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戴冠式と、婚約破棄

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前皇帝、皇后が拘束されているまま、ほぼ乗っ取るような形でジェレミアの支持を増やして無事、戴冠式を終えることが出来た。



強引な手法へとシエラが導いたのには、とある理由があったが一先ずシエラには綺麗にすべき事があった。



そして戴冠パーティーの夜、シエラはリヒトと二人で話がしたいと呼び出した。



「シエラ皇女!それは一体どういう事です!!」



「リヒト、あとは貴方の署名だけよ……私達はもうずっと前からこうするべきだったの。貴方がよく分かっているはずよ」



「そんなことはありません!」


「じゃあ、今日エスコートしてきた令嬢はどちら?」


「それは……っ事前に説明したはず……」


「だから、それ自体があり得ないのリヒト」



「シエラ皇女っ!」





リヒトの瞳から一粒の涙が溢れた瞬間、シエラの脳内に再生される前世という名の過去の映像。



もう意識のないシエラ、「……から、逝かないでくれシエラ」膝をついて涙をするリヒトはひどく悔いた様子で「すまない」と何度も繰り返していた。



「ああ、あれは貴方だったのねリヒト」



悲しそうに微笑んだシエラの表情はあの夢で見覚えのあるシエラのようでリヒトはもう何も言えなくなった。




(そうよ、今度は……)


「手遅れになる前に、やめましょうリヒト」




そう言ったシエラの心が何故か分かるような気がして、「愛していたわ」と言う癖に婚約解消の紙切れを置いたチグハグな彼女の行動すら愛おしくて、


だからこそ頷くことしかできなかった。



メリーの両親からのプレッシャーや、いつのまにか噂となったメリーの自殺未遂、リヒト無しでは外にも出られない様子のメリーの痛々しい手首の跡。


メリーへの罪悪感からどうしてもシエラを優先することが出来なかった自分。



そんなリヒトを見透かすように「ありがとうリヒト」と微笑むシエラ。


(私の為に二度も泣いてくれて、さようなら)



「シエラ皇女、それでも俺は貴女の事を愛しています」



「貴方はあなたの守るべきものを大切にしてあげて」




(いいえ、リヒト。あなたにはきっと私ではないのよ)




「先に戻るわ」




宴会場とは違って静かな廊下、戴冠パーティーには他国からの来賓も多く長く席を外すわけにはいかないので気乗りしないが、宴会場へと向かう。




「シエラ」


誰もいない筈の廊下から聞こえる、淡白なはずの言葉数なのにひどく安心する声。



「リュカ……貴方も来てくれたのね」


「よその王が変わろうと興味はないがな」




シンプルに整えられた赤い髪はサラリと手触りが良さそうで、まるで別のことに興味があるのだというような含みある言葉と彷徨う視線は王というにはあまりにも正直すぎるが、シエラはそれが好きだと感じた。




「あなた、ひょっとして聞いてたのね?」


「……行こう、シエラ話がある」



表情を変えずに沈黙した後、あからさまに話を逸らすリュカエルにシエラは呆れたようにため息をついた。


「……仕方ない人ね」


「全皇帝は健在か?」


「ええ、私の所為で怒りを買って殺されるまではね」


「なら、計画どおりだな。……シエラ、いいのか?」


「ずっと準備してきたもの、今行かなければ


「俺からの信書が届くのは明日だ。それまでに海に出るぞ」



声を顰めてシエラの耳元でそう言ったリュカエルの吐息がくすぐったくて身を捩ったが「まじめに聞けよ」と不服そうなリュカエルに諌められた。



「分かってるわよ、リンゼイ以外はもう皆船に乗ったのね?」


「ああ、宴会中の人の多さだ気付かれる事はないだろう」



「ありがとう、リュカ。怪しまれるといけないから一先ず会場に戻りましょう」


「また後でな」


シエラの髪をサラリと名残惜しそうに撫でてから背を向けたリュカエルに何故か温かいようなむず痒いような気持ちになった。




「シエラ様、恋煩いでしょうか?」

「り、リンゼイっ!何をいうの、会場に戻るわよ」


「ふふっ、はい!ジェレミア陛下がお探しでしたよ」




会場は先程と変わらず賑やかで、まるで時間が経っていないかのように変わり映えしない。


「し、シエラ皇女殿下っ!!」


「あら……メリー嬢。何かしら?」


「リヒトにっ、リヒトに何をしたんですか!?ひどく落ち込んで戻ってきました!!いい加減……解放してあげて下さい!!!」



「メリー嬢、何か勘違いをしているようだけれど……」



シエラは浅くため息を吐くと、こちらに気付いた様子のジェレミアを視界の端で確認して静かに、言い聞かせるように言った。



「私はリヒトに婚約者の解消を申し出たのよ。ひどく落ち込んでいるのだとしたらそれは一時的なものね」


「えっ!?」


「その件については、僕も承認しているよ。後はリヒトの署名だけで完結する」


会場中が騒ついた。


近頃のリヒトとシエラはどう見ても、リヒトがシエラを愛しているように見えたし、追っていた。


未だにシエラがリヒトに執着していると思っている者もいるようだったが、冷静な者であればそれは違うと気付いている状況だった。



「何故?」

「上手くいっていたんじゃなかったのか?」

「いや、メリー嬢の話聞いただろう。きっと関係が……」

「リヒト様、お可哀想に……」



想像とは違う反応にメリーは気に入らない様子でわなわなと身を震わせていたが、なんにせよこれでリヒトは自由の身なのだ。



皇女殿下より、私を優先ばかりしていた所為でしょうか……それならば申し訳ないです」



ニヤリと歪む口元を隠せないメリーは酷い表情だが、本人は上手く取り繕っているようだった。



「ええ、そうね。けれど本当は少し前から話し合っていたのよ」



「……っでしたら、私の勘違いのようです!失礼します!」



もう過去のことだからどうでもいいのだと言わんばかりのシエラのあっけらかんとした対応におおよその憶測をした貴族達だった。



「メリー、どうしたんだ?」


「リヒト、御免なさい。私の所為で婚約が……っ」


「……俺の所為だ。お前に関係ない」


「じゃあ怒ってないの?私を恨んでない?」



あからさまに腕の傷を見せつけるように手を前で組んで泣きそうな顔をするメリーの姿。


まるでそれが切れない契約の紋様にでも見えた。


「ああ……恨んでいない」


ずっと大切にするべきだった人を放ってまで、守ってきた家族はまるでリヒトに執着し絡めとる蛇のような目で目の前に立っていてゾッとした。





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