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女狐じゃ生温い
しおりを挟む第一印象はまだ垢抜けていない真面目な秘書だった。
恋は女性を綺麗にするとはいうものの、その相手がまさか自分の息子だとは思いもしなかった。
何故ならメーデアが来た時にはもうアルベルトはルージュと婚約していたし、身分差の恋愛に偏見こそ持たないが準男爵家の出のメーデアにそんな野望があるなんてまるで小説のような展開、考えもしなかった。
「私もお話ししたいと思っておりました」そう言ったメーデアの変わりようにゾクリとする。
今のマルグリス侯爵家には相応しくないほど華美なドレスと装飾品、まるで女主人に接するかのような使用人達の態度。
(何を考えているのかしら……)
なんの考えがあってこれほど堂々として居られるのか?
「アルベルトについての噂はメーデアさんもご存知かしら?」
「噂はあくまで噂ですわ。ただ少し誤解があるようで……」
唐突なしおらしい態度。
長年古いやり方と非難されながらもマルグリスを守ってきた夫が愛したこの家門はもっと穏やかで平穏な場所だった。
古く保守的が故に行き詰まった部分を嫌味なく補ってくれた、息子の有能な婚約者はそんなマルグリスの雰囲気を壊すことなく、時代に合わせた新しい侯爵家として建て直してくれた。
だがそれを全て切り崩していくような毒々しい女狐。
どんな言い訳をするのか、これでも歳の数だけ高位貴族の女性として揉まれてきた。
見様見真似で貴婦人のフリをするメーデアにしてやられる筈がない。
(さぁ、なんとでも言ってみなさい)
「アルベルト様は私を……いえ、私達はお互いを本当に愛し合っているんです」
「よく聞く言葉ね、だから根も葉もない噂だというの?」
「いいえ、そんなつもりじゃ……ただ……アルベルト様ったら愛が募ってのことか避妊をきちんとして下さらなくって」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
いつからだろうか?
まだ平に見えるお腹をさする仕草で言いたい事はおおよそ解釈通りだろう。
嫡子の子を身籠った可能性のある女性を安易に邸から追い出す事など、貴族ほど余程の馬鹿でなければしない。
ニタリと笑う表情が不気味でおぞましい。
「そう……、アルベルトを交えてきちんと話しましょう」
女狐なんてそんな可愛いものじゃない。
目の前の女は野望と欲望に塗れた怪物のようだと思った。
万が一、メーデアのお腹にアルベルトの子がいたら……
(どうすればいいの……)
ルージュの存在に安堵し、彼女にもたれかかっていたのかもしれない。そのツケが回ってきたのだ。
足の力が抜けて頭がくらりとした。
咄嗟に支えたメーデアの心配そうに装った顔に余計に気分が悪くなって「結構よ」と伝えるのが精一杯だった。
真っ青な妻の顔色を見て侯爵は慌てて彼女を座らせたが、まもなくして話の全容を知ると自分も倒れてしまいたいと思った。
侯爵家の対面を保つ為には一時はメーデアをアルベルトの妻として迎えることになるだろう。
ルージュにも申し訳ないことをしたと後悔していたが、アルベルトがそこまで浅慮だとは思いもしなかった。
深く溜息をついて「酒を頼む」と伝えた夫に続いて「私も頂こうかしら」と弱々しく言った侯爵夫人。
二人は幼い頃のアルベルトから、ルージュに懸命に気持ちを伝えていた頃のアルベルト、侯爵位を継いだ際の未熟ながらもひたむきだったアルベルトを思い出しながら酒を煽った。
心なしかいつもより苦く感じたブランデーは、決して今のマルグリス侯爵家が普段から嗜めるほどの物ではない高価な酒だったが、その事実さえも苦く感じた。
勿論、養子にした息子とて実の子のように愛しているが、アルベルトのことを思うと涙が溢れるのか侯爵夫人は寂しげな瞳でグラスの中を覗きこんだまま一筋、涙を流した。
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