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エリックの提案

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「どうされたのです?こんなところで。」

エリック・バレットを見た時、一瞬リラは悲鳴をあげそうになった。伯爵家にいた時からエリックは、リラが気づかないところから急に現れることがよくあった。存在感がない、というよりは普段は敢えて消していて、リラが一人の時を目掛けて存在を明らかにするようだった。

そういうところは、夫人が邪推するように少しはリラに心を開いてくださっていたのかもしれない。



それでも、彼がリラに特別な思いを抱いている、なんてことはありえないと断言できる。

だってまず、何より身分が違いすぎる。若き伯爵と、公爵家を追い出された平民とでは、釣り合いどころか、考えただけでも不敬にあたるようなものである。

エリックが優しいのは何も、リラに限ったことではない。奥様やお嬢様に気がつかれないところで、若い侍女達に密かに人気だったのは隠しようもない事実で。

何故か、槍玉に挙げられていたのはリラだが、それは多分誰かとお間違えになっているのだと、リラは思っていた。

「伯爵家から公爵家に移って、苦労はしていないか?」

公爵家から随分と離れた場所に引っ越しているのに、それには気づかないのか、躊躇いがちに、エリックは尋ねる。

「すみません。折角紹介状をいただきましたのに、クビになってしまって……今は庶民用の仕事をしているんです。」

「……うん。知ってる。ハダン公爵家は、本当に人を見る目がないね。……リラ、君が良ければなんだけど、もう一度、伯爵家に戻ってくる気はないか?伯爵家も随分と様変わりをしたんだ。それでね、うちも使用人が少なくなってしまって、人手が不足しているんだ。君が戻って来てくれたら待遇面は前より出すし、こちらとしては大変助かるのだが、どうだろうか?」

エリックの提案は、随分とリラに都合の良い話だった。

「私を雇って、伯爵家が公爵家からお咎めを受けることはありませんか?私、多分不敬罪にあたることをしているようなのですが。」

エリックはリラの不安を少しずつ取り除いてくれた。伯爵になってから随分と忙しくしているようで、申し訳なかったが、彼は随分と根気良く逃げ続けるリラの行方を探してくれていたようだ。

「できればすぐにでも、君を連れて行きたいのだけど、仕事があるから難しいよね。用意ができたら手紙を送ってくれないか。すぐにでも迎えに行くよ。」

エリックはそう言うが、たかが使用人が伯爵本人を迎えに来させるなんて、聞いたことがない。

丁寧に断り、遅くとも二週間以内には行くと伝えると、エリックは、ホッとした顔をした。

伯爵家には、使用人が極端に少ないらしい。
「一人になってしまったから、そんなにお世話されることもないし。リラには話し相手の仕事もしてもらう事になるのかもしれないね。」

「私で力になれることでしたら。」

実際にはリラと伯爵であるエリックがそんなに言葉を交わす事はないだろう。エリックの笑顔を見て、リラは彼がこんなふうに笑うのだな、と今更なことを思った。虐げられていた、と言うのはいまだに不思議な感じがするが、言われてみれば、彼が屈託なく笑うのを見るのは初めてかもしれない。
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