八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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忠臣と家族



一通りの挨拶周りが終わった後、ルージュは久方の休みを取っていた。

ウィクトル大公家は広いので勿論使用人達も多い。

それでもこの規模の城にしては少数精鋭と言えるだろう。
何か理由があったのかもしれないがその分この城の者達のまとまりが良いようにも見えた。

今でこそ美しく豊かな領地だが、初めから豊かな土地だった訳じゃないことも関係しているのかもしれない。

ウィクトル大公家の歴史についても勉強する必要があるなとルージュは最近覚えたばかりの城の図書館へと足を進めた。

業務の区切りの関係で少し遅れてくるアザール伯爵家から付いてきてくれた侍女の到着を待つ間に、他の侍女も選定する必要があるが休日の過ごし方はまずウィクトル大公家について知ることから始めようと、司書に勧められた歴史書をめくった。

同時刻、使用人棟ではマーシャに呼び止められたイリアがうんざりとした表情で自らの母と睨み合っていた。

「イリア、いい加減にしなさい」

「だから勘違いよお母様。私は公子様に邪な感情なんて抱いていないわ!」

「なら何故……!もう子供の頃とは違うのよ。ルージュ様の前でお兄様と態とらしく呼ぶのはおやめなさい!」

いつもは垂れた目尻を目一杯吊り上げる母親にイリアは嫌気がさしていた。
確かに幼い頃からの恋心はイリアの中にずっとある。

先代のウィクトル大公の忠臣であり、当時まだ発展途上だった大公領を侵略から守るために亡くなった祖父母。

イリアが生まれてすぐの頃、現大公を裏切りの刃から守って若くして殉職した父。

シューデン伯爵家が代々献身的にウィクトル大公家を支えた功績のお陰もあって母マーシャは乳母に選ばれていたし、幼い頃は本当に兄妹のように遊んで貰った。

けれど立場の違いとは残酷なものだ。

イリアの兄が留学の為にウィクトル領を離れた頃だった。
マーシャはまだ幼いイリアの恋心を咎めた。
イリアもそれを心にしまいこんだ筈だったーーー。

「でも一度失敗している方と結婚なんて、きっと何処か問題があるのよ!」

「あなたがそれを言う立場ではないの!亡くなったエルジャに顔向けできないわ……!なんて恥知らずな娘なのかしら……」

「またお父様の話!?もう居ないわ!それに少し意地悪をしただけでしょ?咎められなかったじゃない!」

「なんて事を言うの!?」

マーシャはイリアの頬を打った。
イリアは打たれた頬よりも目頭が熱かった。
本当はテンタシオンの事が好きで仕方がない。

けれど、一定の年齢を過ぎれば立場ははっきりとし大公家の人達とイリアがしょっちゅう会える訳でもなかった。
多忙で城を空けることの多いテンタシオンは特にだった。
それでもここに居る限り、テンタシオンは帰って来た。

なのに彼の婚約の話を聞いた時から心にしまい込んだ筈の恋心が揺れ動き、嫉妬心が燃え上がる。

どうしてもルージュが気に入らない。

「お母様、ぶったわね!?」

「えぇ。貴女を大目に見て下さったのは公子様が拙い貴女など眼中にないからよ。イリア」

「ーーっ、!」

「貴女のお祖父様やお祖母様、お父様の為に傷つけないでいて下さるのよ。でも今のままじゃ公子様が大公様となった時に貴女の居場所は無い筈よ」

「そんな筈ない!私は立派に勤めてきたもの!」

「その身の程知らずな嫉妬心を消しなさい。伯爵家の忠誠心に泥を塗るんじゃありません」

全て見透かされているようで怖いのと、信じたくないのとの両方でイリアの心情はチグハグだった。

仕事の虫だったテンタシオンと時々顔を合わせ、「変わりはないか?」と声をかけて貰うだけで幸せだった。
仕事に埋もれるテンタシオンを祖父母や父のようにとはいかなくても自分のできる仕事で支えていこうと決めていた。

彼が自分をまだ子供扱いしていることは分かっているし、眼中にないことだって知っている。

あの日、咎められなかったことにはイリアではなく父達への敬意と現大公への配慮が込められていたのだろう。

イリアをメイドだと言った時のテンタシオンの目は笑っていなかった。マーシャの言う事はおそらくおおよそ正解なのかもしれない。

それでもイリアはテンタシオンに婚約者が出来たことも、彼にこの気持ちが見透かされた時点で彼が大公となったウィクトルに自分の居場所がない事も信じたくなかった。

同じ伯爵家でも祖父母の死後、子爵から陞爵され社交会に出た事もない田舎の伯爵家の令嬢のイリアと、

大貴族をしのぐ財力があり由緒も正しいアザール伯爵家のルージュとは違うだろう。

考えれば考えるほどにイリアはルージュが嫌いになった。


「分かったわお母様」

「しっかりと仕えなさい」

「……はい」


イリアはマーシャが部屋を出た後、大きくため息をついてソファにドスンと苛立ちをぶつけるように身体を投げた。

「絶対にあの人の化けの皮を剥ぐんだから!」

(これは公子様が騙されないようにするためよ)

イリアは自分にそう言い聞かせ、心の中の嫉妬心を正当化した。




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