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第七十一話 夕子先生は、お酒愛好家なだけだぞ。真夏ちゃん!

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 紺色のスカートスーツ姿の御坂恵子みさかけいこが、最上階フロアの大きな扉の前に立って昼間夕子のセキュリティ解除を待っていた。
 夕子は御坂から渡されたリモコンにパスワードを入力して、扉に向けた。

「御坂さん、扉が開かないわ。どうしよう」

「お嬢様、前にパスワードを変更されていますが」

「そうね、猫ニャンニャンだったかな」
夕子は、そう言って、パスワードの末尾に猫ニャンニャンを入れてみた。

「御坂さん、開いたわ」

「お嬢様、あまり長いパスワードは、トラブルの元です」

「もしもの場合は、マスターキーがあるじゃない」

「お嬢様、最上階のマスターキーは用意されていません」

「そうなの、知らなかったわ。
ーー ところで御坂さん、お嬢様はやめてもらえますか。
ーー 夕子で構いませんから」

「分かりました。夕子さま。
ーー そうさせて頂きます」



 御坂恵子が重厚な扉に手を掛けゆっくりと開ける。
油圧装置が作動して、か弱き女の力加減でも開けることが出来た。
しかし、開閉音の異様さに周囲の人間は耳を塞ぐことになる。

[ギギーギー]

真夏が呟く。

「先生のお部屋、おばけ屋敷みたい」

「真夏ちゃん、先生のお部屋はね、おばけ屋敷なのよ」
真夏の表情が変わり、星乃がフォローする。

「昼間先生、あまり生徒を揶揄からかうのは、よくありませんよ」

「星乃先生、揶揄うなんてしてませんよ。
ーー 入れば分かりますから」

 星乃と朝霧は顔を見合わせて渋い表情に変わった。



 御坂を先頭に夕子たち十六名が二人ずつ並んで、最上階のペントハウスに入室する。
入り口付近には、おばけ屋敷にあるセットが左右に並んでいる。
 泥棒避けのセキュリティ装置が隠されていた。

