あなたの嫉妬なんて知らない

abang

文字の大きさ
16 / 27

第十六話 懇切

しおりを挟む

「ダリア様、皇帝陛下が来られています」


「……丁重にお断りして頂戴」


「ダリア様……もう一週間にもなります。そろそろ話だけでも聞いて差し上げてはいかがですか?」



ダリアの側にはエイジがいる上にアスター自身きちんと鍛えられていると言うものの、ルチルオーブ家の迷惑にならぬよう皇帝自らが単身馬に乗って通い「暫く待つ」と毎日同じ時間ではないが、多忙な執務の合間に時間の許す限り訪ねて来ては雨の日も、陽射しの強い日もただ待った。


皇帝という身分で強引に訪ねる事もできるし、ダリアの外出に合わせて偶然を装って会う事だって出来たが、


アスターはダリアが会う事を許してくれるまで待つつもりだった。



「……まだ、居るの?」


「はい、外は雨が酷くなっております」


「私が行くわ」



ルチルオーブの邸宅内を走ったのは大人になってから初めてだった。


息を切らしながら門の前に行くと、馬を木の陰で雨宿りさせて自分は門の前に立って表情を崩さぬままただダリアを待っていた。


「ダリア……傘は?貴女が濡れてしまうぞ」


「急だったから忘れたの。それに、馬が可哀想だから来ただけよ」


「少し話がしたいんだ、気付いた事が沢山あった。貴女が側に居ない俺の心がどれ程未熟だったのかも痛いほど知ったよ」


「……ひどい雨よ、帰ってアスター。言い訳なんて貴方らしくないわ」


「……出直すよ」



俯いたアスターが小さくて、思わず手を差し伸べたくなった。


けれど、ずっとずっとアスターはだった。

そうでない時からずっと、そうなる事が決められていたからなのか彼の性格故か必要な事以外を無駄だと剃り落としたような少年だった。


ダリアは彼の優しさがずっと自分に惜しみなく向けられていたから暫く忘れていたのだ。アスターの心が完璧ではない事を。



パーティーの日からずっと考えていた、もしアスターの言い分が本当だとすれば私もアスターもそれに漬け込まれてうまく騙された事になる。



決して自分が万能ではないと知りながらも、恥ずかしくて悔しかった。


そして彼が嫉妬などという感情に振り回されて私を信頼してくれなかった事が酷く悲しかった。



彼が人の心に疎いと知っていながらも、それが自分に降りかかると悲しんでいる弱々しくも浅ましい自分に苛立っていた。



「お嬢様!傘も持たずに……!」


「……陛下を馬車でお送りして。馬は預かっておきます、この雨ではあまりに可哀想です」



「ダリア、すまない……」


「お気をつけて」



まるで変な気分だった。


これを嫉妬だというのなら、少しだけアスターの気持ちが分かる気さえするのだから。

売り言葉に買い言葉、お互いを傷つける事なんて子供の頃から何度もあったしそのたびに仲直り出来た。

アスターは少し幼い所があるからすぐに言い合いになったけれど、すぐに自然に仲直りしたのに、


自分より、彼女を信じたというその事実がこれ程まで許しがたい事だなんてまるでアスターの嫉妬と同じではないか?


「陛下すぐに馬車が参ります!」と使用人達の慌てた声と馬の足音を尻目にただ彼の先程の表情をかき消すように歩いた。



そしてもう一つ、この間のパーティーで気付いた事。

それは、エイジの存在であった。



(今も、いるのかしら)



「エイジ卿、居るなら出てきて」


「……」


「もう知ってるのよ」



「ダリア様……エイジとお呼び下さい」



「やっぱり居たのね、いつもではないのね?」


「元々は陛下直属の騎士ですので、他の仕事に出ている時があります。その時は別の騎士が……後は皇宮内では陛下のお側におります」




「何故……」


「城を出れば、陛下はダリア様の危険を知る事ができません。故に私と言う護衛をお付けになられたのでしょう」




「そう」

「申し訳ありませんでした、私の力不足でした」


「いいえ、私が未熟だっただけよ。それに……アスターも」



「ダリア様……」


「部屋へ戻るわ、貴方もいらっしゃい。もう隠れる必要はないわ、どの道帰れと言ってもあの頑固者の所為で帰れないのでしょう」


「……はは、頑固物と。ダリア様には陛下も敵いませんね」


「そんな事ないわ。ねぇ……一度崩れた信頼関係っててそう簡単に戻るものなのかしら?」



「さぁ……私は剣一筋ですので」

「あなたも誰かに似ているわ、全く嫌になるわね」




そう言ったダリアの表情は呆れた様子だったか、その声色は少しだけ寂しそうに聞こえたのはエイジの気のせいだろうか?


「私は、仲睦まじいお二人が好きです」


そんな小さなエイジの声をダリアは聞こえないフリをした。











しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

【完結】最後に貴方と。

たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。 貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。 ただそれだけ。 愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。 ◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします ◆悲しい切ない話です。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...