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第一章

1-6 覚醒の時

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「折角宰相様に手紙をいただいたけれども、隣の領地って……船でも丸一日はかかる距離だから、泳いで渡るなんて無理だし……」

 絶望的な状況の中、少しでも何かないのかと頭を働かせて可能性を探る。
 持ち出せた荷物が少ないこと。
 ほぼ、誰にも連絡を取れていないこと。
 無人島なので、役立つ物が見当たらないこと。
 人はおらず、夜になれば魔物が徘徊するかもしれないこと。
 
 生きるのを諦めるための材料ならいくらでも思い浮かんだ。
 しかし、ユスティティアは唇を噛みしめて考える。

「諦めるものですか……無人島でサバイバルでもなんでもして、必ず生き延びるわ」

 今までの彼女からは考えられないほど、力強い言葉が零れ落ちた。
 それを待っていたのだろうか――そこから事態は動き出したのだ。

「あ……れ?」

 必死に考えを巡らせていた彼女は、急に眩暈を感じたように地面へしゃがみ込む。
 状況を考えれば、そうなっても仕方が無い。
 ――だが、それだけではなかった。
 この状況に陥ったことが鍵となったのか、怒濤のように毎晩見ていた夢の記憶が蘇ってきたのだ。

 それは、彼女が取り戻すべき記憶であった。
 見たことも無いガラス張りのテラスで優雅にお茶をする、前世と現在いまの彼女。
 前世の彼女は、たくさんの面白い話を語って聞かせ、時には映像を交えて説明してくれたのだ。
 
 それぞれの世界に特徴があり、長所や短所もある。
 何かに優れているかと思えば、何かが劣っているアンバランスな世界だ。
 互いの世界について語り明かしている中、彼女が持つ【ゲームの加護】に関して、もう一人の自分は、面白い情報をくれたのである。
 そして、この件に太陽神ガルバタールと月の女神ラムーナが絡んでいることも語ったのだ。

「あ……全部……思い出した……そうよ、そうなのよ、この状況を……悲しんで絶望する必要なんて無いわ!」

 迷い、戸惑い、絶望し、頭の中で情報の整理が追いつかず途方に暮れていた彼女の頭の中が、一気にクリアになる。
 ここ数日、このときの為に二人で話し合いを繰り返した。
 領地運営に関して役に立ちそうなことも提案していたが、その大前提がある。

「他の誰が使っても呪いでしか無い『加護』でも、私には【ゲームの加護】がある。貴方たちの知っているゲームと、私が知るゲームは別物だって教えて上げるわ!」

 今までの頼りない様子はどこへやら、目を鋭く輝かせた彼女は力強く拳を握りしめる。

「ふふっ……何が『必ずや領地を栄えさせ、再び王都へ戻ってくると信じておるぞ』……よ! 全部嘘っぱちで、私を殺す気満々だっただけじゃないの!」

 怒りのままに怒鳴った彼女の勢いに驚いたのか、鳥がバサバサ大きな音を立てて、草むらから飛び立っていく。
 それを見送りながら、ユスティティアはギリリと奥歯を噛みしめる。

「見てなさいよ……貴方たちが不必要だと切り捨てた【ゲームの加護】で、誰よりも贅沢な暮らしを実現してやるわ! 過去と現在いまの私が完全に混ざり合ったことにより起こせる奇跡を目の当たりにして、せいぜい悔しがると良いわ!」

 怒りに目をつり上げる様は、ランドールや両親に罵られて言葉を失っていた彼女とは全くの別人だ。
 引っ込み思案で控えめを絵に描いたようなユスティティア・ルヴィエ侯爵令嬢は、もういない。
 全てを悟った彼女の意識は過去の自分と重なり合って、理不尽なことに抵抗し、怒ることを覚えたのである。

「サクリフィスなんて物騒な家名をつけてくれて……隣国の言葉で『犠牲』の意味を持つ家名なんて、普通付けるっ!? 私は語学が堪能なのよ! あーもー! 腹が立つー!」

 侯爵令嬢であった頃の言葉では無く前世の自分に寄せた口調で、長年ため込んできた鬱憤を吐き出す。

(領民もいない、領地もあってないようなもの……だったら、私がどんな口調で話そうとも、誰にも気兼ねする必要は無い。この土地をどう使おうと、私の勝手よね!)

 深呼吸を何度か繰り返していた彼女は、いきなり「よし!」と気合いを入れた。
 その瞳には、先ほどまでに無い強い力を感じる。
 自らの力で道を切り開くことを決めた者だけが持つ、強い光であった。
 
「腹は立つけど……まずは、荷物と周辺状況の確認が必要ね。それには……私の『加護』を起動させましょうか」

 力強い言葉と共に、彼女の魔力が辺り一帯に広がっていく。
 今まで人を刺激するおそれがあるからと、無遠慮に力を使った事が無かった彼女には初めての試みだ。
 いつも萎縮して、自分の力を解放することが出来なかった姿からは想像も付かない。
 彼女の脳裏には、授業でキスケが丁寧に教えてくれていた『加護』の力を解放する言葉が浮かんでいた。
 自分の魔力を満足に解放できず、いつも実技だけは赤点ギリギリだったが、根気よく教えてくれるキスケの事や励ましてくれたクラスメイトの事を思い出すだけで、彼女の心にあった怒りはなりを潜める。
 代わりに、あたたかい気持ちに包まれ、体一杯に魔力が満ち満ちるのを感じていた。

「創造神の御手にて授けられし『加護』の力。我が望むがままに解放し、その力の一端を具現化せよ!」

 彼女が唱えているのは、『加護』を持つ者が唱える準備段階の呪文である。
 これによって、神々から授けられた『加護』の力を解放するのだ。
 しかし、一般的な解放呪文にしては魔力が大きすぎる。
 彼女の放つ魔力に驚いて、今まで様子を窺いながら茂みに隠れていた小動物や小鳥が一斉に逃げ出すくらいだ。
 感知能力に優れている者なら、彼女の魔力に反応し、驚いている可能性だってある。
 それくらい、途方もない魔力があふれ出していた。

 彼女は全く気づいていなかったのだ。
 彼女自身が持つ強大な魔力と、その源に――
 
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