 入り口から伸びる通路を壁沿いに進む。
正面突き当たりに脱出口と書かれたカプセル式エレベーターがあった。

「先生、カプセル式ってなに」
ヒメが夕子に尋ねる。

「先生も、よく知らないけど、多分、緊急時用ね」

「夕子さま、そのエレベーターはリニア式ですが・・・・・・。
ーー 緊急時にはカプセルとなって、地下シェルターまで運ぶ装置と聞いております」

「御坂さん、定員は、何名ですか」

「二十二名です」

「じゃあ、御坂さんとスタッフを入れても大丈夫ね。
ーー 御坂さん、テストしてみない」

 夕子は衝動を抑えられずに言った。

「夕子さま、緊急用ですから」

「緊急時に動かなければ、無用の長物よ」

「分かりました。ちょっと、お待ち下さい」

 御坂は携帯を出して司令室に連絡を入れる。

「・・・・・・ そういう訳で、これからテスト運転します」

 御坂は連絡を終えると、別のスタッフに注意を与え、夕子と二人だけで緊急脱出カプセルに乗る。
他の者たちは、夕子が戻るのを待つことになった。



 夕子と御坂はエレベーター内にある座席に座り、シートベルトを締めた。
御坂が夕子に伝える。
「夕子さま、座席のコントローラのレバーを押し上げてください」

「エレベーターのドアが閉じたわ」

「その隣にあるスタートボタンを押してください」

 エレベーターは徐々に加速して、御坂と夕子の頬の皮膚がぶるぶると慄え始める。
二人の表情が戻る時、エレベーターは地下百メートルにあるシェルターに到着した。

「夕子さま、着きましたわ」

 夕子はコントローラのレバーを動かしてエレベーターのドアを開ける。

 ステンレスのような部屋の壁を、夕子は始めてみることになった。
御坂が再び説明する。

「このシェルターにも、別の脱出装置が備えられています」

「また、脱出装置ですか」

「はい、自動車とか電車のように移動します」

「御坂さん、意味がわからないわ」

「夕子さまのカプセルがシェルターに到着すると、
ーー 移動セキュリティが解除されスタンバイになります」

「それ以外は」

「マスターキーで解除出来ますが、夕子さま不在時に限定されています」

「つまり、私が留守の時は、マスターキーが使えるのね。
ーー いる時は、私の脱出カプセルが・・・・・・。
ーー シェルターの移動機能を解除するのね」

「はい、その通りです。
ーー 夕子さまを置き去りにさせないための社長の考えかと」

 夕子は、御坂の前で大きく深呼吸をしてみた。

「この部屋って、金属臭が強いわね。
ーー あと換気も悪いわ」

「あくまでも緊急脱出対応なので、仕方ありませんわ」

 御坂と夕子は、シェルター内をぐるぐる歩いていた。

「御坂さん、このシェルターも座席がいくつもあるわね。
ーー 定員があるの」

「はい、三百三十名と聞いています」

「なるほど、それで旅客機のような座席配置なのね。
ーー まさか、飛ばないわよね」

「夕子さま、この地下シェルターは移動後に滑走路に繋がっています」

「じゃあ、地下の滑走路ですか」

「地下出口付近に滑走路があって、垂直離陸出来ます」

「でも、パイロットはいないじゃない」

「はい、自動運転で、海に着水します」

「その後は」

「船と潜水のモードを選択出来ます」

「まるで映画みたいじゃない」

「昼間財閥の研究者が・・・・・・。
ーー 未来にタイムスリップした時、アイディアを持ち帰ったそうです」

「トップシークレットね」

「ええ、この研究は一部の幹部しか知りません」



「分かったわ、御坂さん、戻りましょう」

「夕子さま、脱出用カプセルは名前の通り脱出専用なので、
ーー 戻すには、司令室の許可と操作が必要になります」

「結構、面倒な装置ね。
ーー じゃあ、別ルートね」

 御坂はシェルターの備え付けの電話から司令室を呼び、脱出用カプセルの回収を依頼した。

「斎藤さん、これから一般エレベーターで地上に戻るので、解除をお願いします」

「御坂さん、あと数分、お待ち下さい」

「分かったわ」

 御坂と夕子は一般エレベーターのセキュリティランプの色が変わるのを待った。
「御坂さん、まだ赤色ね」

「夕子さま、もう一度連絡してみますね」
 御坂が言った時、セキュリティランプが青い色になって点滅したあと、緑色に変わった。

 夕子と御坂は一般エレベーターに乗り、無事にエレベーターホールに辿り着く。



 二人が最上階に到着した時、三日月姫が夕子に言った。

「わらわは、地酒が飲みたいのじゃ、夕子」

 三日月姫の横で、ヒメと真夏が騒いでいた。

「先生、携帯のニュースに、富士山が噴火とか・・・・・・・ 」

「ヒメ、なに冗談言っているの」

 御坂恵子の携帯が鳴る。
「御坂さん、斎藤ですが・・・・。
ーー そちらに、お嬢様はいらっしゃいますか」

「はい、私と一緒ですが」

「緊急脱出用カプセルは、十三階に戻しました。
ーー 今、ニュースでは、富士山の噴煙が報道されています」

「斎藤さん、噴火じゃないのね」

「司令室のセキュリティカメラも噴煙のみ捉えています」

「斎藤さん、傾斜計や火山地震は、どう」

「いいえ、富士山には、問題がありません」

「情報が錯綜しているようね」

「御坂さん、箱根外輪山と富士山の間に大きな変化がありました。
ーー 多分、ここは大丈夫かと」

「じゃあ、斎藤さん、続報があったら至急連絡してください」

 御坂恵子は携帯を切り、夕子に状況を伝えた。



「分かったわ御坂さん、騒いでも状況は変わらないから
ーー 今晩は私たちと一緒に酒盛りをしましょう」

「夕子さまは、本当にお酒が好きなのね」

「夕子、わらわも、飲み会をするのじゃ」

「夕子、姫も希望しておるのじゃよ」
前世の未来が言った。

「分かったわ、未来」

「御坂さん、お酒は何がございますか」

「はい、夕子さま、静岡県の地酒が用意出来ます」

 御坂は、携帯を取りレストラン部に連絡を入れた。

「御坂さん、レストラン部の吉田松江です」

「松江さん、十三階に二十人分のお酒と食事を運んでもらえますか」

「御坂さん、お酒の種類は」

「静岡県の銘酒から、純米吟醸を選んでもらえますか」

「御坂さん、純米吟醸は切らしていまして、純米大吟醸のみですが」

「じゃあ、それでいいわ」

 夕子は御坂の会話を横で聞いて、御坂の酒知識に疑問を持った。

「先生、さっきのはネットの誤報でした」

「そうだろう、ヒメ」

「今度のは、本物です」

「ヒメ、何言っている」

 ヒメは夕子の前に携帯の投稿動画を見せた。
大きな湖の水面中央から火柱が上がっていた。

「火柱の高さは千メートルだそうです」

「分かったわ、ヒメも、真夏ちゃんも、黒子も、陽子も、
ーー 今夜は現世うつしよに乾杯しよう」

「先生、やっぱり飲兵衛じゃない」
夢乃真夏が言った。

「先生は、お酒愛好家なだけだぞ。真夏ちゃん」
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