いを女神さまから申し渡され勉強中じゃにゃあ。
ーー そこのピンクの花は、何というかにゃあ」

「はい、カトレアでございます。
ーー 花言葉は魔力とか魅力で、
ーー 蘭の女王と呼ばれ多年草です」

「田沼は、花に詳しくて助かるにゃあ」

 セリエの思い掛けない褒め言葉に、田沼は照れていた。


 
 神聖女学園の水色の制服姿の豊下秀美と明里光夏が控えの間に入って来た。

「安甲先生、徳田さん、そろそろ時間ですが」
配信担当の明里が言った。

「明里さん、ありがとう。
ーー 徳田さんと行くわ」

 控え室の畳の井草の香りをあとに、応援者は応援席に移動した。
配信カメラは、スタンバイしている。

 明里はプロカメラマンに任せて、応援席で観戦することにした。
織畑信美、前畑利恵も同席しいる。
徳田幕府の女子高生支部の警備も廊下と応援席にいた。

 

 司会が毎回同じ注意をしたあと、専任読手が会場中央の壇上に立ち暗記時間を宣言した。
片手にデジタルストップウオッチを持ちながら、安甲と徳田を見ている。
 審判も配置に着いていた。

「暗記、終了」

専任読手の序歌が始まる。

「なにわずに さくやこの 花冬ごもり
ーー いまを春べと 咲くやこの花・・・・・・
ーー いまを春べと 咲くやこの花」

 二字決まりの“し”が詠まれる。
“し”の音は二枚だ。
”しの”か“しら”の二枚だ。

 安甲と徳田の紺色のはかまが持ち上がり前傾姿勢になった。

“しのぶれど・・・・・・“
しもの句は、“ものやおもふと・・・・・・”
”しらつゆに・・・・・・“
下の句は、“つらぬきとめぬ”

 安甲の自陣には無い。
徳田の自陣には、“つらぬきとめぬ”の下の句があったが、まれた札は、“しのぶれど“の空札からふだだ。

 安甲は空札からふだを知った上で徳田の自陣にフェイントの素振すぶりを仕掛ける。
徳田は、安甲の狡猾こうかつなフェイントを知っていたから、目をつむり見ていなかった。

 空札からふだで始まった試合は後半になって大きく動く。
かるたクイーン奪還を目指す安甲が五枚差で残り一枚になっていた。
安甲の自陣の一字決まりが出て試合は安甲の勝利となって終わる。

 徳田にミスは無かった。
専任読手の詠みが、安甲の自陣札にややかたよっていただけだ。

 安甲の守りかるたは、読手に依存することが多い。
攻めはフェイントでしか使っていなかった。

 そういう意味では、安甲の戦略は賛否両論されることがあった。

 安甲と徳田はふだの枚数を数えて合わせて、お辞儀をした。



「徳田さん、強くなられたわね。
ーー この試合はA級の決勝よ」

『先生、ありがとうございます。
ーー 先生のご指導のお陰です』

「そうね、先生、徳田さんをもっときたえるわよ。
ーー 付いて来てね」

『先生、クイーン戦の予選大会に出場しますか?』

「クイーンの川霧桜さんと戦いたいわね」

『川霧さんか・・・・・・』

「次は、徳田さんの相手は川霧さんよ」

 康代の中で新しい目標が形になりつつあった。
雲の上のクイーン川霧と戦いたいとめらめら闘志が湧いていた。


「康代殿、なんか燃えているでござるよ」

静女しずめ、康代は生き甲斐を見つけたにゃあ」
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