公爵令嬢に当て馬は役不足です

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試験と舞台裏

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家を出る前にジョシュアは父から預かった物があった。馬車の中で開けるように言われたソレを忘れないうちに目を通しておこうと、開けたのだが。

「は?何だこれ。」
中にはいくらかの現金と、金額の書いていない小切手。手紙には絶対に誰にも見つからないところに小切手を隠すようにと書いてあり、現金は見せ金として、奪われる前提として隠しておくように、とあった。

まるで襲撃されるかのようなその書き方に、ジョシュアの背筋がうっすらと寒くなる。先程の話の時には黙り込んでいたことも気になっていた。話すのは専ら母の方で、父は一言も、祝いの言葉すらかけてくれなかった。その意味を、ジョシュアは漸く理解した。馬車を乗り捨てて、逃げるべきだろうか。

もうすぐ森に入る手前で気づけた自分はついている。街中で襲う奴らなどそういないだろうと、途中で降ろしてもらう事にする。

「ほら、今から森に入るからさ、最後の休憩をしておこうよ。慣れない道だから、少しずつ休憩を挟まないと大変だろう?」

「それはそうね。あ、ちょっとだけ知り合いに手紙を出して来ても良い?急な移動だったから、そのことを書いておきたいの。」

クロエはそう言って駆け出して行ってしまった。手紙なら着いてから書けばよい、と思うが、辿り着かないかもしれないこの状況に、ジョシュアは彼女の行いを止めることが出来なかった。


元より彼女と一緒にいると、彼女を危険に晒すことになる。それに、今現金を持って逃げれば奪われる心配もないだろう。夫人が逃げたことで肩身が狭いと嘆く、帰る場所のない彼女とは違い、自分には家がある。ジョシュアは駆け出す恋人の背を見送って、来た道を逆方向に走り出した。


クロエは街中で降ろされた馬車から、キープしていた男達を見つけ、一目散に走った。ジョシュアと結婚することになったけれど、だからこそアンジェリカには社交界で酷い目に遭わされるはずだし、これからも友人としてそばにいてほしいと伝えておかなくては。

彼らは急いでいたようで足早に何かを探していたが、クロエが話しかけると、輝くばかりの笑顔になった。

クロエはジョシュアと結婚する旨とこれから領地へ向かうことを告げると、彼らは寂しそうな顔をして、「是非、侯爵子息様にも、挨拶を」と言った。

クロエは彼らをジョシュアの元へ連れて行く。ジョシュアは馬車の中にはいない。

「休憩と言っていたからすぐに戻ると思うわ。」

「そうか。なら、待たせてもらうよ。」

クロエの体がフワッと浮いたと思ったら、それから先の記憶はない。クロエを眠らせた彼らは、侯爵の手紙から、ジョシュアがクロエを捨て、逃げたことを悟っていた。

「アンジェリカ様を侮辱した女はどうしますか。」

「平民が貴族を貶めようとしたんだ。本来なら極刑だが、彼女には才能があるだろう。一番輝ける場所にお連れするのはどうかな。」


男達はアンジェリカの熱烈なファンを主人に持つ従者達だ。彼女には嫌われているが一途な主人を彼らは慕っている。

「こんなのでも一時の気休めにはなるんじゃないか。」

眠っているクロエを指して、彼らは主人の反応を予想する。

「いかん、すぐ壊される未来しか想像ができない。」
「同じく。」
「いや、案外この女なら、生き延びるんじゃないか。侯爵家より上の権力者だし、アンジェリカ嬢の話ばかりするほど、彼女を大好きなようだし?」


確かに、男達が話を聞いてくれる高揚感からか、彼女はずっとアンジェリカ嬢に何をされたかの妄想話を話していた。有名になると、こんな変な人間からも好かれるのだから、気の毒なことだ。そう言う意味では主人も同じようなところがある。

主人は元は王女ヴィクトリアよりも王位継承権は上の第一王子だった。アンジェリカを襲撃しようとした罪で幽閉されてからは居ないものとして扱われている。

彼は公爵家の教育のおかげでアンジェリカ第一主義ではあるものの、彼女自身には決して近づかない熱烈なファンになった。

公爵家の恐ろしいところは、彼に王子という地位は与えないものの、殺さずに利用できるうちは生かす考えであることだ。

ヴィクトリア王女が立太子するころには儚くなるはずだった彼も、未だにピンピンしているし、兄を尊敬できない妹が会いにくることはなくとも、愛する妹の為に手を汚す仕事はしている。

「本当に気持ち悪い」

容赦のない王女の言葉はその通りなのだが、こればかりは本人の意思ではどうしようもないものだ。


アンジェリカ嬢には滅法弱い主人もあれで仕事はしっかりできるのだ。だからこそ勿体無いと、公爵から温情をかけられたのだが。


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