公爵令嬢に当て馬は役不足です

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婚約者のつもりだった男

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ジョシュアは、クロエを迎えに行った。婚約者の件はこちらの勘違いだったが、そのおかげでクロエを何の憂いもなく、迎えにいけるようになったことをとても喜んでいた。

「あー、こんにちは。今日はお一人ですか?」

ジョシュアに声をかけてくるのは、最近付き合いが増えた伯爵子息だ。彼はいつも笑顔だが、実際瞳の奥は笑っていないように見える少し不気味な男だ。

「今から彼女を迎えにいくんだ。」
「彼女……ああ、ハリエ公爵令嬢ですか。本当に羨ましいですね。あんな美人と、婚約を結べるなんて。」

そうだった。そういえばこの男にも、ジョシュアはハリエ公爵令嬢の婚約者が自分であると、話していたのだった。

今更勘違いというのも、恥ずかしいから、と言葉を濁す。彼はジョシュアの様子には気付かずに去っていった。

今は何とかなったものの、これが続くと自分が単なる嘘つきになってしまう。間違えたのは仕方ないと、次に彼に出会った時にはちゃんと説明しなくては、と考えていた。

ジョシュアがクロエの元に向かうのを、離れて見ていたのはこの伯爵子息。彼は最初からジョシュアのいうことが間違いであると知っていた。

彼は、アンジェリカを慕う貴族の一人で、社交界で有名になりすぎた彼女の名誉を傷つける者を見つけては、勝手なことをしないように見張っている。


彼自身はアンジェリカとは学園在学中に話したことがある為、全く知らない仲ではない。

「どうして会ったこともない人に、騙られないといけないのかしら。」

彼女の才能が日の目を見るにつれて、増えていったのは彼女に対する噂の数々。彼女が入ったことのないドレスショップに、彼女が食べたことのない菓子に、彼女が行ったことのない村に、会ったことのない人。アンジェリカ嬢は、不思議そうにしていたが、会ったこともない人だからこそ、好き勝手に嘘をつくのだろうと思っている。


でもそんなことは彼女には全く関係がない。有名になりすぎたから、などと彼女を責めるのはお門違いだ。

彼女は素晴らしい人間だ。それは疑いようもない事実。だけど、騙りが一人歩きして彼女の功績は消されたり勝手に増やされたりしてしまう。



先程の男が取るべきは、誤った情報を流したことを謝罪し、訂正し、それを認知させないといけなかった。謝るべきは、間違った情報を与えられた此方側ではなく、不当に被害を被った彼女である。

だが、奴はアンジェリカ嬢に話が回っていることも、おそらく知らない。だからまだ間に合うとさえ思っている。

だが、誰もが知る有名人に迷惑をかけて、黙っていればいい、なんてそんな話があるか?

情報は己の知らないところで急速に回っていくものだ。おそらく回ってはいけないところにまで既に回りきっている可能性は高い。

身から出た錆。此方が奴にしてやれることなど初めからないのだ。


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