あなたの嫉妬なんて知らない

abang

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第十四話 崩壊

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「陛下、お呼びでしょうか」


ルーカスが帰って来てからというもの、中々接触する事のできなかった想い人であり上司でもあるアスターからの呼び出しに応じたものの、ルーカスは思いの外凄い側近のようで、その穴が埋まった後私など不必要な様子の執務室に思うように行かずに苛立っている、

雑用とも呼べる仕事やくだらないお使いばかりで、ルーカスが出張に行く前の見習い秘書官にすっかり戻ってしまったような気分だった。

やっと私の手が必要になったのか(今更よね)と内心で悪態を吐きながら愛しい陛下の前に立った。

死んだ乳母の息子かなんかだと昔から、歳の離れた兄のような存在でもあるルーカスが彼を手懐ける様子を秘書官になってから観察していたつもりだったが今日のアスターは自らが知るどの表情とも違って見えた。


「昔からではない」とルーカスは言っていたが感情の抜け落ちたような特定のこと以外には興味を示さない作り物のような綺麗な瞳がより一層冷たく見下ろしてくるので思わず「な何かご用では……?」と思わず取り繕った。


「茶会に行ったそうだな」

「っへ?あ……いえ、何処の事でしょう?沢山ありますし……」

「ダリアもいたと聞いたが。メーベル夫人の茶会だ」



目の前の、好きで好きで仕方ない男から「ダリア」と聞くのは何回目だろうか?

忙しい執務の最中、口を開けば「ダリアは」とマルコスかルーカスに尋ねる彼は私兵の中で一番信頼のおけて一番腕のある騎士を一人ダリアに引っ付けているという。

定期連絡か何かがあるのか、無口な口を開けば仕事の話か「ダリアは」だった。


ルーカスの出張は機会だと思ったが思いの外穴は大きく、カルミア自身も過労死するのでは無いかと思うほどだった。

(その最中、やっとの思いで引き離したのにまだ、ダリアダリアと……)


彼は一方的にダリアをこの国にいる限り、危険やしがらみから守っていて、だから彼女が無事に執務を終えたこと、一日を快適に過ごせたことをいつも報告で聞いては「今日も、笑っていたか」と無表情で聞く。


騎士が「ええ、お幸せそうでしたよ」と伝えると安心したように笑う一日に一度だけ見せるその少しあどけない純粋な笑顔に恋をした。

私に向けられる夢を何度も見た。

返事を促すようなアスターの視線に動けないでいる。何処までこのあいだの茶会のことが耳に入っているのだろう。


一日の全てではないが彼は常にダリアを守っているから、ダリアが一日を無事に終えられたらそれだけで満足げだったが、女とは寂しがりやなのだ。

言葉を直接交わし、目を見て、手を繋いで「愛している」と伝えなければ不安になるものだ。ましてや隣に私のように美しい女が関係を仄めかせば信じてしまうだろう。


(騎士も茶会の中には入れない……大丈夫よ、大丈夫なはず)


女同士の戦いなどはしたないとでも思っているのか、気位と顔の偏差値だけは無駄に高い、箱入りのお嬢様の潔い引き際を鼻で笑った。



「いい加減返事をしろ、秘書官」

「私にも名が……名を覚えることは大切だとルーカス様に……」

「そんな事は今はどうでもいい。茶会でダリアと話したな?」

「……陛下の耳に入れるほどの事ではありません」

「私の名が使われたと、皇帝の名が一令嬢に使用されるなどあってはならん事だと思わないか?」

「そ、そういえばダリア様は別れたにも関わらず陛下をと公然の場で呼び捨てにされていましたわ……」


上手くすり替えた、もうあの女は礼儀のない不敬な女だ。


そう思った。アスターは自分に興味がない。だから今までは動きやすかったが今回は人前でしくじったのが良く無かったな、そう考えていると低く、冷たい声が投げつけられる。


「お前は、無礼にも招待されていない茶会に皇帝の名で出席しようとしたともっぱら噂だが」


「そ、それには誤解が!それにその皇帝陛下を恐れ多くも呼び捨てになんていくらダリア様でも……」


おろおろと怯えた表情を作って潤んだ瞳でチラリとアスターを覗き見るが、彼の視線は相変わらず冷ややかで、


「お前とダリアを一緒にするな」


と、声だけで射殺されそうな程刺々しく言い切られた。

アスターはプライドが高いとばかり思っていた。いやそのはずだがまさかダリアは特別だとでも言うのだろうか?


じゃあ何故あれほどまでにダリアに怒っていたのか?

(まさか、ただの嫉妬!?)



「処分は追って決める。この者を捕らえておけルーカス」


「へ、陛下っ待って下さ……」



無理やり廊下に引き摺り出されると、やれやれと言った様子でルーカスが言った。


「陛下を呼び捨てる事を許された者は私と、ダリア様だけだ。皇宮で働く者は皆知ってる。君にも昔伝えたぞ」


「そ、そんな……」


「君は、不敬罪に問われるカルミア。陛下はプライドが高く幼い所があるが、ダリア様には全てをお許しになる。ただ、嫉妬深いだけ」



まるで、初めからお前など眼中にも入っていないのだと突きつけられた気がした。


これじゃ終われないとルーカスを振りっ切って、騎士達に揉まれながら執務室の扉を開けて叫ぶ。


「でもっ!ダリア様はもうコリウス小公爵と……!」


アスターは騎士たちに「大丈夫だ」と手を挙げて下がらせるとカルミアではない別の誰か、きっと何処かにいるダリアだろうを想うように愛おしげに目尻を下げて「ああ」と返事をした。


「彼女はもう去ったのです!直ぐに他の男性と付き合うなんて!」


「俺のせいだ。シオンは良い奴だ、もしそうだとしても……」




「一生かけて償って、きっと取り戻すよ」



(ああ……その笑顔が欲しかったのに、またダリアを想って笑うのね)






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