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第十六話 懇切
しおりを挟む「ダリア様、皇帝陛下が来られています」
「……丁重にお断りして頂戴」
「ダリア様……もう一週間にもなります。そろそろ話だけでも聞いて差し上げてはいかがですか?」
ダリアの側にはエイジがいる上にアスター自身きちんと鍛えられていると言うものの、ルチルオーブ家の迷惑にならぬよう皇帝自らが単身馬に乗って通い「暫く待つ」と毎日同じ時間ではないが、多忙な執務の合間に時間の許す限り訪ねて来ては雨の日も、陽射しの強い日もただ待った。
皇帝という身分で強引に訪ねる事もできるし、ダリアの外出に合わせて偶然を装って会う事だって出来たが、
アスターはダリアが会う事を許してくれるまで待つつもりだった。
「……まだ、居るの?」
「はい、外は雨が酷くなっております」
「私が行くわ」
ルチルオーブの邸宅内を走ったのは大人になってから初めてだった。
息を切らしながら門の前に行くと、馬を木の陰で雨宿りさせて自分は門の前に立って表情を崩さぬままただダリアを待っていた。
「ダリア……傘は?貴女が濡れてしまうぞ」
「急だったから忘れたの。それに、馬が可哀想だから来ただけよ」
「少し話がしたいんだ、気付いた事が沢山あった。貴女が側に居ない俺の心がどれ程未熟だったのかも痛いほど知ったよ」
「……ひどい雨よ、帰ってアスター。言い訳なんて貴方らしくないわ」
「……出直すよ」
俯いたアスターが小さくて、思わず手を差し伸べたくなった。
けれど、ずっとずっとアスターは皇帝だった。
そうでない時からずっと、そうなる事が決められていたからなのか彼の性格故か必要な事以外を無駄だと剃り落としたような少年だった。
ダリアは彼の優しさがずっと自分に惜しみなく向けられていたから暫く忘れていたのだ。アスターの心が完璧ではない事を。
パーティーの日からずっと考えていた、もしアスターの言い分が本当だとすれば私もアスターもそれに漬け込まれてうまく騙された事になる。
決して自分が万能ではないと知りながらも、恥ずかしくて悔しかった。
そして彼が嫉妬などという感情に振り回されて私を信頼してくれなかった事が酷く悲しかった。
彼が人の心に疎いと知っていながらも、それが自分に降りかかると悲しんでいる弱々しくも浅ましい自分に苛立っていた。
「お嬢様!傘も持たずに……!」
「……陛下を馬車でお送りして。馬は預かっておきます、この雨ではあまりに可哀想です」
「ダリア、すまない……」
「お気をつけて」
まるで変な気分だった。
これを嫉妬だというのなら、少しだけアスターの気持ちが分かる気さえするのだから。
売り言葉に買い言葉、お互いを傷つける事なんて子供の頃から何度もあったしそのたびに仲直り出来た。
アスターは少し幼い所があるからすぐに言い合いになったけれど、すぐに自然に仲直りしたのに、
自分より、彼女を信じたというその事実がこれ程まで許しがたい事だなんてまるでアスターの嫉妬と同じではないか?
「陛下すぐに馬車が参ります!」と使用人達の慌てた声と馬の足音を尻目にただ彼の先程の表情をかき消すように歩いた。
そしてもう一つ、この間のパーティーで気付いた事。
それは、エイジの存在であった。
(今も、いるのかしら)
「エイジ卿、居るなら出てきて」
「……」
「もう知ってるのよ」
「ダリア様……エイジとお呼び下さい」
「やっぱり居たのね、いつもではないのね?」
「元々は陛下直属の騎士ですので、他の仕事に出ている時があります。その時は別の騎士が……後は皇宮内では陛下のお側におります」
「何故……」
「城を出れば、陛下はダリア様の危険を知る事ができません。故に私と言う護衛をお付けになられたのでしょう」
「そう」
「申し訳ありませんでした、私の力不足でした」
「いいえ、私が未熟だっただけよ。それに……アスターも」
「ダリア様……」
「部屋へ戻るわ、貴方もいらっしゃい。もう隠れる必要はないわ、どの道帰れと言ってもあの頑固者の所為で帰れないのでしょう」
「……はは、頑固物と。ダリア様には陛下も敵いませんね」
「そんな事ないわ。ねぇ……一度崩れた信頼関係っててそう簡単に戻るものなのかしら?」
「さぁ……私は剣一筋ですので」
「あなたも誰かに似ているわ、全く嫌になるわね」
そう言ったダリアの表情は呆れた様子だったか、その声色は少しだけ寂しそうに聞こえたのはエイジの気のせいだろうか?
「私は、仲睦まじいお二人が好きです」
そんな小さなエイジの声をダリアは聞こえないフリをした。
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